1-6
セフィアのことを信じていない訳ではない。セフィアを顕現させれば、勝てる確率は、いや間違いなく勝てるという確信が詞御にはあった。でも、それは今から出来ることが通じなかったらの話だ。少なくとも今はまだ
詞御は、軽く息を吸い込むと、深く集中をする。今から行う攻撃の為に。詞御の身体から高密度の白銀の粒子が立ち昇っていく。だが、これではまだ足りない。決定打に欠ける。
身体からの出力だけ上がっても駄目なのだ。伝えるべき物に全部を浸透させなければいけない。詞御は、もう一手、この状態で出来うる事を敢行する。
それは、刀への昂輝の浸透率を最大限に染み渡らせること。武器への完全な昂輝の浸透は、見た目の派手さとは裏腹に繊細な制御を必要とする。一つ間違えれば、武器が昂輝の圧力に負けて壊れてしまうからだ。
詞御が今やっている行為に、一瞬、対戦相手から驚きと動揺が伝わってきた。
(いまだっ!!)
刹那に見えた一瞬の隙。
だが、これが詞御が狙っていた最大で、恐らく
詞御は、一瞬の内に間合いを詰め、今まで順手で持っていた刀を鍔近くの柄を右腕一本で逆手状態で持ち直すや否や、背面まで振り上げる。
一瞬の溜めの後、振り上げた刀を思いっ切り振り下ろすと共に刀身の切先を地面に
その攻撃を対戦相手の倶纏は、咄嗟に両翼を使って防御。だが、詞御の狙いはここからだった。発生した爆風と衝撃の直後、振り上げられた刀の軌道にそって、高密度の昂輝の斬撃を対戦相手の倶纏めがけて発生させたのだ。
爆風と衝撃に耐えていた対戦相手もこの二撃目を耐え切る事は出来なかった。その直後、武闘台どころか、施設全体に凄まじい衝撃音と眩いばかりの光が瞬いた。
そして、間髪いれずに、巨体な竜人の倶纏が吹き飛ばされ、闘技場のフィールドに衝突し突き破っていった。
『……しょ、勝負あり! これをもって
試験官たちも驚いていたのだろう。一瞬の空白の後、詞御の合格が告げられる。
その言葉を聞いて、詞御はようやく昂輝の粒子量と密度を落としていく。
戦場での戦闘であれば残心していなければいけないところだが、これは〝試験〟。その必要がない場所だ。
〔ぎりぎり、といった処でしょうか。意地を張るから苦労するのです。実際には『場外負け』と云うルールに救われたようなものですよ〕
〔言う事がきついな。とは云え、確かにもうちょっとでやばかった処だけどな、刀身が〕
詞御は、逆手に握った刀に持ち直し、左腰に携えてある鞘に納める。ふうっと深呼吸をする。やはり、昂輝の完全浸透は神経が磨り減る。
〔二度目は通じないだろうな〕
〔それは間違いなく。恐らく、詞御が封印を解くか、若しくは私を出さないと勝てないのではないのかと〕
対戦相手の倶纏が落下した付近は、その巨体な倶纏が地面を抉っていったせいもあってか、大量の土煙が未だに俟っている。傍目には、派手に詞御の技は決まったようにも見えた。
けれども、
〔初見だったにも拘わらず、何割かは相殺されましたからね、対戦相手〝たち〟に〕
称賛しているのか、呆れているのか。
その、どちらとも取れるようなセフィアの物言いには、苦笑せざるを得ない。
詞御としては感嘆する以外の何物でもなかったからだ、対戦相手とその倶纏の技量には。それに、攻撃が決まる一瞬、垣間見えた物にも詞御は大いに興味をそそられていた。
〔お前も、気付いていたのか〕
〔馬鹿にしないで下さい、詞御。まさか、〝同属〟とこんな所で会うとは思いもしませんでした。尤も、向こうは、気付いてないでしょうけれども。私、顕現をしてはいませんからね〕
「いたたた……。傍目には優しそうな雰囲気なのに、攻撃には容赦という物がありませんね、貴方という人は」
武道着についた土埃を払いながら、声の持ち主が、収まりつつある土煙の中から出てくる。
痛いといっている割には足取りは非常に軽やか。そして、巨躯を誇っていた竜人の倶纏は何時の間にか消えていた。そして、再び武闘台に上がった対戦相手は、詞御の目の前まで歩いてくる。
「無理を言ってまで出してもらった甲斐がありました。このまま呆気なかったらどうしようかと思っていましたから。でも、想定以上の方で、とても安心してます」
真っ黒なバイザーを外し、懐にしまうと、対戦相手の素顔があらわになる。そして、彼女が持つ、〝紅い〟虹彩の瞳が詞御を捉える。この国の人種では、決して見掛けない瞳の色だった。
(……で。誰?)
と詞御の脳裏に疑念が湧く。
「もしかしてわたしの事ご存じないのですか? なら変装なんかしなくても良かったですね」
詞御の反応から感じ取ったのか、対戦相手の彼女は何事もなく言い放つ。それに無反応だった詞御に対しセフィアが呆れた声で返答する。
〔……幾らなんでも覚えてないとは思いませんでした。この国の皇女ですよ。しかも詞御と同い年です〕
〔うえ?〕
「初めまして。わたし、
詞御の戸惑いをよそに、眼前の少女――月読依夜――は優雅にお辞儀をした。
「それでは、編入の手続きがありますので、わたしに付いて来て下さい。試験監督の皆様もお疲れ様でした。後片付けのほう、よろしくお願いいたしますね」
皇女に釣られて詞御は試験官たちの方を見ると、半ば信じられない、という表情をしていた。
「我が養成機関発足以来、初の編入試験合格者なのですから、当然でしょう」
では参りましょう、と皇女は歩き出した。詞御はただ、その後を付いていくことしかできない。詞御の思考がまだ現実に追いついていなかったのだ。
〔いい加減、呆けるのはやめて現実を受け入れてください。合格したんですよ、詞御は〕
〔いや、自分が驚いているのは、何故この国の皇女がこの機関にいて、そして、最終試験官だったのか、って事なんだが……〕
〔それも彼女に付いて行けば分かるでしょう。さあ、さっさと歩いてください詞御。それと、今日からは〝定着〟していかねばならないことも覚悟しておいてください〕
セフィアの叱責ともとれる言葉を受け、詞御はなんとか再起動を果たす。未だ、頭の中に疑問符を残しながら……。
◇ ◇ ◇ ◇
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