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「それでは、失礼しますか」
扉横にあるスリットにカードを通すと、かちゃりと錠が外れる音がした。扉を開けて中に入って感じたのは、驚きだった。中々良い造りになっていたからだ。小さいながらもきちんとお風呂まで完備し、お手洗いも別部屋ときている。
その辺りにある一般的な宿や、一人暮らし用の賃貸物件などとは比べるのがおこがましいくらいに充実していた。そして、部屋に備え付けてある高級そうな机が一際目を引く。軽く四人掛けは出来るくらいの大きさだ。使用人の部屋ですらこれなのだから、各国の要人や客人、また皇族の部屋などは想像する事もできない。
〔顕現しては駄目ですか?〕
〔駄目〕
セフィアの懇願に詞御は不許可をだす。理由は単純にして明快。余計なトラブルを引き起こしたくないから。何故なら宛がわれた部屋とはいえ、ここは王宮内の一室。王宮という物は、その警備上、護衛の手練も多い建物だ。そんな警備が厳重な中、セフィアを顕現すればどうなるか? いきなり出現した得体の知れない倶纏の気配は、侵入者の類と捉えられかねない。その場合、宮殿内が大騒ぎになるのは火を見るより明らか。だから、詞御は最悪の可能性を予測して、顕現の不許可を出す。用心を重ねるに越した事はないから。
それよりも、詞御は先ほどの依夜とのやり取りを思い返していた。
(また〝明日〟……か。自分には縁遠い言葉なのに、何で自然に出たんだろうな)
部屋に用意されていたベッドに身を放った。
心地よい何回かの反発の後、仰向けになる。見たことのない模様が描かれた天井が視界に入った。それを見ながら、ボーっと今日一日のことを振り返る。編入試験の事、理事長こと女王の依頼、そして、先ほど闘技場で行われたやり取りの事を。
〝一日〟という点から鑑みれば、浄化屋稼業をやっていた時よりも忙しく感じた。〝覚えている〟記憶と照らし合わせてみて。ふと窓から外を見ると、【光の柱】が目に入った。
〔まもなく夕刻になりますね、【光の柱】からの光量が少なくなってきましたから〕
【光の柱】は文字通り、この世界の中心にある巨大な存在。
この世界、〝テラ〟と呼ばれる世界は地図を広げたような平面な構造をしている。広大で分厚い雲の海が広がり、大小さまざまな島々が途方もない広さの雲の上に、それこそいろんな位置で浮かんでいる。各国の移動は雲の海を渡る船舶が殆どだ。そして、光の柱を中心にゆっくりと一日かけて一周するのだ。
光の柱は全部が光っているわけではなく、三百六十度の半分、百八十度が明るく残り半分は暗い。また熱量は弱まる事も、強まる事もない。しかし、それ故に島の位置が一番の問題になる。熱量の放出が一定故に、柱に近ければ暑くなり、逆に遠すぎれば寒くなっていく。
必然的にすごしやすい国とそうでない国が出てくる。それは当然国力をも左右する。気候が安定している国は暮らしやすく、また安定した気温は大地も肥え、作物の実りも豊かになり家畜も安定して育つ。国によっては、もう有り余るほどに、だ。
でも、近すぎれば近すぎるほど、大地は干上がっていき、水は枯渇。逆に、遠すぎれば遠すぎるほど大地は凍えていき、水は凍結していく。暑くても寒くても、その差が大きくなっていく程に、人が暮らすには厳しい環境になっているのが、詞御たちが住まうこの世界、〝テラ〟である。
詞御が今いる国――月読王国は龍の姿に似た形の島をしている。場所も、光の柱に僅かばかり近いため、やや暑い気候ではあるが、それでもかなり過ごしやすい位置にあるといえる。
そんなことを考えていると、扉がノックされる音が聞こえてくる。
「御食事を持ってきました、詞御様」
〔さま、ですって〕
〔うっさい。まったく依夜は……〕
セフィアの突っ込みに対し、詞御は多分、原因を作った依夜に軽く毒つきながらベッドから起き上がると、扉を開錠する。すると、廊下には一人の女性給仕が立っており移動式の手押しワゴンに一つの大きな膳が置かれていた。
入室の許可を出すと、女性給仕は手馴れた手つきで膳を運び、部屋に入ったときに目に付いた高級そうな机に置く。
それを終えると詞御に一礼して、女性給仕は部屋を後にしていった。机には、膳に乗った大小様々な鉢が置かれている。詞御は一張羅の上着を、備え付けのハンガーに掛けた。
何はともあれ、せっかく用意してくれた夕食だ。少し時間は早いが、冷めない内に食べてしまわなければ勿体無い。
箸を手に持ち、鉢の蓋を開ける。これまた豪勢な食事の数々が詞御の眼前に広がった。
〔顕現は駄目でも、感覚の共有はしてくれますよね? こんな美味しそうな料理を、ただ見ているだけなのは拷問です。食べ応えや、味は私も是非堪能したいです。節約生活では、こんな豪勢な料理は食べられないでしょうから〕
(こういう処は、倶纏とはいえ、女性なんだよな)
〔何か不当な事考えませんでしたか、詞御?〕
〔いえいえ、滅相も無い。さ、冷えてしまう前に食べてしまおう〕
〔何となく、はぐらかされた感じがしなくも無いですが、目の前にある豪勢な料理に免じて許してあげましょう〕
セフィアの小言が来る前に早々に切り上げ、いただきます、と料理の前で拝み箸を手に取る。全ての料理が、これまで食べた事が無いほど美味しい物ばかり。気が付けば、全ての料理はあっという間に詞御の胃に収まっていた。
お腹が落ち着いた後、手早く風呂に入り、予め用意されていたこの国の就寝時に使う民族衣装を身に付けた。
程よく汗が引いたところで、詞御はベッドにもぐった。
別に早起きしなければいけないわけではない。かといって、遅くまで起きている理由も、これまた無い。
灯りを消した部屋で、虚空を眺める。
(〝明日〟の事を考えるなんて、一体、いつ以来なのだろうか……)
思い出せない過去でも、そう思わずにはいられなかった。
過去の自分も、また今の自分と同じ事を考えていた時があったのだろうか?
〔明日の朝、〝定着〟を頼む、セフィア〕
〔了解です、詞御。おやすみなさい〕
セフィアの声を聞き、詞御の意識が徐々にまどろみの中へと落ちていく。
同時に、さらさら、と頭の中から何かが流れ堕ちていくのも感じていた。
(この感じは憶えたくは無かったけどな……。何度感じても慣れる事は、無い、よ……)
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