3-8

〈いいか、詞御。高天防人流を、いや、昂輝や倶纏の扱い方を教える前に、覚えていて欲しい事がある。〝武力〟という存在が人にもたらす落とし穴についてだ。〝武力〟は人に強大な存在感をもたらす。と同時に、人の心を狂気に染め、自分を見失わせる危険性をはらんでいるのも事実。

 自己を見失わないために必要で、そして大切なのは〝考えること〟だ。何のために、誰の為に、自分がなぜ〝武力〟を行使するのか。その事を決して忘れるな〉


 そのことは、浄化屋を始めて、出会った凶悪な犯罪者を捕らえてきた経験で真に理解することになった。

 真の凶悪犯罪者は、自分のしている事を悪い事だとは思わない。むしろ正義だと信じて疑わないのだ。


「わたしは、その時の無力さを嘆き、お父様に頼んで、専属の指導者を雇ってもらい、倶纏を含めた武術の訓練を始めました。わたしが、キョウコの仇を討ってやるって。がむしゃらでした。でも、頭のどこかでは分かっていたのかもしれません、わたし自身の実力では、捕まえられないのではないか、と。

 それから、ルアーハの言っていた通り、奴は捕縛され、死刑が執行されたことで、わたしの思いは、はからずも達成されました。そして、ぽっかりと胸に穴が開いた感覚に襲われたのです。自分はこれから何を目指していけば良いのだろう? と。そして、思い出したのです。キョウコが生前、よくわたしに言っていた事を。〝誰しもが未来を望むことができる平和な世界になって欲しい〟、と。

 それを叶える義務がわたしにはある、と強く思いました。ですが、それにはいろんな〝力〟という物が必要になります。わたしはそれまで以上に公務に打ち込み、また今度あんな事があったとき、二度と後悔しないように、皇族ではありますが、お父様とお母様に無理やり言って、倶纏養成機関への入学を許可して貰いました、武を磨くために。権力だけではまかり通らない場合もあるのだという事を、あの事件を切っ掛けにそう強く思いましたから。この三年間はがむしゃらに色んな力を求め、身に付けてきて、今のわたしが此処に有ります!」

「成る程、そういう事だったのですね。なぜ皇女という立場で、あれほどの力を持っているか不思議でしたが、疑問が解けました。しかし、僅か三年で今の階位に辿り着くなんて凄いですよ。ねえ、詞御……詞御?」

「何か、わたし、いけない事を言いましたか? 顔が怖いです」


 セフィアと依夜が詞御を見て訊ねてくる。依夜の言葉を聞いて、より詞御の思考が、無意識に普段の感性から浄化屋としての思考にシフトしていく。怜悧にかつ冷徹な思考へと。

 現在いまの依夜は力しか見えていない。このままでは、先生の言う〝落とし穴〟に陥る可能性がある。だから言った。言わざるを得なかった。〝落とし穴〟に落ちないために。


「貴女が力を求める理由は分かった。その意気込みも。けど、そこの何処に貴女の意思、いや存在がある?」

「えっ?」

「詞御! 言いすぎです!」


 依夜は戸惑い、セフィアは叱咤してくる。

 だが、詞御は止めなかった。止めるつもりが無かった。


「依夜、貴女は〝現在いま〟を見ているのか? 親友の思いを継ぐというのは正しい事で凄い事だとは思う。けれど、貴女自身の思いはまだ聞いていない。自分の目の前に居る人物は、皇女である依夜なのか? それとも貴女がいう、その親友なのか?」


 詞御の言葉が意外だったのか、下を向き俯く依夜。

 表情は分からないが、身体が震えているのは目に見えて分かった。


「貴方に……」


 最初は聞き取れないような小さな言葉だった。けど、顔を上げた瞬間、部屋いっぱいに響く声が、これまで聞いたことが無い声が反響する。

 親友から貰ったという眼には大粒の涙が浮かんでいた。


「貴方に何が分かるというのですか! 過去を憶えようともせず、未来に思いを馳せる事をしない貴方に、一体わたしの何が分かるのですかっ!! 貴方に――」

「――やめるのじゃ! 依夜!!」


 ルアーハのしゃがれていても、大きくはっきりした声にびくっと反応し、依夜は言葉を飲み込んだ。そして、両手で口元を押さえる。


「わ、わたしは……」


 言葉が続かない依夜に対して、詞御は先ほどの依夜の叫びに、思考が普通の状態に戻ってくる。内心、しまった! と思った。依夜はただ自分の思いを述べただけ。それに対し、自分が先ほど発した言葉は、怜悧・冷徹であった浄化屋時代の詞御の言葉だった。ゆえに、素直に謝る。それ以外に出来ることが思い浮かばなかった。


「……確かに、依夜、貴女の言う通りだ。出来ない自分が、貴女に何かをいう資格などなかったな……済まない」


 詞御は椅子から立ち上がり姿勢を正す。そして、依夜に対して深く、深く頭を下げる。

 一度口に出した言葉は取り消せない。その事を深く後悔する詞御だった。依夜の言うとおり、詞御にはそんな事を彼女に言う資格など無いというのに。

 何も言ってこない依夜を不思議に思い詞御は顔を上げる。罵倒されるのは覚悟の上。しかし、其処には怒った表情の依夜は既になく、それどころか心なしか先程とは違う意味合いで顔を蒼ざめさせている姿だけがあった。詞御と依夜の視線が合う。


 途端、がたんと大きな音が詞御の耳朶を打つ。よく見れば依夜が座っていた椅子が仰向けに倒れている。恐らく急に立ち上がった時にぶつかった拍子に倒れたのだろう。


「おい、大丈夫――」

「――ご、ごめんなさい!」


 詞御の言葉を遮って依夜はルアーハを内に戻した。そして、走って扉の方に向かい、そのまま開けて出て行ってしまう。詞御たちが居る部屋には、扉が力任せに開けられた音と彼女の香りが残るだけだった。


        ◇       ◇       ◇       ◇

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