第四幕 ―― 裂帛激闘

4-1

「ふあぁ……眠い」


 窓から朝の光が差し込んで来る。

 それを浴びてベッドから上半身だけ起こすも、込み上げて来る欠伸には抵抗できず、詞御は思わず声に出してしまった。まるで同じ音楽を繰り返して再生しているかのように、寸分違わず繰り返される何も変わる事の無い何時もの朝。


(〝昨日、身に起きた事を何も憶えていない〟、というのは、朝起きる分には良い物だな)


 普通の人が聞いたら、「こいつは頭おかしいんじゃないのか?」と疑われること間違いなしの言葉。我が身に起きている現象に対しての感想には、自身の事とはいえ、詞御は少しばかり苦笑してしまう。

 物心がついた頃、幾度と無く混乱していたのは何となくだけど憶えている。けれど、今は逆に、その忘却が心地よい。浄化屋稼業を始めてからは余計に。誰からの見返りを求めているわけではないのだから。ただ、詞御の中にある信念に従って行動しているだけなのだから。


 とはいえ、悲しいかな。

 身体の体内時計とそれに伴う生理反応は正直で、お腹がぐうっと鳴った。


〔いい加減、顕現の許可をください詞御。でないと、昨日言われた記憶の定着が出来ません〕


 耳にではなく、直接詞御の〝心〟に響いてくる女性の声。〝当然〟の事ながら部屋には詞御以外には居ない。


〔分かったよ、セフィア。って、この部屋、何時ものと違う?〕


 間の抜けた声を発すると、白銀の粒子が集中する。詞御のお腹辺りに。

 そして、ぎしっと、ベッドがまるで許容重量を超えました、といわんばかりに鳴る。


「よいしょっと」

「おい」


 何か? とお腹に乗った妙齢の女性に首を傾げられる。


「何故、この場所に顕れる? 何時もは枕元か、傍に現われるだろう!? というか、何で成体の姿で顕現する!?」

「いえ、偶には元の大きさで、こんな体勢でも良いかと思いまして。少しは、胸を高鳴らせてくれますか?」

「するかっ!!」


 間髪入れずに、詞御は己が半身とも云える存在に即答する。

 何を考えての行動なのか、一体コイツは。詞御は訳が分からない。分かるはずもなかった。


 今のセフィアの体勢は、未だベッドの掛け布団の中にある詞御のお腹に崩れた正座で跨るような形で、ちょこんと鎮座しているものだ。しかも、裸身にシャツを一枚着ただけという、姿としては半裸に等しい扇情的な格好で。

 知らない人が見れば、情事の類か何かと疑われる事間違いなしの体勢だった。


「残念です。次はもう少し工夫をこ「凝らさなくていい!!」……最後まで言わせてください」


 何故か残念そうに言うセフィアの行動理由が全く以て分からない。一体、何がセフィアにこうさせているのか。


「良いから早くしてくれ、何か分からないけど、嫌な予感がする」

「当たらずも遠からずでしょうか?」


 セフィアの意味深な言葉にますます混乱するばかりだった。しかし、詞御の混乱を気にする様子は無く、彼女の額が自分への額へと触れる。


「……ん」


 セフィアの口から艶やかな声が漏れたような気がするが、今の詞御はそんな事に気を廻している余裕など微塵もない。

 ここ最近の出来事――憶えていなければいけない物から忘れてしまいたい物――の記憶が、膨大な情報の奔流となって脳内に流れ込んできているのだから。


 いや、流れ込んでくるなどというと云うのは、生温い表現だ。

 ジグソーパズルの膨大な欠片が無理やり組み合わさって一つの絵になっていくかのように、脳内に記憶が無理やり定着していくのを感じながら、詞御はそう思わざるを得なかった。


「ふぅ……終わりましたよ、詞御。〝思い出しました〟か?」

「〝思い出した〟よ、何でこの部屋に居るのか。そして昨夜の出来事も」


 詞御も流石に言い過ぎた、と思った。

 もう一度きちんと謝ろう、とは思ったが、夜という事もあり、こちらから女性の、しかも皇女という立場の人間に会いにいくのは色々と問題がある気がして、取り敢えず寝たのだった。

 そんな事を思い出していると、扉を叩く音が室内に響く。


「どうぞお入り下さい」


 セフィアが詞御に覆いかぶさる形で、枕元にあるボタンを押す。

 開錠の音がした後、扉が開き人が入ってくる。それは、依夜だった。

 昨夜の事を再び謝ろうと彼女を見たら、依夜は信じられない物を見たといわんばかりに目を見開いていた。

 一体何を? という詞御の疑問は一瞬で氷解する。


「詞御さんは誠実な方だと思っていたのですが……」


 バチッと、弾ける音が聞えた。そして、その音は次第に大きくなり、依夜の周囲に幾つかの球体を作る。それは、盛大な音と眩い光を放出している、プラズマ球体に他ならなかった。


「まて、依夜! 自分の説明を聞いてくれ……!!」


 だが、悲しいかな、詞御の懇願は聞き入れられる事は無かった。


「まさか、こんな美人でスタイルのいい女性を連れ込んでいるなんて、破廉恥です!!」


 依夜の大きな叫び声に反応し、球体が爆発し、辺りに高電圧を放出する。

 それは詞御に宛てがわれた部屋の壁や寝具、備付の品をことごとく破壊していった。

 破壊の後に残っていたのは、セフィアが張った消滅の壁で護られた詞御たちと荷物だけという有様。まるで部屋の中だけに突如竜巻が現れて破壊の限りを尽くしたように。


「皇女様、勘違いをしてはいけません、私です。セフィアですよ。気配で分かりませんか?」


 扇情的な姿のまま、セフィアはハスキーの掛かった声で言い、消滅の壁を解くと依夜に向かってにこっと微笑む。


「え? え? え?」


 まさに混乱の極みと言った感じで依夜はおろおろしていた。

 手には、プラズマの光球を持っているだけにとてつもなく、危ない。

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