4-8

『さて、戦闘領域のフィールドチェックが終わったようです。それでは選手入場です。まずは西口から出てきたセブラル・リインベル選手とフィアナ・リインベル選手。そして、東口からは、月読依夜選手と高天詞御選手です。おおっと、依夜選手は武器持ちです。万が一の為の保険でしょうか?』


〔そう、取ってもらえると助かるんだけどな〕

〔まあ、無理でしょう。私としては、セブラルがあのときの武器を持っていないことが気がかりですが、逆を言えば、彼の倶纏は――〕

〔――そういうこと、なんだろうね〕


『さあ、両養成機関の選手が所定の位置に付きました。【アストラル・プリズン】を展開してください!』


 闘技場が正方形の箱で囲まれるかの様に【アストラル・プリズン】がドーム天井まで展開される。


「さっきの俺の言葉、忘れてないよな? 覚悟しとけよ?」


 べきべき、と指の節を鳴らすセブラル。対してフィアナの方は、


「手加減はしませんからね詞御様。ついでに依夜さんも」

「ついで、ね。いいわ後で後悔しても知らないからね」


 目の錯覚か? と詞御は目をこする。今しがた、依夜とフィアナの視線の間に電光がほとばしった気がした。そう、気がしたのだ。

 取り敢えず、その件は棚上げし、詞御はフィアナのほうには、手を振って笑顔で挨拶して、セブラルのほうには相手同様、不敵に言葉を返す。


「それは、こちらも同じこと。譲れない物があるからな。あの時に曖昧になった決着、それをいま此処で付けようか、セブラル」

「気安く名前を呼ぶんじゃねえよ、それは勝ってからにしな!」


『おおっと、開始前から互いの意思がぶつかり合っています。一体、中央控え室で何があったというのか? なんにしても、これはいい勝負が観られそうです! それでは、制限時間は無制限――』


 リインベル兄妹、詞御たち、互いの昂輝が薄く纏わり始める。セブラルの昂輝色は黄緑、フィアナの昂輝色は、薄桃色を放っていた。


『――一本勝負……! 試合、開始ですっ!!』


「いくぜ!」


 セブラルは昂輝を爆発的に高め、目の前に倶纏を顕現させる。身の丈十メートルはあろうかという位の石人形が出現してきた。原寸大のルアーハを超える巨大さをゆうに誇っている。片や、フィアナの眼前にも倶纏が出現していたが、こちらは丸い球体だった。硬さは分からないが、大きさはセブラルの石人形の半分くらいはある。出現と同時に、隙を見せる事無く二人は己が倶纏に搭乗する。


〔セブラルのは形から推測できるが、フィアナの倶纏はなんだ?〕

〔分かりません、が、こいつはわたしとルアーハが相手をします〕


 依夜はルアーハを出現させ、同様に搭乗。相手の大きさから判断して、人間サイズよりも倶纏に搭乗した方が、効率がいいと判断してのことだった。そして、間髪いれずに、フィアナの倶纏に突撃し、詞御との距離をとる。


『おおっと、早くも戦局が動き出したか? 依夜選手の倶纏がフィアナ選手の倶纏に突進。戦闘領域の端まで押そうかという勢いです』


「ほう、連携を寸断して各個撃破か。並みの者なら実現不可能だが、序列一位は本物ってことだ、やるねぇ、皇女様も。作戦にしては悪くねえな。で、てめえはそのままってわけかい?」

「……ふ、そう急くな。存分に味あわせてやる」


 詞御は、序列戦の最後で〝仕方なく〟見せた力は披露したくなかった。理由は色々有るが、全国中継されているこの衆人環視の中で、セフィアは兎も角、奥の手だけは絶対に秘匿しなければならない。あの事件は箝口令が敷かれており、情報は外には漏れていない。ならば、わざわざ過剰な力を見せつける必要は無い。それに詞御は、序列戦では無かった武器ちからを携えている。


 この〝闘いの儀〟まで、依夜との特訓以外で、詞御が一人で鍛錬を積んで身に付けた物。それを確かめたい、という高揚感が詞御の中に生まれていた。平均的な〝対人戦〟では危険だが、【セブラル】クラスの相手なら試すには問題なく充分過ぎる位だ。


 詞御は、対峙した瞬間から相手の力量を一瞥のもとに見極めていた。それが表には出ない詞御の強さの一つ。修行時代と浄化屋稼業で培われた膨大な経験から来る直感だった。それはこれまで外れた事は一度も無い……!


〔いくぞ、セフィア……。最初から【アレ】でいくぞ〕

〔了解です、詞御!〕


 主語を伝えずとも、セフィアには詞御の行うこと・考えている事が念話を使わなくても伝わる。それが、セフィアには至上の喜びだった。


 詞御は念じると左手首に嵌めてあるリングが一瞬煌めく。そして左腰に光の粒子が集まり形を作り、鞘に刀身が収められた仰々しい柄を持つ倭刀が出現する。その柄を右手で握り抜刀し、正眼に構える。それを見たセブラルや試合を観ている観客は訝しみ、理解に苦しんだ。何故なら、その柄には本来あるはずの〝刀身〟が付いていないからだ。刀身なき柄など武器としては成り立たない。


 誰もがそう思った。


「どういうつもりだ詞御。俺と相棒たる倶纏――〝レコルテン〟――にそんな玩具で勝てるとでも思っているのか!!」


 語調を荒げたセブラルに呼応するかのように、昂輝が柱のように天井付近まで立ち昇る。

 だが、詞御が持つ武具に唯一驚いている者がいた。それは国王だった。


『まさか、〝アレ〟を使いこなせるというのか、彼が!?』


 その声は驚愕で染まっていた。国王のあまりの驚嘆を含む声音に、解説役の柊純哉が疑問の声で問いかける。


『国王様は、高天選手の持つ物が分かるのですが? 詞御選手が持っているのは、ただの柄だけにしか見えませんが……』


 だが、純哉の問いには答える事無く、その隣に居る女王に問いかけの視線を送る。すると女王は、こくん、と一つ頷くと国王の代わりに疑問の答えを口にする。


『高天さんが持つ〝武具〟は、二百年前に稀代であり不出の名工が独自の技巧で創られた再現不能の国宝級の武具。しかし、完成したものの、それを扱う条件を満たす者が現れず国庫の中で保管されていたものです。ただ付随されていた仕様書には、こう記されていました。〝これ〟を扱える者は〝上位・乙型〟に匹敵する力を得る事になる、と。故に、悪用を避ける為に、代々国王夫妻だけに伝えられ秘匿されてきたのだから』

『『『な、なんだってーーっ!?』』』


 会場が女王の解説で、混乱の坩堝につつまれる。


 何故なら、一般市民にとって〝上位・乙型〟は雲の上の存在なのだから。

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