1-3

〔どうやら、最後の相手が出てくるみたいですよ、詞御〕

〔そうだな、どんな、相手かな?〕


 施設の扉が開き、現れたのは、白の短衣を着て藍色の袴を履いた、いわゆる武道着を着ている人物だった。髪は黒で長さは肩口までのセミロング。それだけなら、闘う者としては問題ない。ただ異質な点があった。


〔なんですか、あの真っ黒のバイザーは。素性を隠したいのでしょうか?〕

〔年齢は分からないが、女性であることだけは確かだな〕

〔……どこを見ているのですか、詞御?〕

〔ふ、普通に目に入るだろう、あの胸のふくらみは……!〕


 セフィアの冷たい声色に詞御は慌てて言葉を返す。


〔まあ、そうですけど。それにしても先ほどの試験官と違い、武器を持ってますね。まさかここにきて、下位・乙型でしょうか? それとも〝私たち〟と同じく力を隠しているということでしょうか?〕


 詞御の慌てぶりをそっけなく返したセフィアは、相手が武器を持っていることに不思議がっていた。話題の矛先が違うほうに行ってくれてホッとした詞御は、改めて闘技場に歩いてくる人物を観察する。


 確かに、先ほどの試験官は、己が倶纏を世に顕現し、戦うというスタイルを取ってきた。何故なら、下位・乙型のように武器に昂輝を纏わせるより、自分の倶纏を顕現した方が戦闘能力が高いからだ。


 にもかかわらず、今しがた詞御の眼前まで来た相手は武器を持っている。少なくともそれを持って闘うのは間違いないだろう。しかし、最初の試験相手ならまだしも、合否がかかっている相手。単純に見た目だけで判断するのは早計だろう、と詞御は思った。セフィアも言っていたが、自分も力を隠しているのだから。


〔しかし、物騒な武器ですね。身の丈はありますよ?〕


 対戦相手が持っていたのは折りたたみ式・三節棍の〝戦斧〟。その柄を伸ばし一本にしているところだった。しかも片手持ちの短いのではなく、長尺の柄を持つ両手持ちタイプ。


〔しかも両刃付きか。リーチの長さも考えるとちょっと厄介だな〕


 重さで振れない。という考えは詞御もセフィアも持ち合わせていない。

 何故なら、


〔昂輝を纏わせれば、いや〝浸透〟させることができれば重さは関係ない〕

〔ですね、詞御。わざわざ身の丈に合わない武器を持っているわけですから、浸透させられない訳がありません。普通に昂輝を纏っただけでは振り回せませんからねあの手の武器は。さて、どのくらいの力量なんでしょう。〝覚えて〟いっても差し支えないのではないですか、詞御〕

〔それは合格してからの話だよ、セフィア。覚えるかどうかは、後で決める〕


 セフィアと内面で会話している間に、最後の試験相手は武闘台へと上がり、詞御の目の前、十メートルの位置で立ち止まっていた。


〔っと、そろそろ会話は終わりだセフィア。相手も準備万端のようだ〕

〔そうですね、分かりました。重ねて言いますが、準備万端といえば私もですので、そこの所は忘れないで下さいね〕


 ああ、と短くセフィアに言葉を返し詞御は右手に携えた刀の柄を改めて握りなおす。

 闘技場が再び【アストラル・プリズン】で覆いつくされる。

 詞御からは白銀の昂輝が、対戦相手からは紅の昂輝が輝きだし、互いが持つ武具に浸透していく。


『それでは、最終試験開始っ!!』


 試験官の合図と共に、ドンッ、という音が詞御の耳に聞こえた。

 音の出所は、先ほどまで女性が立っていた位置。


(なんて脚力だよ)


 そう思う詞御の目には十メートルの距離がまるで空間ごと削り取られたかのような、瞬く間に距離が縮まる光景が映る。

 爆発じみた音は対戦相手が一歩目を踏み出した音。


 その証拠に、詞御の視線上にはまだ粉塵がもうもうとあがっており、見れば武闘台の一部が陥没している。それだけでも、対戦相手の一歩にとてつもない力があったのだと分かる。詞御の視界は対戦相手で占められた。


 フェイントを交える事無く、対戦相手は詞御に一直線に駆けて来る。あと一歩で対戦相手が詞御の間合いに入ろうかとした矢先だった。対戦相手の右足が地面を打ち抜くかと同じくらいのタイミングで、肉厚な刃が詞御に向けて振り下ろされる!

