第二幕 ―― 超越再臨
2-1
とんとん、と何かを叩く音が詞御の耳に届く。
それが、扉を叩く音と気付くまで、僅かばかりの時間を要した。
(自分の部屋の扉の音ではないよな、これ?)
一体、自分はここに、どんな理由でいるのだろうか? 詞御がそんな疑念に駆られた時、扉の向こうから声が聞えた。一瞬、ビクッと反応する詞御。嫌な冷や汗が背中を伝わる。以前も〝記憶〟を失った直後、とんでもない目にあったのを思い出したからだ。
「詞御さん、もう朝食の時間ですよ。今日は一緒に食べたくてお迎えにあがりました。入って良いですか?」
朝食? お迎え? 聞き覚えの無い声が、自分の名を呼ぶ。
覚醒の状態だが思考が纏まらない。それでも、扉の向こう側に居る人間に取りあえず敵意・悪意・害意の類は感じないことだけは何となく分かった。なので、覚悟を決めてベッドから上体を起こし、許可を出した。
「良いよ、入ってくれて」
〔ちょっと、詞御!? 待ってください!!〕
〔セフィア?〕
半身ともいえる倶纏のセフィアの呼びかけは間に合わず、扉の鍵が開錠され、扉が開いてしまった。そして入ってきたのは、綺麗な顔立ちをした少女だった。
「……誰ですか、貴女は?」
「え?」
少女は呆けて、固まってしまった。
詞御も、見知らぬ少女が入ってきたことに頭が疑問符で一杯になる。そして、ベッドで上体を起こしただけの体勢のまま固まってしまった。
〔セフィア、この人は誰だ?〕
〔迂闊だった私も拙かったのですが……。まあ、知られるのが、早いか遅いかの違いなだけを考えると、来てくれたのが皇女様で良かったと言うべきでしょう。詞御、昨日の〝記憶〟を定着させます〕
〔皇女? 早いか遅い? というか、顕現は拙い。知らない人間に見せるのはよくない〕
〔大丈夫ですから、その点は。それも定着させれば解消します。強制顕現しますよ?〕
〔……分かった、お前を信じるよ〕
そう言うや否や、セフィアは詞御の中から出て、実体を伴って現実世界に顕現する。
見た目てきには、八歳ほどの人間の形態で、真っ白いワンピースを着た状態で詞御が上体を起こしているベッドの傍らにちょこんと立つ。
セフィアが皇女様と呼んでいた人間が目を丸くするのが分かった。
「それが、貴方の倶纏……」
「そうですよ、皇女様」
「っ?!」
セフィアの言葉に、皇女が何かを言おうと口を開ける。それを見たセフィアは、皇女様と呼ぶ人物に向かうと、自身の唇に右人差し指をもっていき、指を縦に当てる仕草をした。
それを見て、皇女が寸での処で止め、グッと言葉を呑み、口を閉じる。
「有難う御座います。色々お話したいところですが、少し待ってください。取りあえず、扉を閉めていただけると助かります」
扉が閉まったのを確かめた後、再び詞御の方に向き直る。そして、詞御の額に、セフィアは自身の額をくっ付けてきた。
瞬間、膨大な情報が詞御の脳に流れ込んで来る。昨日の朝から、就寝までの記憶の全てが。
僅かの痛みに耐えた後、改めて眼前の少女を見る。
「……あぁ、おはよう、依夜」
「お、おはようございます。詞御……さん、ですよね?」
まるで別人でも見たような物言いだが、気持ちは分からなくもない。
でも、これで何となくでも彼女にも伝わったのだろう、とも思った。
「もしかして、詞御さんの〝欠損〟って……」
「……まあ、そういう事だ。処で、セフィアを顕現させたままで大丈夫か? 警備とか問題にならないか?」
「今の気配でしたら、大丈夫だとは思います。ですが、念の為、一度戻ってもらって構いませんか?」
「だ、そうだ」
「仕方ないですね」
そういうや否や、セフィアの輪郭は徐々に薄れていき、詞御の中に溶け込むように消えていった。
「さて、色々と聞きたいことはあると思うが、何処か警備上問題が無いところでお願いできないかな、依夜。王宮内に見ず知らずの倶纏が出現したままというのは拙いだろう?」
「確かに、そうですね。分かりました。では、朝食後に然るべき場所をお伝えします。わたしもお話したい事が有りましたから。では、部屋の外で待っています。朝食の場所へと案内しますので」
「一緒に、か? 大丈夫なのか、一般市民の自分が同席して」
詞御の言葉を受けた依夜は、一瞬きょとんとすると、軽く吹き出した。
「問題ありません。昨夜はわたしは公務が有り、食事をご一緒できなかったのであのような膳の方式をとっただけです。なので今朝は一緒に食べましょう」
そう言って、これ以上の事は聞かず、丁寧にお辞儀をして依夜は部屋を後にしていった。
〔せっかく顕現出来たのに、不便です〕
〔まあ、そういうな、依夜だってお前を思ってのことだぞ。聡明な方で助かったよ〕
〔それは分かりますが……仕方ありません。然るべき場所とやらまで我慢します。さて、あまり皇女様を待たせるのも良くありません。とっとと身支度をしてください、詞御。時間がそんなに有る訳ではないのですからね〕
食事の時は感覚共有忘れずに、という言葉を残してセフィアとの会話は終わった。
(ちゃっかりしているな)
苦笑しながら、詞御は急いで身支度をし、整える。
それよりも、セフィアの言葉を使うわけではないが、朝食が何かを気に掛ける方が、よっぽど大事だ。定着し直した、昨夜の夕食の味と豪勢さからすれば、朝食も十二分に期待できる。
身支度が終わり、扉を開け、外で待っていてくれた依夜と一緒に朝食の場へと移動した。
そして、朝食が無事終わると(勿論美味しかった)、警備に支障が無く、且つ部屋の中に居る倶纏と人間の気配が洩れない部屋に案内された。
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