4-2

「一体、何事ですか!?」


 そんな中、騒ぎを聞き駆けつけた女王と数人の護衛は、この惨状を見て、一体どんな印象を受けたのだろうか?


 雷撃で徹底的に破壊しつくされ、周囲一面が黒焦げになった室内。肩で息をしながらも尚、一向に状況を掴めてない依夜。そして、シャツ一枚の扇情的な姿の美女に護られている詞御。

 何とも形容し難い、奇妙な空間が女王たちの眼前に出来上がっていた。


「セフィア殿も意地悪は感心せぬぞ?」


 許可を受けたのだろう、人間サイズで顕現したルアーハがセフィアに向かって言う。

 そして、状況が掴めていない女王にルアーハが説明してくれた。その結果、依夜の頭頂部に空色の昂輝で覆われた女王の鉄拳が叩き込まれる事となる。


「痛いです……!」

「これで痛くなければ、もっと力を込めたさらなる一撃を見舞いますよ? 全く皇女としての自覚を持ちなさい」

「いや、だって、うぅ~」

「……まあ、女王という立場では怒らざるを得ません。ですが、母親としては喜ばしい事ではありますね。貴方もでしょう、ルアーハ?」

「ほっほっほ。まあそうじゃな、確かに呆れはあるが、それ以上の嬉しさもあるのう」


 詞御にとって、女王とルアーハは訳の分からない会話をしている。一体なんだというのか?


「さあ、依夜。貴女にはやるべき事があるのでしょう?」


 母親の優しい言葉に促され、依夜は手の光球を消す。何とか状況が掴めたのか、数回の深呼吸をして落ち着きを取り戻す。そして、姿勢を正し、詞御に向かって深々と頭を下げる。


「昨夜は酷い事を言ってごめんなさい、詞御さん、セフィアさん。詞御さんには詞御さんの事情があるのに……。それにお母様から聞きました、詞御さんが恩人だという事を。有り難う御座います、〝ルシフェル・ゼガート〟を捕らえてくれて。わたしもですが、キョウコも感謝していると思います」

「いや、自分は気にしていない。奴を捕まえたのも、己が信条に従って、浄化屋として捕まえたに過ぎない。だから頭を上げてくれ。こちらこそ悪かった。依夜には大切な事なのに、事情を良く知らない者が口を挟んではいけない事だった」


 詞御の言葉を受けた依夜は、数回首を横に振る。


「そんな事ありません。詞御さんはわたしに気付かせてくれましたから」

「何を?」


 詞御の口から、思わずそんな声が出たが、依夜はその先は言わなかった。ただ「秘密です」と言ってくるばかりだった。訳が分からぬ詞御だったが、依夜に怒ったところがない事が分かってホッとする。詞御と依夜、両者の間でわだかまりが解けた事を察した女王が声を出す。


「では、朝食にしましょう。私たちは先に行っています。高天さんも着替えたら、使いの者に案内させますので来て下さい。そして、依夜?」

「何ですか、お母様?」

「部屋の修繕費は、貴女の小遣いから天引きです」

「はぅ」


 顎に拳を喰らったかのように仰け反る依夜の姿が詞御の目に映る。

 一体幾らくらいするんだろうな、この部屋。色々高そうだし、と女王たちが出て行って閉じられた扉の音を聞きながら詞御はそう思った。


「全く、そもそも、セフィアがそんな姿であんな格好するからだぞ。いい加減、服を構成するか、内に戻ってくれ」

「構成するのも面倒なので詞御の内に戻りますが、何となく、こう心がざわつくんですよね」

〔嫌いなのか、依夜の事?〕


 内に戻ったセフィアに詞御は語りかける。


〔好きか嫌いかで問われれば好きです。けど、何と言うか言葉に出来ない別な感情があるんですよね、詞御と皇女様が一緒にいると。本当に言葉に出来ないのですが。こんな感情を持ったこと、今まで一度も無かったんですけどね〕


