1-9

「八日後の〝闘いの儀レクシオン〟で勝利し、その後にある、に臨んで勝ち取っていただければ、それで十分です。それに、貴方には〝恩〟もありますからね」

「〝闘いの儀〟? それに【】とは? それに〝恩〟ですか? 何か自分はしましたでしょうか?」

「理事長、〝闘いの儀〟なら知っていますが、後者はわたしも初耳です。とは一体なんのことなのでしょう? それに、彼に〝恩〟とは一体なにがあったのですか?」


 詞御だけでなく、皇女も理事長に問い返す。理事長は一瞬だけだが、皇女に複雑そうな視線を向けた。一瞬の事だったので皇女は気付かなかったが、浄化屋で鍛えられた詞御の洞察力は、女王の僅かな機微を捉えていた。


「〝恩〟に関しては、追々に話します。いまは話せません。まずは、その事は置いておきましょう。さて、この国には倶纏とその使い手を養成する機関が二つあります。ここが東。もう一つが西にあります。その西の代表者〝たち〟との闘いのことを〝闘いの儀〟と呼びます」


〔西というと国王が管理している機関ですよね?〕

 セフィアが疑問符と懐疑的な言葉で詞御に問うて来る。

 それを察したわけではないのだろうが、理事長の口からその問いに答える言葉が返ってきた。


「先ほども申しましたが、もう一つの機関は夫である国王が管理しています。〝闘いの儀〟とは二十年に一度の周期で行われている、お互いの生徒の技術交流と向上を目的としたものです。具体的には双方の代表者――パートナーを組んだ者――同士が闘う、という内容になります。そこで勝って貰いたいのです。そして、に関してなのですが、これは現段階ではお伝えする事ができません。当然のことながら依夜にも伝えてませんので、貴方にも伝えることはできません」

「〝闘いの儀レクシオン〟と【】、この二つのことに勝つことによって何か利益がある、と」

「えぇ、それは勿論です。特に後者は是が非でも勝ち取ってもらわねばなりませんっ!!」


 詞御の問いに理事長は真剣な眼差しで断言した。が、はっと我に返る。僅か一瞬の表情の変化。常人では見逃していたであろうその表情の変化を、浄化屋で培ってきた詞御の洞察力は正確に捉える。そして、導き出す。理事長の一瞬の表情変化、それで事の重大性を感じ取った。内容まで分からないが、それほどまでに【】に関しての理事長――女王の言葉は真剣そのものだったのだから。


 しかし、その顔も一瞬の事。詞御以外に気付いた者はおらず、こほん、と軽く咳き込んだ理事長の態度で緊迫感に染まりかけた空気は霧散し、先ほどまでの穏やかな空間になっていた。一瞬だけ垣間見せた真剣な表情と口調を柔和にし、理事長は言葉を続ける。


「勝利することによって、より一層、当機関には優秀な人材が集まってくることでしょう。なにより……」

「なにより?」

「夫に勝てるという事を意味しています!」


 最後に力強く宣言した理事長いや女王の言葉に対し、心の防御態勢を取っていなかった詞御は思考の外側を揺さぶられ思いっきり脱力。したたかに頭を机に打ち付け、ごんっ、という音が理事長室に響き渡る。

 先ほど垣間見せた緊迫感はなんだったのか?


「だ、大丈夫ですか?」


 皇女が心配そうに訊ねてくる。


「〝夫に勝てる〟も重要な事ですから。どうですか? 引き受けて下さいませんか?」


 理事長はのほほんと言いのける。


〔……〝夫に勝てる〟は、真実を覆い隠すうそですね。いえ、表面的には本気なので、真実を事実で被せるような物でしょうか。恐らく女王陛下は、先ほど見せた一瞬を詞御に気取られた可能性を危惧しています。どうしますか?〕


 セフィアの冷静な観察眼に詞御は同意する。それほどまでに【】に関しての理事長――女王の言葉は真剣そのものだったのだから。

〔なら、こちらは気付かない振りをするべきだろう。下手に疑心暗鬼にされて、変に警戒心を持たれるのも困る。ならこちらが選択する行動は決まっている〕


 けれど、皇女はそんな詞御の考えには気付かぬ様子で、


「父と母は仲睦まじくて、何でも競い合っているんですよ」


 そうのたまったのだ。皇女の言葉を受けて詞御は、一つの確信を得る。皇女の言葉からも察せられるように、愛娘さえ伝わっていないのだ、この【】の重大さは。自分は、この国の最重要機密に触れているのだという事に。容易に想像がつくなら気取られる訳にはいかない。漏れてはいけない機密を知ったものの末路は決まっているのだから。


〔〝知らぬ存ぜぬ〟を通すのであれば、理事長の提案は受けざるを得ませんね。ライセンス凍結解除では、済まない領域に詞御は足を〝突っ込まされた〟〕


 長年、詞御と数多の修羅場を潜って来たセフィアは、詞御と同様の答えに至る。

 その上で、提示してきた。


〔確かに重大な機密の【】は引っ掛かります。しかし、〝勝ち取る〟という言葉から戦闘が推測されます。詞御の、いえ〝私たち〟の実力ならば敵は居ません。ならば、この申し出は、捉えようによって、詞御にとっては思いがけない提案、という事にはなりませんか? 二年半も待たなくてもよくなるのですよ?〕

〔そう、だな。〝知らぬ存ぜぬ〟を通すのと、この提案の事実自体のメリット【だけ】を考えるなら、自分にとっても魅力的だ〕

「……分かりました。その条件をお受けします」

「そうですか、それは何よりです」


 詞御は視線を動かす事無く、理事長の気配の変化を感じ取る。自分に向けられた疑念が晴れていく事に。詞御は心の中でホッと一息つくと、〝敢えて〟厚意的な声音で訊ねた。浄化屋稼業で培われてきた処世術だ。


「処で、先ほど、パートナーを組んで、と申されましたが、誰になるのですか? 相手の代表者たちと闘うというからにはトップの人材が出てくるはずですが……」


 その時、とんとん、と詞御の肩が叩かれた。振り向くとそこには皇女がいて、自身を指差していた。


「皇女様が、ですか?」


 なるほど、と詞御は思った。あの最終試験を思い出して、彼女〝たち〟の実力ならば納得するところだった。


「依夜はこの養成機関の序列一位です。月に一回、誰しもが序列更新の機会があるのですが、未だ誰にも譲ったことはないんですよ。それゆえに、貴方の実技試験の途中内容を見て、依夜に最終試験官をお願いしたのです。結果、貴方に負けてしまい、記録には記されない、けれど記憶には残る、唯一の黒星が付いてしまいましたが」

「お、お母様。あれは――」


 皇女の叫びにも似た言葉を受けて、理事長は指先を口に持ってきた。どうやら、黙ってくれ、というサインらしい。それを受けて皇女は口を閉じる。

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