2-2

「わたしの部屋ならば、その手の類の話をするならうってつけです。王宮内でも情報や気配が漏れないよう最堅固となっていますから。出てこられても良いですよ……えっと――」

「――セフィア、と言います、皇女様。改めまして、初めましてになります」


 実体にて自分の横に顕現したセフィアは、具現化させたワンピース型洋服の端を軽く摘み、お辞儀をする。それに倣って、依夜も同じ動作をし挨拶を交わす。


「まさか、依夜の部屋に案内されるとは思わなかったよ」

「変な行動起こさないで下さいよ、詞御?」

「何でそこが疑問形になる!? そんなことを依夜の前で口に出すな、セフィア!」

「ちなみに殿方を自室に招き入れるのは初めてです」


 ふふ、と依夜に微笑まれる。


「ど、どうも、光栄だな」


 どう切り返していいか分からず、取りあえず当たり障りの無い言葉を、詞御は出すしか出来なかった。


「セフィアさん、詞御さんと同じく、わたしの事は名前で構いません。でも、強いるものでもありませんので、セフィアさんのお好きな呼び名でどうぞ」


(うん? 何処と無く、自分の時とは依夜の表情が硬いような気が……)


 何処と無くだったので、取りあえず問題ではないだろうと、この疑問は先送りにした。

 それよりも、まず話すべき事があったから。

 格調高い机を挟んで、向き合う形で詞御たちと依夜は椅子に座った。


「さて、大体察している事の方が多いと思うけど、自分の事について話さなければいけないかな。とはいえ、何処から何処まで話していいか分からないから、質問形式でお願いしたい。答えられるものには答えていく」

「分かりました。それでは、詞御さんの〝倶纏〟からお聞きしたいです。まさか、とは思いますが、詞御さんがお話されているわけではない……ですよね?」

「いや、何でそこで疑問形になりますか?」

「それ程に、珍しいからですよね、私〝たち〟の存在は。ね、皇女様?」


 この場合の〝たち〟はどちらの事を指し示すのかな? と思いながらも、今はそれを追求する場ではないので気付かぬ振りをして、黙る事にする。


「そうです。本人と別意識がある倶纏は本当に非常に稀ですから。実際、こうして他の人の倶纏とお話しするのは初めてですので、正直どきどきしています。他人の中位・甲型以上の倶纏を見るのも初めてですから」


 そっと右手を左胸にあて、そう表現する依夜。

 一つ一つの何気ない動作がとても優雅で、こういう処が皇女様だよな、と詞御は改めて思わされる。

 中位・甲型は本来の大きさとミドルサイズの大きさの二形態を持つ階位。更に本体とは別意識を持つ存在で、滅多に見られないとされている。


〔どうやら、女王も護衛たちの誰も、中位・甲型に達している倶纏を持っていないみたいだな、聞く限りに於いては〕

〔さあ、それは、どうでしょう? 皇女様にさえ知らされていない機密事項もあるかもしれません。また、私〝たち〟のように当人が誰にも知られる事無く秘匿している場合も、決して珍しくは有りません。簡単に決め付けるのは早計ですよ、詞御〕


 実体で顕現しているとはいえ、互いの有視界範囲において、思念で会話する事は問題なく出来る。

 もっとも、それは依夜〝たち〟にも言えることなので、あちらはあちらで、何を言われていることやら。


「私も、詞御以外の人間とまともに話すのは初めてです。その上、同性とお話できるのは尚更、正直嬉しいです」


 それはそうだろうな、と詞御は心の内で愚痴る。

 セフィアは倶纏と言えど、女性体だ。思考論理も人間同様に女性的な側にある。それ故に、何を考えているのか、詞御でさえ時折分からなくなる事があるくらいだ。

 物心付いた時から一緒に居るというのに、である。


「改めまして、宜しくです、セフィアさん」

「こちらこそ、皇女様」


 セフィアの見た目の年齢差も有って、傍目には仲の良い姉妹のように見える。

 しかし、


(本来の姿になったら驚くんだろうな、依夜は)


 明かすときが来るのか分からないけれど、多分、驚くのは、簡単に想像が付いてしまう。


「後で、もっとゆっくりとお話したいですね」

「今日の闘い如何では、どうなるか」


 詞御は少しとぼけて言ってみるが、依夜に動じた様子は微塵も無かった。

 同じ養成機関にいるとはいえ、世間から見れば王族と一般市民。普通は話すことさえままならないだろう。ただし、パートナーとなった場合は別だ。


「大丈夫です、もう確信しましたから、セフィアさんの姿を見る事が出来て。惜しむらくは、あの者との闘いでは、セフィアさんの活躍は見られないという事くらいでしょうか」

「そうですね、私自身が出る幕はないでしょう。詞御だけで十分です」

「セフィアさんの言葉を聞けて、ますます安心しました。相方が決まるのが楽しみです」


(なんで、出会って直に意気投合できるかな。これだから女性という物は分からない)


 詞御は心の中で、そう愚痴る。

 尤も、それを言葉に出そうものなら多勢に無勢で袋叩きになるのは詞御自身。だから、別な話題を振る。


「ゼナとかいう奴の名前を呼ぶのも嫌か」

「昨日も申し上げましたが、わたしは嫌いです」


 きっぱりと、そしてばっさりと切り捨てる様。昨日も直に依夜の口から聞いていたが、名前すら出してもらえないくらい、依夜は相当嫌っている事がわかる。

 尤も、今の詞御には同情の余地はない。彼の〝臭い〟を感じ取ってしまったからには。

 しかし、


「そうですね、私自身でコテンパンにしてやりたい所ですが、かといってあの程度に姿を晒すのも嫌ですね」

「分かります、その気持ち」


 セフィアと依夜のゼナに対する酷い物言いを聞いて、少しくらいなら同情してやってもいいかな、と一瞬だけ詞御の脳裏を横切った。でも、詞御もセフィアを衆目に晒すのは嫌なので、すぐさまその考えを取り消す。


 故に、


「ご期待に沿えるよう頑張るよ」


 と言ったのだが、驚くことがあった。

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