1-4

〔詞御!〕


 セフィアの声が一際大きく発せられる。


〔考えさせてくれる時間もくれないってか?〕

〔虎の尾っぽでも踏みましたかね、詞御は?〕


 他人事のように! とセフィアに突っ込みを入れたい処だが、それは対戦相手から発せられ、高まる圧力プレッシャーに遮られる。と同時に、視界に何かが一瞬、小さくきらめくのが分かった。

 気のせいかとも思ったが、煌いた処を注意深く凝視すると、ある現象が詞御の眼に映る。


〔刃こぼれしている?〕


 本来、この立ち位置の距離では見ることは叶わないはずだった。

 違和感に気付き、強化した静止視力だからこそ捉える事が出来たのだ。対戦相手が手にする長尺な戦斧にとても小さな変化が起きている事を。


〔はい、私も確認しました。はた目には何も変わっていませんが、ほんの一部ですが、コンマ数ミリ程度欠けているのは間違いないです。どうやら、この深さが対戦相手が染み渡らせる事が出来る浸透率の限界のようです。これは好機と見るべきです、詞御!〕


 セフィアの意図するところが詞御に伝わる。

 対戦相手は詞御を仕留めるべく最大限の力を戦斧に込めたのだろうが、ほんの些細なミスを犯した。同時に、対戦相手のミスは詞御にとっては思いがけないチャンスをもたらしてくれた。得物による間合いのせいで、どうしても決定打に欠けていたが、これで勝利を自らの処に引き込む事が出来るはずだ。


 ならば!


〔敢えて、二の轍を踏んでみるのも一手か〕

〔良いですね、捨て石が、まさか布石だとは対戦相手も思わないでしょう〕


 相棒の賛同を得れば、詞御に迷う余地など無い。こちらの意図に気付く前に仕掛ける!

 詞御は対戦相手に突撃。十数メートルの距離が瞬く間に埋まり、詞御の視界が対戦相手で埋まる。その視界の端で、対戦相手が持つ戦斧が右下から迫ってくるのを捉えていた。


(ここっ!)


 対戦相手の武器が放つ威力を右足で捉えて、そのまま左方向に軌跡半回転。攻撃を切り込む為の〝捻転力〟に変えようと詞御は試みる。しかし、今まさに右足で戦斧の柄を捉えようとした瞬間、戦斧の攻撃の軌道が変わった。

 右下から上がってくるはずの詞御への攻撃が〝左〟に水平移動していく。

 柄を捉えようとした詞御の右足は目標を失い、空を裂く。刃が向かう先にあるのは詞御の軸足たる左足。このままでは大きな精神ダメージを受けるのは必至。待ち受けるのは左足の一時的な喪失感。だが、これこそが、詞御たちが本当に狙い待っていた攻撃だった。


〔今です!〕


 セフィアの思考が詞御に伝播し、刹那足りとて遅れる事無く、詞御の肉体が動く。


「……っ!?」


 対戦相手が息を呑むのが分かった。だが、遅い! 詞御の右膝は地面に突き刺さっていた。

 いや、正確には膝下と地面が抉れた間には、粉々になっている物がある。対戦相手が持っていた戦斧の連結部分を構成していた破片が。


〔ある意味では、自分も一か八かでもあったわけだけどな〕

〔対戦相手の武器が、きしみを上げている事に気付かなければ、実行できなかった策なのは間違いないですからね〕


 顔を上げれば、真っ黒なバイザーで表情は分からない。けれども、対戦相手が驚いている気配を詞御は読み取れた。しかし、それも僅かの事。対戦相手はすぐさま我に返ったのだろう、手に持っていた戦斧の柄を躊躇ちゅうちょ無く手放す。そして、後方に跳躍し詞御と大きく距離を取った。


〔出来れば〝降参〟してくれると有り難いんだけどなぁ。戦況が、どちらに傾いているかが分からない力量でもないだろうし……合格もしたいし〕

〔それが一番良い事なのですが……〕


 詞御もセフィアも、歯切れが悪い。

 状況的に見ても、詞御たちは圧倒的に優位に立った。こちらは武器持ち、つまり下位・乙型。それに対して、武器を失った対戦相手は見た目的には階位は一つ下がった形になる。しかし、どうにも、このままいきそうにも無い気がしてならない。言うなれば、〝勘〟である。不確かな物だが、それが、ことさら戦闘という行為においては意外と馬鹿に出来ない。それは詞御もセフィアも十二分よく分かっていた。


 目に見えて、対戦相手から発せられる昂輝の輝きが弱く薄まっていくのが分かる。

 なのに、対戦相手から感じる圧力はそれに反比例するように、強く、濃くなっていった。

 詞御〝たち〟は、これに近い感覚を知っている。


 一瞬の空白の間を置いて、対戦相手の身体から一気に膨大で濃密な昂輝が溢れだした。

 それは、一つの物体を現世に、対戦相手の前に形創けいそうしていく。対戦相手の昂輝色と同じ、紅く、それでいて綺麗な、幾重にも重なった鱗を持つ物がそこは存在していた。


〔何というか、詞御が実力を発揮すればするほど、詞御にとって、好ましくない事態に向かっている気がしてならないのですが、私は〕

〔言うな、何か悲しくなってくる。意地でも合格させたくないということか?〕


 おどけた会話とは裏腹に詞御とセフィアは冷静になっていく。

 何故なら、今のこの現象は、詞御〝たち〟が一番慣れ親しんでいる物に近いからだ。

 対戦相手の前に、巨大な物体が出現していた。それは、空想上だけと言われている生物――竜人――と呼ばれる物。体躯は巨体を誇っていた。

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