1-8

「ほんとうに逸材です、貴方は。高天さん、貴方がこの機関に入られることを心から歓迎します。そんな所で立ってないでどうぞお座りください」

「……どうも」


 褒められているんだよな? と半ば疑問に感じつつ入り口近くの椅子に座りながら、詞御はそう答える。


「試験は映像で見させてもらってました。さすが、〝元〟エース・ライセンス持ち、と言った所でしょうか?」


 思いがけない言葉に、詞御はとっさに腰を浮かし臨戦態勢を取りかけた。が、寸でのところで止まる。それを知ってか知らずか、理事長は言葉を紡ぐ。


「申し訳ありませんが、貴方の経歴、履歴書にはない事まで調べさせていただきました。試験内容の途中経過を観ていて、只者ではないと思いましたので」

「ライセンス持ちとは?」


 何時の間にか、詞御の隣に座った皇女は、単純に不思議そうな表情で理事長に訊ねる。だが、詞御はそうではない。内心驚きで一杯だった。


「貴方がここに編入を希望したのは、国家の戦力になるため、ではなく、〝浄化屋〟としての資格を取り戻すためですね」

〔流石は国家権力。情報収集力は半端ないですね〕

〔感心している場合か、セフィア。合格がとり――〕

「取り消すことはありませんよ、合格を」


 詞御の心を読んだかのような言葉が理事長の口から発せられる。


「浄化屋って〝あの〟浄化屋ですか?」


 皇女が理事長と詞御に訊ねてくる。詞御は観念したのか、これ以上隠しても無駄だと思い、詞御自身の内情を語った。


「あぁ、理事長の言うとおり、自分はライセンスの凍結を解除するためにここを受験した。それが一番の近道だと思ったからだ。なにせ――」

「――ライセンスは高卒相当以上と規定が改定されましたからね。貴方は改定前の規定である最年少資格――十三歳で取得しこの稼業を始め、数々の実績を挙げてきた。私たちが調べた限りでは何人もの上位級の凶悪な犯罪者をも摘発している。なるほど、これほどの実力ならば、我が機関が発足してから初の編入試験の合格者というのも頷ける物。我が校の実技教官では太刀打ちできない訳です」


 犯罪者は、その凶悪性に応じて、指名手配されている者は倶纏の階位とほぼ同じく、上位・中位・下位に分類され、更にそれぞれの階位にも、甲種・乙種・丙種級の細分化がなされている。特に上位級以上は、『生死問わず』の位置づけとなっていた。


〔褒められても、ちっとも嬉しくない〕

〔詞御的にはそうでしょうね……〕


 セフィアと思考の伝達――念話で会話しつつも、詞御の表情は優れない。

 何故なら、ライセンスが凍結された事情を改めて思い出していたからだ。


「どうりで、動きが養成機関の友人たちとは違うわけです。実戦経験が豊富なのですね」


 そんな詞御の内情には知るよしも無く、ただただ皇女はしきりに感心していた。


「話が少しそれましたが、あなたの高等部・一年生への編入を認めます。軍ならび、警察にも人材を輩出している我が組織ですから、世の平穏を守ってくれる浄化屋という人材を育ててみるのも悪くないでしょう」

「……何を仰りたいのですか?」


 理事長の言い方に、一抹の不安を感じ取った詞御は、そう訊ねた。


「実も蓋もない言い方になってしまいますが、貴方には『モデルケース』になって欲しいのです。前例は覆す物であり、また創る物でもあります。貴方という存在は、大なり小なり、他の者の刺激になることは間違いないでしょうから」


 理事長は、一呼吸おくと、詞御の目をまっすぐ射抜いてくる。


「それに、貴方にとっては願ったり叶ったりなのではなくて? ここに規定年数まで在学する事になれば、貴方が持つ実力を腐らせる事無く、保ったままでいられます。規定の年数を過ごせば、念願の凍結解除も出来ます。ここ以上の環境は無いと思うのですが」


 隠している経歴の二つの内の一つを見抜かれたのは思わぬ出来事だったが、こうして無事に受け止めてもらえたのは僥倖だった。


〔“もう一つ”はどうやらこの国の力をもってしても見破られなかったな〕

〔さすがに“アレ”は大っぴらに明かせませんからね……それこそこの国だけの騒ぎで収まらないです。エースライセンスの比ではありませんから〕


 隠しているもう一つが守られたことに詞御とセフィアが安堵している矢先だった。理事長が思わぬ提案をしてきた。


「あるいは……その高卒扱い。もっと早く欲しくはありませんか?」

「なに?」


 いぶかしげに詞御が訊ねる。理事長の意図が読めなかった。


「こちらから出す条件を受けていただければ、理事長でもあり女王の私の権限を持って飛び級で卒業扱いにすることが可能です。勿論、規定年数は在籍してもらいますが、一ヶ月・三十一日の三分の一、つまり十日ほどの出席で可とします。これなら養成機関にいながら浄化屋稼業を続けることが出来るようになりますよ」


 にやり、という表現が似合いそうな笑みを理事長は浮かべた。

 うまい話には必ず裏がある。それを詞御は嫌というほど分かっている。ゆえに、理事長の言葉をすぐには鵜呑みにできずにいた。それを感じたのか、理事長は笑みを微笑みに変え詞御に説明してきた。

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