 直後、武闘台を揺るがしかねない、轟音と振動がドーム上の施設に響き渡った。


「やりますね」


 真っ黒いバイザーで目元を隠した女性の声が聞こえる。凛とした綺麗な声色だった。だが、それとは裏腹に、攻撃の破壊力は凄まじく、戦斧の刃がめり込んだ闘技場は陥没し放射状に亀裂が入っている。詞御はその攻撃を自身の体を半身ずらして、斧の攻撃軌道上から回避したのだ。


「反撃してこないのですか?」

「挨拶だろ、今のは。なら攻撃の必要はないさ」


 対戦相手の分かったような問いかけに詞御はそう答える。詞御からしてみれば、明らかにみえみえの攻撃で、その攻撃に明確な必倒の意思を感じなかった。なにせ隙だらけだったのだから。実際、対戦相手の戦斧は未だ武闘台にめり込んだままで、防御の姿勢をとっていない。つまり、対戦相手も詞御の意図を読み取っていたのだ。


「次からは本気でいきます」

「こっちも合格したいからな、負けるわけにはいかない」


 詞御が答えた直後、長尺の戦斧は横薙ぎに振られていた。その攻撃を詞御は一足飛びで回避。右手で携えていた刀の柄頭を左手で握り両手持ちで正眼に構えなおし、昂輝を練り上げていく。対戦相手の昂輝も開始直後とは違い、より一層濃くなり深紅と呼べる色合いまでなっていた。


〔どうやら言葉通り、本気でくるようですね。昂輝の純度が先ほどとは桁違いです。戦斧の輝きも身体から発せられる色に近い。とてつもない破壊力を秘めています詞御〕

〔あぁ、流石は最終試験官といった所か。ここから先は気が抜けない〕


 セフィアの言葉を受けて、詞御が気を引き締めた瞬間、戦闘が動いた。

 二人は互いに高速で移動しながら、刀と戦斧、それぞれの得物を繰り出し、相手に攻撃を仕掛ける。武闘台は互いの昂輝の色が乱舞し、傍目には綺麗な光景に見えていた。


〔ゴツい得物を使う割には、恐ろしいスピードだな、移動も、繰り出す攻撃も!〕

〔へましないでくださいよ、詞御。総合力では〝今は〟あちらが上なのですから〕

〔分かっているよ。この状態で斬り合いしていたらこっちの刀が破壊されるからな!〕


 詞御は、対戦相手との戦斧とまともには斬り合っていない。身体に当たりそうな攻撃のみを選びとり、軌道をそらすために戦斧の刃の腹に刀をぶつけそらしている。そして探っていたのだ。対戦相手の攻撃の呼吸を、隙を。


〔掴めそうですか?〕


 セフィアが訊ねてくる。詞御はそれに対し、言葉でなく行動をもって回答を示す。

 右足に力を込める。瞬間、場の空気が爆ぜた。


「……くっ」


 対戦相手の口から初めて苦悶の声が発せられる。

 詞御の十数メートル先には、柄から左手を離して、片腕をぐるぐると回している対戦相手の姿が有った。見たところ、大したダメージも負っていないのは一目で分かる。


〔あのタイミングで防御するか、普通?〕

〔しかも、衝撃が加わる方向に自ら跳びダメージを軽減しようと試みましたね、対戦相手は〕


 防がれた詞御としては、たまった物ではない。完璧に対戦相手の攻撃の呼吸を読んで繰り出した攻撃だったのに、それ以上の行動を対戦相手にされてしまったのだ。これで決められないとすると、先程の手段はもう通じないとみるべきだ。仮に同じ事をしたら、今度は確実に迎撃されて、お終いなのは目に見えていた。

 そしてそれは、誰の目から見ても明らかだった。

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