 先程の依夜もそうだが、セフィアも、とかく女性というのはよく分からない。

 振り回されることが多いだけに何とも未知なるモノだ。

 とは言え、その事に思考を割く時間は今の詞御には無い。何故なら扉の外に人を待たせているからだ。あまりぐずぐずもしていられない。

 急いで用意してもらった制服に袖を通し、廊下に出て案内人に従って朝食の場へと赴く。既にそこには女王と依夜、そしてルアーハが席に着いていた。護衛は、女王たちから離れたところで立っている。女王は、詞御にすっと空いている座席に手を向けた。


 席は二つ空いている。一つは詞御の分。もう一つはセフィアの分だろう。ルアーハが顕現しているので大丈夫だろうと思ったが、確認の為に、詞御は女王の方を見る。女王は自分の視線の意味に気付いたのだろう、僅かに微笑んでくれた。それを確認して、セフィアを顕現させる。


「お気遣い、感謝いたします女王様」

「お気になさらずに。私もルアーハ以外の倶纏とは、是非とも話や食事もしてみたかったですから。けど、朝の形態ではないのですね?」

「この方が食べるのには効率がいいので。それに、まあ、色々ありまして」


 チラッとセフィアの視線が依夜のほうを向く。それに気付いたのか、依夜は何故かムッとした表情を出す。


「なるほど、良く分かりました。それと、高天さんも制服が良く似合ってますよ。では、お席にどうぞ」


 女王に分かって詞御にはさっぱり分からないのは、男性だからなのか? と思いルアーハを見る。すると、うむうむ、と何故か感慨深く頷いていた。どうやら、この場で分かってないのは、詞御だけらしい。年の功か? とルアーハの口調から、改めてそう思わずにはいられない。


「まずは食べましょう。冷めてしまいますから」


 釈然としない物を詞御は感じるが、女王の言う通り、美味しそうな朝食が冷めてしまうのは勿体無い。

 この王宮に来て、五度目となる食事を味わうべく、セフィアと一緒に席に着いた。


「えっと、国王は居られないのですか?」

「夫は、先に〝西〟の養成機関に。〝闘いの儀〟でのメンバー、私のところは変更になりましたよ、と話したら、自分のところが気になったのでしょう。朝一番で出て行きました」

「……ははは」


 乾いた笑いしか、詞御には出せなかった。そこまでして妻に勝ちたいのかと。


「夫の機関も序列決定戦が私のところと同じ次期と形式でパートナーは既に決まっているのですが、依夜のパートナーが編入試験を突破した者だと告げたときの夫の顔ときたら見ものでした。勿論、高天さんの力は明かしていませんが、相応の強者だというのは伝わったようです」


 ほほほ、と笑う女王に詞御はなんだか薄ら寒い感じがした。


〔国王に恨まれるんじゃないだろうな〕

〔それはないでしょう。……多分〕

〔今の間はなんだ?〕


 そんなやりとりをはさみつつ朝食はつつがなく進み、膳にある鉢は綺麗に空になった。


「美味しかったです、女王様」

「そういって貰えると何よりです、セフィアさん」


 食後のお茶をいただきながら、しばし詞御は味への余韻に浸っていた。

 セフィアは席を離れ、何やら女王と談笑している。心なしか依夜と話す時より楽しそうなのは気のせいだろうか? その様子を何気に見ていたら、詞御の視線に気付いたのか、セフィアはとてとてと自分の席に戻ってきた。


「さて、高天さんは今日から本格的に生徒です。高卒扱いの件と一ヶ月・三十一日の三分の一、つまり十日分のスクーリングは、〝闘いの儀〟と【】に勝ってからになります。それまでは一般生徒と同じカリキュラムを受講していただきます。寮にある個室の模様替えは済んでいるので、荷物はそちらに送っておきますね。王宮の〝国民の血税〟で造られた部屋が壊れたのが今朝で良かった、と言えますねぇ、依夜?」


 後半、怒り交じりの声で言われた依夜は、あうあう、と口をパクパクとさせていた。ご愁傷様、と詞御は内心、そう独りごちた。依夜に訊かれていたら雷の一つでも飛んで来そうな言葉ではあったが。察せられると拙いので、助け舟をだすべく、詞御は話題を変える。

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