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「さて、高天さんの了解を得たところで早速、貴方に一つしてもらいたいことがあります」
「なんですか?」
「序列二位の生徒と闘って序列を獲得してもらいたいのです」
はい? と詞御は言葉に出さず表情で答えた。
「国王の機関もそうですが、お互いの代表者を出すので、当然トップの人材を選出します。我が機関で言えば、序列一位と二位ということになるのですが、残念な事に、依夜と二位との実力差に加えて、性格の隔絶差が大き過ぎるのです。とてもパートナーとして成り立ちません。相性最悪です。戦闘経験が豊富にある貴方には分かりきった事でしょうけど、パートナー戦は、個々の能力だけで勝敗が決まる訳ではありません。パートナーとしての信頼関係が無ければ、そこを崩され負けます」
困りました、と言わんばかりに理事長は詞御に話す。皇女は母の言葉に、二度頷く。
「そんな時にあの編入試験を突破した貴方が現れた。これは運命の巡り会わせとしかいえません。先ほども言いましたが、他の生徒は今月の序列更新の機会を終えていますが、編入したばかりの貴方はまだその権利を使っていません。そこで、その権利を使って序列二位に挑んで勝ち取ってもらいたいのです」
「わたしからもお願いします。是非、勝ち取ってわたしのパートナーになって欲しいのです」
理事長の長い説明が終わった後、間髪いれず皇女が懇願してきた。
「皇女様も現・序列二位にはご不満なんですか?」
「わたしのことは依夜と呼んで下さい。堅苦しい呼び名は嫌いです」
良いんですか? と詞御は目で理事長に問うたが、頷かれたので、しょうがなく、
「依夜様は――」
「――い・よ、です。後、敬語も不要です」
「いや、しかし、皇族の方を呼び捨てや砕けた話し方はまずいのではないかと……!」
幾ら学生の身分で居るとはいえ、相手はこの国の正統皇族。本来ならば、敬うべき存在のはずだ。呼び捨ては言語道断のはず。すると理事長は、苦笑いをしつつも、
「この
理事長は、依夜を観ながら一呼吸入れる。その目は、どこか物悲しそうだった事に詞御は気付く。だがそれも一瞬。直に理事長としての顔に戻った女王は言葉を紡ぐ。
「それゆえに、この機関にいる限りにおいては、私も依夜を一人の生徒としか見てません。ここでどのような生活や鍛錬をしているかは関与しないことにしてます。この娘の意思を尊重していますから。なので、呼び名はこの娘が望む通りに」
なら致し方ないか……。と、詞御が思っていると、
「尤も、この娘が『呼び捨てにしていい』なんて言うのを聞いたのは、貴方が初めてですけどね。私が知る限りは、何かしらの敬称が付いているようですから。あぁ、そういう意味でも、貴方は『前例』になりますか」
一転、理事長は片手で口元を押さえ、笑いを堪えている様相を見せた。あろうことか、笑いすぎたのだろう、証左として目尻にたまった涙を指で拭いている姿まで見せる。
〔楽しんでますね、理事長……〕
セフィアに言われるまでも無い。つまり理事長は知っていて言っているのだ。
詞御が、自分の愛娘を呼び捨てした場合に起きるであろう騒動を想像して。
そして、女王でもあり理事長の許可が出てしまえば、詞御の取れる道はもう一つしか残されていなかった。皇女と女王の手前にいるゆえ、表情に表すことはできないが。
だから詞御は、心の中だけで深くて長い溜息を吐くしかない。今後、待ち受けるであろう我が身の生活を想像して、ただただ憂うしかなかったのだ。
決まった事はしょうがない、と半ば諦めを含めた心境を持ちつつ、要望通り、敬称無しで名を呼ぶことを決めた。一つの疑問を含めながら。
「……依夜は不満なんですか?」
「不満です。〝あの程度のレベル〟では、わたしのパートナーはけっして務まりません。何より――」
何より? なんだろうと詞御が不思議がっていると、依夜はこともなげにこう言い放つ。
「――あの者の性格が嫌いです」
「……」
