1-12

「それでは行きましょうか。今から歩いていけば、闘技場には少し早く着けるはずです」


 理事長が執務机から立ち上がると、護衛をつれて詞御の元に歩いてきた。詞御も依夜も椅子から立ち上がると、護衛の後について理事長室を後にする。


〔流石は、女王の護衛ですね。並々ならぬ倶纏の気配を感じます〕

〔ああ、それは自分も感じている。試験の状態で勝てるかどうかといわれたら、かなり厳しいかもな〕


 そんな会話をセフィアとしながら歩いているうちに、見慣れた扉が詞御の視界に入ってきた。しかし、先ほどと一つだけ違う点があった。それは、扉の先、つまり闘技場の中から、かなり強い倶纏の気配を感じる事。


 護衛が扉を開ける。すると、中には一人の人物が立っていた、仁王立ちともいうべき立ち姿で。瞼は開かれ鋭利な瞳を持っている。髪を短く切り上げ、筋肉も隆々としていて、まさに戦士という言葉を体現したかのような大きな体躯をしている。身長は詞御より頭一つ大きい。距離があるが、直接相対すれば、詞御にとっては眼前に居るのと同じ事。


 故に、相当な実力者だというのは、扉越しで感じるよりも、確実に詞御は理解できた。と同時に、依夜が言っていた〝あの程度の〟レベルというのも一瞥のもとに見極められる。その直感が告げる。依夜が感じていることは正しいのだということ、だと云うのが。


 まず護衛が理事長と共に中に入り、続いて依夜、詞御が続く。


「これはこれは、理事長と依夜様。そして護衛の方も、お早いご到着で。まだ、予定の時刻まで充分に余裕がありますが、如何されましたか?」


 言葉の端々から自分への絶対的な自信を感じさせるものだった。己の強さに微塵の疑いも無い。なるほど、ある意味戦士としては正しい姿なのだろう。男の言葉を聞いて、内で暴れているセフィアを何とかたしなめながら、詞御は先ほど言っていた理事長の〝臭い〟と呼ばれるものを感じ取っていた。

 これまでの浄化屋の経験から照らし合わせても間違いない、と。


(……なるほど、ね。見た目通りの質実剛健を地で行く豪傑な男という訳ではなさそうだ)


「別に普通に歩いてきたら早くついただけのことです。あなたを待つつもりでいましたが、着いていたなら話が早い。教官から聞いてますね、〝ゼナ・フィリプス・間宮〟」

〔倶纏以外で、この国で横文字の名前は珍しいな〕

〔移民の方か、雲外国の血を引く二世の方かもしれませんね。確か、十年以上居れば国籍を貰えるとありましたし。この国は基本、移民は受け入れていますからね〕


 世界情勢とこの国での法律を思い出し、ことの成り行きを見守る詞御とセフィア。気になるといえば、観客席に居る十人の男女。どれもかなりの手練と一瞥に判断した。


「呼んだのは貴方だけです。観客席の生徒たちは何ですか、ゼナ?」

「申し訳ありません理事長。最初はそれがしだけで来るつもりでしたが、対戦相手が気になったのでしょう、是非とも見たいと申されてな。〝一人で来い〟との指示もありませんでしたので連れて参ったのです。あの者達は、某に近い実力者だけで構成されるその名も〝十勇士〟。こと闘いになると血気盛んなのが困り物。どうかお許しのほどを、理事長」


 そういい、十勇士に視線を配る。すると、彼らの〝様々〟な視線が詞御を突き刺す。


(なるほど、威嚇と情報収集を兼ねて、か。抜け目無い。このゼナとか言う男、したたかだ)


 表向きは十勇士の独断で通し、裏では自分の対戦者の生の情報を出来るだけ知りたくて部下を呼んだ訳だ。しかも、理事長の連絡を逆手に取った上で、だ。頭も人一倍以上回る事がこれだけでも分かる。既に闘いは始まっているのだ。少なくともゼナに【関しては】、だが。


「……まあ、その件はいいでしょう。いずれは全員に伝わることですからね、明日、この会場で序列決定戦を行ってもらいます。異例ではあるもののまだ序列戦の権利を行使してない者からの指名です。下位の者からは、原則として上位の者が断る事が出来ないのはわかってますね」

「承りました。にしても、誰ですか? この序列二位の某に挑もうとする無謀な輩は」


 理事長に対してだからなのか、言葉は一応丁寧。だが、言葉の端々に嫌味さを感じる。自分に絶対の自信がある証拠だ。

 ゼナの言葉を受けて、理事長が横にずれた。背後に居た詞御の姿がゼナの前に晒される。


「本日、編入試験を合格し、先ほどこの養成機関に編入した高天詞御さんです」


 理事長の視線から外れたのか、ゼナの視線が詞御に向けられる。それは一見すると普通の視線。初対面同士が交わす視線だろう。しかし、実際に向けられた詞御はその中にある、限りなく値踏みに近い怒りを含む、殺意に近いものを感じ取っていた。

 考えてみれば当然か、と詞御は思った。


 何故なら、詞御という存在が現れなければ、ゼナは今の序列二位という立場をなんの憂いもなく維持することができたのだ。そして、依夜のパートナーになり、ここの機関の代表として闘いの儀に出れるのだから。それが脅かそうとされているのだ、ゼナの内にある憤りはもっともか、と。


 ここの施設に来るまでの道中で理事長から聞かされていた。闘いの儀の代表に選ばれた人物は、本人が望みさえすれば王家直属、つまりこの国の一番の権力を持ち名誉でもあり栄誉職である、王宮警護隊に所属する事が出来る、と。

 通常は国軍か警察で実績とキャリアを積み、ほんの一握り、選ばれし者しか就く事を許されないこの国での最上級職。その権威は絶大で、富裕層で在ろうと上流貴族であろうと王宮警護隊に逆らう事はできない。立場的に、皇族に仇をなす者を取り締まることが出来るからだ。それ故に、その人選は厳しい。心身とも実力が無いと就けない職なのだ。


 とはいえ、詞御にはそんなことはどうでもいい事。興味が無いからだ、そんな権力なんかには。欲しいのは、己が信条にのみ従って活動できる浄化屋の資格のみだ。故に、ゼナの値踏みを含んだ視線など、さして気にもしていなかった。

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