1-11
「大丈夫ですよ、貴方は〝あの〟編入試験を突破したのですから」
「それにわたしに勝てたのですから、〝あの者如き〟に高天さんが負けるはずがありません。それに、高天さんは誠実に見えますし」
「まだ会ったばかりですが……」
「これまでの会話と態度で、何より直接闘ったわたしには分かります」
自らの胸に祈るような形で両手を組むと、依夜はそう詞御に語りかける。
それを見た理事長は、ポンっと両手を叩く仕草をした。
「あぁ、時折貴女が言っているアレの事ですか?」
『アレ』ってなに? と詞御の頭は疑問符で一杯になる。それを察したのか、
「依夜が時折語って聞かせてくれるんです。『闘いに赴く者として、己が武具や昂輝、はたまた倶纏を交えて闘っていると、時折相手の考えや思いがすとんと胸の中に落ちてくる時があり、闘っている相手のことを理解する事が出来る。そして、相手に抱く感情の種類の中には、まるで共に長く過ごした親友やそれ以上の感情を持つ相手がいる』と。闘いに身を置いていない私には分からない事ですが……」
少しだけ苦笑しながら理事長が語る。
詞御の目線が依夜のほうを向く。それに気付いた依夜ははにかみつつも答える。
「闘い、という行為には確かに野蛮な部分があるのも否定はしません。けれども、それ以上に相手を深く知る事が出来る行為でもあると思っています。事実、ここで出来た親友は、闘いを通じた事で、相手を深く知る事が出来た人たちばかりですから」
自分の感じた直感は間違っていない、と暗に依夜が言っているのを詞御は言葉の端々から、そしてその表情から感じ取る事が出来た。
「だから、わたしには高天さんがこれから仲良く出来る、パートナーになれる人物だと判断できたのです。負けはしましたが、確かにわたしの心は感じました。貴方が持つ誠実さとなんぴとたりとも
表情には出さず、詞御は内心苦笑するしかなく、若干のむず痒さを感じていた。
これまで『闘い』よりも『戦い』の方が圧倒的に多く、依夜が感じている闘いが持つ一側面を感じたことは無く、共感することは出来なかったからだ。何せこれまで相手にしてきたのは、修行時代を除けば凶悪な犯罪者たちばかり。
当然、犯罪者から向けられるのは敵意や憎悪といった負の感情のみ。だから困惑する。純粋に闘った事がないから。確かに依夜の言う事は当たってはいる。詞御は、基本誰かの指図を受けるのを嫌い、己が内にある唯一無二の信念に従って自身の行動指針を決めていた。それは誰にも
それを感じ、
「高大な評価、感謝します、依夜。自分のことも呼び捨てで、詞御で構わない」
依夜にそう返す事しか出来なかった。それを受けて、一瞬きょとんとした依夜は、先ほどよりも微笑み、
「わかりました。ただ、【さん】付けはさせて下さい。どうも収まりが悪くって。良いですか、詞御さん?」
頬を僅かに赤らめながら、依夜ははにかんでくる。
〔良かったですね、詞御。美少女に見初められて〕
〔何を怒っている、セフィア?〕
〔怒ってなどおりません!!〕
ふんっ、というニュアンスの雰囲気が伝わってくる。詞御には分かる。長年の付き合いなのだから、セフィアとは。しかし、怒られる理由が分からないため、詞御はセフィアへの返答に窮する。なので、取り敢えず、返答できるものにきちんとしておこうと思った。
現状を棚上げして。
「構いません。お好きに呼んでくださって。それで理事長、その序列戦とはいつですか?」
「通常は、決まった期間に申請日を設けて受け付けます。そして、序列と対戦数から闘技場の割り振りと日程調整を行うことで最終的に決定されます。人数が多いですから。ただ今回ばかりは特殊なケースになります。そうですね――」
理事長は手元の端末を操作すると、手際よく何かを書き込む。が、ピタリと止まる。
「――明日、ということでどうでしょう? 幸い休日でどの闘技場も空いていましたので、仮の予約を入れておきました。高天さんは今日の試合でもそう疲れているようには見えないのですが……。もし、お疲れでしたら延期も出来ますが?」
「いや、大丈夫ですよ」
詞御の言葉を聴き、理事長は止まった手を再開。手早くキーを打ち込む。
「今、送信しました。序列決定戦の日時と相手を知らせる情報です。見てみてください」
携帯端末を操作すると、空間に半透明なウインドウが展開される。それを見てみると、本当に簡素な情報がそこには表示さていれた。
対戦日時と相手の名前のみが。
「これが序列二位の名か……いったいどんな傑物だろう?」
呟くくらいの小さい声で言ったはずだが、理事長は詞御に提案をしてくる。
「なんなら会ってみますか? 簡単な経歴を言うと相手は大学院に籍を置いている者で、歳は二十四です。午後の課業も終わる頃ですので、教官に連絡を入れておきましょう」
「良いのですか?」
「構いません。公平性を期する意味では、そうした方が互いの為にも良さそうですから。後で勝敗に難癖をつけられずに済む、という利点もありますしね」
詞御の返事を聞いて、理事長は、自身の執務机にある電子情報端末の光学キーボードを手早く操作して、必要な事項を記入していく。そして、終わると顔を上げ、
「では、先ほどの試験会場で顔合わせを。依夜、貴女も一緒に来なさい」
うええ、という言葉が伝わってきそうな表情をする依夜。だが、理事長はそれには一顧だにせず、有無を言わせぬ口調で説き伏せる。
「パートナーを決める闘いなのですから、その顔合わせに貴女も立ち会うのは当然です。それと、皇女なのですから、そうすぐ感情を表情に出すのはやめなさい。将来の公務にも支障をきたします。私も立ち会いますから我慢しなさい」
不承不承、了解の意を示す依夜。その姿に詞御は苦笑する。そして、これまでの会話の中で疑問に思ったことを口にする。
「理事長、つかぬことをお聞きします。先ほどの会話で序列二位の事を『公的な見方では』と仰っていましたが、『私的な見解』はどのように持っておられるのですか?」
すると、一瞬理事長の眉間に僅かだが皺が寄るのを詞御は見逃さなかった。
詞御の問い掛けと視線に観念したのか、理事長は、はぁ、と一呼吸置くと口を開く。
「流石、〝元〟エース・ライセンス持ちの浄化屋。相手の僅かな会話における口調の差異、そして相手の表情の変化から違和感を感じ取る洞察力や観察力には目を見張るものがあります。これでも表に出ないよう気をつけてはいたのですが」
私もまだまだです、と自身を戒めるように理事長は呟く。
「今から話す内容は非公式として下さい。……権謀術数渦巻く色んな国との外交、また貴族や上流階級層の相手をしていると嫌でも『臭い』には敏感になっていきます」
それを踏まえて、聞くように、と理事長の目が語っているのを詞御は感じた。
「私自身、彼に会ったのは指折る程度です。その『嗅覚』な部分での彼への見解なのですが、巧妙に隠しているようですが、彼からは隠してもにじみ出る強い『臭い』を一瞬だけですが、感じました。何の証拠にもなりませんけどね」
これ以上は、生徒への過剰関与になるので言えませんが、と最後に付け加えられて。
〔少しは警戒しておいた方がよさそうだな、セフィア〕
〔そうですね。浄化屋時代の状態で臨めば、大丈夫なはず〕
詞御とセフィア、一人と一体はそう打ち合わせ、これから会う人物を警戒した。
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