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「お疲れ様です、詞御さん」


 机にうつ伏せでいると、詞御の耳に聞き知った声が掛けられる。頭だけを起こして声の持ち主を見ると、苦笑している依夜がそこに居た。


「どうですか、当養成機関は?」

「……いろんな意味で凄いところだね、うん」


 詞御は、そう答えるのがやっとだった。それほどまでに疲労困憊だったのだ。


「暫くは、これが続くと思いますが、その内沈静化するでしょう。もっとも、六日後に催される〝闘いの儀〟になるとまた騒がしくなるとは思いますが」

「そうなのか?」

「えぇ、二十年に一度行われる東西の養成機関の一大イベントです。前回のはわたしが生まれる前になるので分かりませんが、記録だけみると、両校の学生だけでなく一般客も観に来ますし、全国放送されます。また、軍や警察のお偉いさん方も多数きますので、一種の祭りみたいになりますね」

「……そうなのか」


 六日後を想像して、早くも疲れてきた詞御だった。


「今日はお疲れのようなので、お誘いはしませんが、明日からは〝闘いの儀〟まで、放課後は特訓に付き合ってください」

「特訓?」

「はい、特訓です。パートナーを組んで闘うのですから連携とか取れてないと色々と拙いでしょう? なので明日からお願いできませんか? あ、場所のほうは大丈夫です。序列十位までの方々には専用の訓練スペースが用意されていますので。大体、午後のカリキュラムで使った施設を基準と考えて貰えればいいでしょうか。そのくらいの広さがあれば、どんな大きな倶纏を出しても大丈夫ですからね。【アストラル・プリズン】の強度もかなりの強さに設定されているので、大きな力を振るっても大丈夫だと思います、……多分」

「た、多分って?」


 詞御の問い掛けに、依夜は周囲を見渡して誰もいないことを確認すると、声のトーンを落とし、


「詞御さんたちの“真の力”はこの養成機関の歴史の中で誰も見たことがない力です。防ぎきれるかは試してみないことには……」

「な、成るほど」


 今まで浄化屋稼業をしていた時はそんな事を考えることは無かったので、依夜の指摘は詞御の思考の外側にあることだった。


「そういう訳で、今日は寮でお休みください。食堂はこの施設には七つほどありますので、お好きな処を選んでください。まあ、序列上位の特権で、テイクアウトやデリバリーも可能になっています。わたしは王宮に戻らなければならないので」

「了解、依夜。明日からよろしく頼む。ルアーハもな」

「分かった、と言っています。それでは、また明日。ちゃんと覚えていてくださいね」


 依夜の言いたいことが分かっただけに、詞御は依夜に苦笑で返事をすると依夜も笑みを浮かべて教室を後にした。


(さて、これから寮に向かいますか)


 詞御も長居は無用と、用意された寮の個室に向かう。そこは、二日ほど泊まった王宮の部屋をもうちょっとだけ広くした大きさだった。尤も、豪華さはなく、部屋の備品もどこにでもある物だった。まあ、今朝までの部屋がある意味異常で、今詞御がこれから暮らす事になる部屋こそが一般的なのだ。


「へえ、中々の部屋じゃないか。これなら過ごしやすそうだ」

〔詞御、顕現して良いですか?〕


 了承の意をすると、傍らにセフィアが童女姿で現れる。


「夕ご飯はデリバリーを頼みましょう、詞御。食堂に行くと騒がれそうで、何より私が食べれません」

「確かに、初日がこうだったからな。しばらく落ち着くまではそうしようか」

「そうしてくれると私としても助かります」


 食事を終えた後、覚えているうちに明日への準備に取り掛かる。〝闘いの儀〟までは、この生活が続くのだ。記憶の定着も毎日していかないといけないだろうと考えると、詞御は少し憂鬱な気分になった。


「どうしました詞御?」

「いや、何でもないよ。ただ、こんな生活を送る事になるとはね、と考えていただけさ。浄化屋やっているころだと、記憶を毎日定着しなくても良かったから。それを考えてしまうと、な。お前にも負担をかけてしまうから」

「そんなことはありません詞御。私は大丈夫です。私は、見たこと・聞いたこと・感じたことを全部覚えるのが、本来の役目。苦に思ったことなど一度たりとてありません。なので詞御も遠慮はなさらないでくださいね」

「ああ、頼りにしているよ、相棒」


 詞御の言葉を受けて、セフィアは眩しい笑顔をみせる。それは本当に嬉しそうな表情でもあった。頼りにされている事はセフィアにとって至高の喜びでもある。


「さて、今日は早めに寝よう。明日からも忙しくなりそうだからね」

「私としては早く落ち着いてほしいです。今日の模擬戦のようなことは金輪際、勘弁願いたいです、強く抵抗する訳にもいきませんし……」


 ぶつぶつと渋面を作りながら独り言を呟くセフィアに対して、詞御は苦笑しか返せなかった。倶纏とその人間を育てる養成機関というのは今日のカリキュラムだけでも、詞御は十二分に感じていた。他の生徒の練度も高いということも。


「じゃ、お風呂に入ってくる」

「それでは一緒に――」

「――駄目」


 にべも無くセフィアの言葉を一刀両断する詞御。流石にそれは看過できなかった。


「ぶう、詞御のいけずぅ」


 セフィアはふてくされるがそれに構わず、詞御は風呂場へと向かう。

 ほどなくして風呂から上がってきた詞御は、寝巻きに着替えると手早くベッドに入る。セフィアは自身の内に戻した。一緒に寝たがっていたが、いかんせんベッドはシングルサイズ。二人並んでは寝れる広さではなかったからだ。


〔明日からは放課後の依夜との特訓もある、よろしく頼む〕

〔はい、分かりました詞御。頑張りましょう〕


 翌日からの〝闘いの儀〟までの五日間は、振り返れば詞御にとっては怒涛のような日々だった。初日で熱が醒めたと思った詞御への質問攻めは相変わらずだし(新聞部の取材も受けた)、一般科目以外の課業では、詞御の技量の高さや倶纏であるセフィアに注目が集まり、放課後は依夜との特訓。目まぐるしく日々が過ぎていった。

 そうして、いよいよ〝闘いの儀〟の当日を迎えることになる。

 

      ◇       ◇       ◇       ◇       

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