1-14
先ほどとは打って変わって、喧騒にあった闘技場は、本来の静けさを取り戻していた。そんな中、人知れず心の中で依夜に関心を抱いている詞御に声が掛かる。
「……かなり度胸が据わっているのですね、貴方は。よく、あれだけの啖呵を切ったものです。でも、良いのですか、このままで?」
依夜は心配そうに訊ねてくる。気にしているのは、〝物理ダメージ可〟という条件。
詞御の強さは信じている。ゼナ相手なら勝ってくれる事も。それでも、機関内序列戦では決して設定されない条件。勝てたとしても、流石に無傷では済まないかもしれない、という心配からだった。
「試合においての物理設定の事ですか? 問題ありません。これでも傷やケガには慣れっこです。自慢にはなりませんが、これでも実戦経験は豊富で、幾たびの修羅場をくぐって今こうして生きてこの場に立っています。これでも貴女の心配は取れませんか?」
「貴方がそこまで言うのでしたら……」
依夜は気分を平常に戻しつつも、まだどこか納得いかない表情を詞御にみせる。
(しかたがない)
詞御はそう思うと、無理やりでも依夜の感情を元に戻すため、発破を掛けた。
「そもそも、この事態になった切っ掛けを作ったのは、皇女様だった気がしますが?」
すると、思い出したのか、依夜はぷくっと頬を膨らませる仕草を見せた。
(どうやら通常に戻ってくれたかな?)
依夜の様子をみて、ホッと心の中で胸を撫で下ろす。
これまでの詞御の日常――浄化屋の頃は、むしろ非物理設定というものが異端であり非日常。命を掛けた戦いこそ、詞御が身を置いていた場であり、これから戻るべき日常なのだ。だから、依夜の心配は無用なのだ、優しい心遣いには申し訳ないが。
尤も、そんな心情など周囲は知る由もなく、理事長が詞御の言葉に続く形で、
「全く、高天さんの言うとおりです。皇女であるなら、もう少し冷静でいるべきです。とは言え、依夜の言葉を借りるわけではありませんが、良いのですか? 本来は非物理設定の戦闘領域で試合を行う予定だったのですが……」
「構いません、理事長。依頼はしっかりとこなしてみせます」
「……分かりました。貴方と直接戦った依夜がその強さを感じ取り、あそこまで言い切ったのです。貴方の言葉と強さは明日の闘いで証明して下さい。私もきちんと見定めたいので。取り敢えず、一応の顔合わせは済んだことですし、部屋に案内いたしましょう」
流石、この国の女王だけあって切り替えが早い。詞御はそう思いつつも、ふと思い出した。確か、この養成機関の敷地内には大きな寮があって、自分はそれを編入試験の書類に希望していたはず。だから、この場合、案内されるまでもなく寮の場所と部屋番号さえ教えてくれれば事済むはずだ。
なのに、理事長は〝部屋に案内する〟と確かに言った。これは一体どういうことなのだろうか?
そんな疑問を考えていると理事長は、少々決まりの悪い顔を詞御に向け口を開いた。
「実は、これまでの編入試験に合格した者がいないことから、今回も出ないと思って、寮の、つまり貴方の部屋の準備が出来ていないのですよ」
「は?」
詞御は、呆けた。
だが、理事長はそれに構わず(放って置いてともいう)言葉を続ける。
「という訳で、部屋の準備が整うまでは、王宮の一室――使用人の部屋――を使ってください。そちらの方は手配済みですのですぐ使えます」
「はいい?」
完全に予想を裏切る言葉だった。詞御に出来ることといえば、間抜けな声を出すことくらい。
それだけに、理事長の言葉には破壊力があった。いろんな意味で。
「では、依夜。高天さんを案内してあげなさい。私はまだここでの公務がありますので。通路は私専用のを使ってかまいません」
「了解しました、理事長。詞御さんを案内します」
うむ、よろしい、といわんばかりに理事長は頷く。詞御を置いてけぼりにして。
「ささ、行きますよ詞御さん。付いて来てください」
〔詞御、いつまで呆けているつもりですか。良いではありませんか。王宮なんて、普段は入れない場所。いい機会だと思えば〕
〔お、おおう〕
何とか再起動を果たした詞御は、依夜に続いて闘技場を後にする。その様相は、連行されているようにも見えた。道中誰とも会うことなく、建物内から出た依夜たちは、待たせてあったのだろう、王族らしい高級自動車――シートが並んでいるに普通の車とは違い、前席と後部座席は強化ガラスで区切られ、後部座席は広くゆったりとしていて、革張りのソファと重厚なテーブルが備え付けられ、ちょっとした応接室のようになっている――の後部座席に乗せられて一路、王宮へと向かっていく。
時間にして三十分くらいだろうか、大きな建物が見えてきた。
〔ふあ、とても大きな建造物です。流石、この国の首都である【
セフィアが感嘆したように呟く。それには詞御も同意だった。これほどまで広い敷地に大きな建物は見たことがない。
「さ、到着しました。お部屋に案内しますので付いて来て下さい」
敷地内を自動車で走ること少し、巨大な玄関(と思われるもの)の前に止められた。
使用人からドアを開けてもらった依夜は慣れた動作で自動車から降りる。詞御も、多少もたつきながらも無事に降り、依夜の後についていく。五分ほど歩いたところで(それほどまでに広い)とある扉の前で依夜が止まった。
「寮の部屋が整うまで、ここを使ってください。荷物も既に部屋に運んであるそうです」
「了解しました」
「もう、敬語はいらないと言ったはずですよ?」
軽くふくれた様子で、依夜は詞御をたしなめる様に言葉を返す。
「了解。慣れるようにするよ依夜」
それでいいです、と依夜は頷いた。そして、あることを思い出したのか、こうも付け加えた。
「寮の件ですが、明日の結果第では、もう少しこの部屋を使ってもらうことになるかもしれません」
「? 何故です?」
「序列のことは既に話したと思いますが、寮は普通相部屋なのですが、序列一位から十位までの倶纏使いには特別な部屋、まあ、個室ですね。それが用意されるのです。ですから、明日次第では前使用者の引越しもなされるので、また時間を使うのです。わたしとしては時間が掛かることを期待しているのですが……」
つまり依夜が言いたいことは、ゼナに勝って、詞御が序列二位を勝ち取ってくださいと言っているような物だ。それが分かったから、
「ご期待に沿えるよう、全力を尽くすよ」
詞御は依夜にそう返した。依夜はそれを聞いて満足そうな笑みを浮かべると、詞御に鍵を手渡す。電子ロック式のようで、鍵といっても薄い一枚のカードだ。
「部屋はご自由に使ってください。食事は給仕の者に運ばせますのでご心配なさらずに。ほんとうは一緒に食事をしたいところですけど」
それは無理だろう、と詞御は思った。片や王族のお姫様。片や一般市民。同席で食事をするわけにはいかないのだろう。と、この時は詞御も思っていた。
「それでは、失礼しますね。また、明日呼びに来ます」
「あぁ、また明日な」
詞御の言葉を聞いて、依夜は王宮奥へと歩いていった。
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