幾ら一学生の立場であると言ったとはいえ、この国に住まう人間を統治する皇族である皇女の立場。その言い方に、詞御は絶句せざるを得なかった。それを察したのか、
「何か変な事でも? わたしも血の通った人間。どうしても馬の合わない人間は出てきます。公の立場なら、我慢するでしょう。場合によっては外交問題に発展しかねませんから。けれども、
依夜に言われて詞御も気付く。皇族の人間ともなれば、富裕層や貴族といった、それこそ上流階級の人間たちが通う学校に行かされるはず。将来の色んな縁を結ぶがために。
なのに、なぜこんな場所に皇女が居るのか。普通に考えれば筋の通らない話だ。詞御の考えをよそに依夜の話は続く。
「此処は、わたしが自分の意志で選んだ実力こそが唯一無二の評価基準である場。言い換えれば、己の素を出せる場とも言えます。ここでは立場というのは関係ない。寧ろ邪魔です。実際、わたしも在学初期は『皇族のコネで入った』と暗にも言われ、見下されもしました。ですが、今の序列を得て、現在の環境をわたしの力で手に入れたのです」
確かに詞御が編入試験を受けた機関は、国防か治安に携わる人物を育成するものと聞いている。つまりどちらに就くにしてもその人物には『武力』という物を必須としてくる。だからこそ、より一層疑問が出てくるのだ。
一国の皇女がこの機関にいる事。本来なら、守られるべき立場にいるはずの人間なのだ、彼女は。当人が『武力』を持つ必要が無い。なのに何故?
「それと、先ほど言ったことは既に周知の事実です。ここの友人たちにも話してます。何より、直接本人に言ったのですから。最初は適当に誤魔化していたのですが、しつこくアプローチしてくるので言ってやったのです、『性格が嫌いだ』と」
取り敢えず詞御は、疑問を一時棚上げる。答えが出そうにないからだ。
それよりも、依夜の話を聞いて、会った事もなければ話した事もない人物だが、その現・序列二位が二つの意味で、他人事ながら少し可哀相に思えてきた。アプローチという言葉から、あの者のとやらの性別も察して。
確かに此処は、依夜の言う事が真実なら、立場は関係ないのだろう。しかし、いずれはこの国に仕える職を目指す人間であるならば、仕えるべき主とも言える皇族の人間に、また別目線としても、美少女と言っても過言ではない異性に交友を断られるというのは、二重の意味で堪えるのではないのか、と。だが、それも依夜の次の言葉を聴くまでは、だった。
「それに、公式序列戦も少し不可解な点が多いのです。三週間前になります。前・序列二位との闘いの日程が決まった後、その者が序列戦前日の夜に何者かに襲われて怪我を負わされて、本来の実力を発揮できないまま〝あの者〟に負けてしまったのです」
〔それは、確かに少し不可解だな〕
〔そうですね、ちょっと出来すぎている気がします〕
詞御の中でセフィアと会話を合わせながら、会話の成り行きを見守った。そして案の定、理事長が会話に加わってくる。
「こういう訳で、現・序列一位たる依夜は序列二位が相方である事に納得していません。パートナーとの意思疎通が取れていない状態では、闘いの儀の勝敗など目に見えています。それに、その不可解な一件も、彼が関わったという物的証拠は見つかっていません。殆どの生徒は、ただの偶然だろうとみなしています」
一度、依夜に視線を向け様子を確認し、再び詞御に向かって理事長は語りかけてくる。
「序列からして、実力はそれ相応。強さに心酔する者も多く、彼を首領として、学内での武闘派集団が作られるほどのカリスマ性をも持っています。そして、これまで停学などの問題は起こした事はありません。立場上、特定の生徒だけを扱う事は出来ませんが〝公的〟な見方では、彼がそんな事をしでかすような人物には見えませんでした。が、序列一位が言うのですから、何かある可能性も棄て切れません。どう致します? それでも申し込みますか?」
「どうするも何も、先ほどの〝闘いの儀〟と【
一応、言質をとる為に、そう言い放つ。だが、二人の反応はほぼ同じともいえた。
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