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「さて、到着しました。ここが理事長室です」
闘技場から出て、皇女に連れて来られたのは重厚な、黒光りするニスに輝くマホガニーの扉を有する一室の前だった。扉の上にはこれまた格調高いプレートで〝理事長室〟と名が刻まれている。皇女が扉をノックすると、かちゃりと錠が外れる音がした。
「それでは中へどうぞ」
〔……ん、そこそこの気配を感じるな〕
〔プレート通りなら学園の最高責任者がいる場所。それなりの護衛が付いているのは当然でしょう詞御。でも、まあ、敵意はありませんが、万が一がないとは限りませんし、警戒はきちんとしてください、詞御〕
セフィアの忠告を頭の片隅に入れながら、詞御は皇女に続いて理事長室に入った。直後、背後の扉が自動で閉まる。
部屋はある程度の広さが有り、中央には大きな長方形をしている机が鎮座している。その奥にある机の椅子に座っている人物――この機関の理事長が居た。傍らには秘書とおぼしき人物が立っている。
「そう警戒しないでください。こちらは警護の方ですから」
詞御とセフィアの心を見透かしたかのような言葉が女性――理事長とおぼしき人物から発せられる。
〔皇女の次はこの国の女王ですか……。次から次へと大物が出てきますね〕
「じょ、女王?」
セフィアの指摘に詞御は思わず声に出してしまった。しまったと思って口を閉じても後の祭り。一度口から出た言葉は取り消すことは出来ない。
「はい、そうですよ。普段は配下の者に任せてますが、今日は編入試験ということで来てみたのです。もう一つの機関は夫である国王が管理しています。ちなみにここの養成機関にいるときは理事長ということでお願いします」
そう言うや否や、座っていた椅子から立ち上がった女王こと理事長は、詞御に向かってこう告げた。
「〝国立倶纏『東』養成機関〟、高等部への編入おめでとうございます。まさか、あの実技試験をも突破して合格できる者がいるとは思いませんでした。それも、下位・乙型の階位で。どうやら倶纏も相当な物をお持ちのようですね、あの莫大な昂輝量と密度から
〝
それは、この世界に住まう人間の誰もが例外なく持っている、いや常に傍らにある存在とも云える。パートナーといってもいい。生まれた時からその人間に憑き〝あること〟を補い、そしてサポートする役割を持っている。形態は様々で、主である人間の成長と一緒に育ち、何事もなければ死ぬまで一緒。それが倶纏という存在だ。だが、倶纏は皆一律の能力ではなく、何段階かの階位が存在している。
倶纏の階位は、大まかに分けて上から〝上位・中位・下位・無位〟の四つあり、〝上位・中位・下位〟の階位はさらに細かく分けられ、上から〝甲・乙・丙〟となり、〝無位〟を合わせると計十種類。
それぞれの階位には意味があり、倶纏とその人間の能力によって分類される。そして、この世の大部分の人間は〝あること〟を補うだけの無位の倶纏を持っているのが殆どで、当人にしか自身の倶纏の姿を認識することが出来ない。戦闘能力を有する者は数少なく、その数少ない人間と倶纏が下位・丙型から分類されていく。そして、階位が一つ違えば戦闘能力は大きく違うのが世の常識とされていた。
また、力を有する倶纏を持つ人間が纏う力の総称を〝昂輝〟という。下位・丙型からこの力は発現し、肉体を強化することによって身体能力が無位の人と比べていろんな部分が跳ね上がる。昂輝の色は多種多様にわたるが、色による能力の差はない、と一般的に言われている。いわば体を守る鎧と能力を使う燃料の役割を果たす。多く注ぎ込めば力は増すが、消費も激しく、底を突くのも早い。
詞御が試験で使っていた下位・乙型は、肉体強化に加え、その者が持つ武具を本来以上に強化する階位に相当する。そして、〝浸透率〟という言葉は、下位・甲型以上の使い手なら基本必要のない言葉でもある。
しかし、下位・乙型で武具を持って闘う者なら必須ともいうべき技量の名前。既存の物質で出来た武具に昂輝をどれだけ込められるかという事を指し示す。一般的に、身体を覆う昂輝より武器に浸透させられる昂輝の光度は暗くなると言われる。逆を言えば、身体に纏う光度に近づけば近づくほど武器に込められている力も増すし、武具の重量も軽くなっていく。だが、それには武具を身体の一部と感じなければならず、それ相応の修練が必要になっていく。しかし、浸透率が高いというのは、逆を言えば、倶纏の階位が下位・乙型までしかない事が倶纏使い界隈での一般的な常識だ。
生まれながら、もしくは早い段階で下位・甲型以上に達した者は、倶纏の顕現とその強化、その両方に修練の時間を割く為だ。事実、倶纏を顕現させたほうが、生まれた時からある半身だから昂輝も纏わせ易く既存の武具で戦うよりも攻撃力が高い。そういうわけで階位が高いほど、武具を持たず、ゆえに昂輝の浸透率の修練を積むことはない。そして、武具を持つもの、すなわち下位・乙型以下を見下す者も存在する。だが、稀に下位・甲型以上に達しながらも同時に、武具への浸透率の修練をしている者もいるのも確か。勿論理由は千差万別で、護身用の為から本気で修めようとする実力者まで幅広い。
このように、階位によっては、強力な〝力〟を持つ倶纏も存在し、それを持つ人間も普段の人間(無位の階級)以上の戦闘力を有する。場合によっては、既存の機械兵器や大量破壊兵器を大きく上回る事がほとんどであり、現代においては、それらの人間と倶纏の存在はどの国でも重要な主戦力となっていた。
その為、当然の如く、その人材育成に力を入れるのはどの国家にとっても常識であり、その人材の発掘は必然となっている世の中になっている。その反面、機械などを兵器に転用する研究開発は今や無駄とされ、現代に残っている兵器も、既に過去の遺物と化しているのが現状だ。それゆえに、機械系や電子機器関係の技術は、先進各国の大多数の国において、兵器以外のみの平和利用目的で高度情報化社会への発展を遂げ続けていた。
詞御が編入試験を受けた場所は、まさにその国家戦力を育成する機関でこの国で二つしかない内の一つ。そして、今居る場所は、その機関の中枢、理事長室だ。
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