第一幕 ―― 姫竜邂逅

1-1

「そこまでっ!」


 時間は午後の半ば。大きな半球体のドーム施設に野太い男の声が響き渡る。

 施設中央には、硬い物質で形成された高さ二メートル、一辺百メートルの正方形の武闘台があり、闘技場の端から天井に向かって特殊なフィールド――【アストラル・プリズン】で覆われている。


 【アストラル・プリズン】の中は通称〝戦闘領域〟とも呼称され、人体及び倶纏本体に物理ダメージは発生しない。そういう仕組みになっている。発生するのは精神ダメージのみ。しかし、人工物や地形はその限りではなく、破壊の規模は繰り出す攻撃力に比例する形になっている。


 闘技場の上には二人の人物が居た。片方は仰向けに倒れて気絶している大人の人間。もう片方はこの国特有の武器である、細長く僅かに湾曲し切っ先が鋭く尖った片刃の刀――『倭刀わとう』を右手に携えて立っている少年。


(四人抜き達成。……これで残るは、あと一人、か)


少年が気だるそうに心の中で呟くと、呼応するように少年の脳裏に別の声が反芻する。


〔ここまでは順調ですね、〝詞御しおん〟〕

〔まあな〝セフィア〟。難関と聞いていただけに若干拍子抜けはしているけど〕

〔それは、貴方が強いからですよ〕


 セフィアと呼んだ内なる〝存在〟に返事をした少年――詞御は、【アストラル・プリズン】が解除された闘技場から仰向けに倒れた男が担架で運ばれていく様を眺めながら、自身がここにいて、戦闘をしている理由を考えて、心の中で深いため息をついた。本来なら、詞御はこんな場所で、こんな無意味な闘いを行う必要はなかったのだ。しかし、とある事情からやむを得ず、不承不承この武闘台に立って闘っている。それを察したのか、セフィアが詞御に語りかけてきた。


〔いい加減、諦めて下さい。気持ちは分からなくもないですが、これが私たちの力量を腐らせずに現状の維持ができ、『〝浄化屋〟に復帰』する為の資格を再取得する一番の近道なのですから〕

〔……分かっているさ。でも分かっていても納得できないことも察してくれ〕


 詞御は〝資格〟が凍結された現状に至る顛末を思い出し、再び心の中で深く黄昏る。それを察したのか、仕方ないですね、と苦笑する声が内から洩れてきた。


 〝浄化屋〟。


 それは〝世の中〟を浄化する。つまり犯罪者を取り締まり、世の中を平穏にする者たちのことを指し示す。各国の警察機構では対応しきれない犯罪者の増加と凶暴性に伴い、世界的に組織された国際機関、通称『国際捜査局』が発足。その機関に在籍している者たちの総称、それが浄化屋である。浄化屋になる為には、適正年齢にて試験に合格し、ライセンスを取得しなければいけない。

 浄化屋は犯罪者を捕まえることで報奨金を貰える。理由は人それぞれだが、浄化屋で生計を立てている者も少なくない。


 詞御は自分の揺るぎない信念――人々の流す血と涙を止める為に戦う――の元、浄化屋稼業をずっと続けていくつもりだった。けれど、世間の情勢がそれを許してくれなかった。


 実の処、三十年前までは、全世界を跨いで、犯罪数は増加傾向の一途を辿っていた。殆どの国においては、国土及び国民の治安を守る軍隊や警察機構は存在しているものの、全ての犯罪には対応し切れていないのが現状だった。また、発展途上国などはその限りではなく、半ば犯罪者の巣窟のような場所も出来上がりつつある当時だった。


 発展途上国を例えにするのは不本意だが、犯罪者に国をまたいで動かれてしまうと、国家間同士の思惑も絡んでスムーズな捜査協力体制を敷くことは出来ない。結果として、犯罪者の摘発率は低下の一方。反比例して、犯罪者の増加率は、上昇の一途を辿っていた。


 そこで全世界の国家群が一致団結して発足させたのが、国際捜査局――浄化屋――である。国家間同士のしがらみに囚われることなく、自由に国を行き来することができ、犯罪者を捕らえることで、摘発に見合った報奨金を得る制度を作り上げた。

 実力はあっても、軍隊や警察の縦割り組織と馴れ合いを嫌っている者たち、また血の気が多く腕っぷしに自信のある者にとっては、この職が出来上がったという事は、ある意味、天職ともいうべきものであった。


 尤も、国家の枠組みに縛られない分、国際捜査局の後ろ盾があるとはいえ、自分の命は自分で守らなければいけない。死んでも『二階級特進』などもありえないし、死亡補償も無い。

 また、犯罪者を取り締まれるだけの人格者と実力者でもなければならない。その為、必然的にライセンス取得の為の試験は厳格な物になり、結果、浄化屋稼業をしていく人間の人格と実力はより純度の高いものになっていった。

 しかし、適正年齢が十三歳からと低く設けられていた。これには二つの理由が介在していた。


 一つ目は、発足当初ゆえ、少しでも浄化屋の人数を増やし犯罪者を取り締まるため。

 二つ目は、よりシンプルな理由だ。政情不安、戦乱、あるいは経済的事情――これらにより『働かざるを得なくなった』子供達への……就職の斡旋だ。


 危険な仕事には違いない、命がかかるのだから。しかし浄化屋という職は広く世間に受け入れられていった。厳格な試験を突破してしか就き得ぬ仕事。多少の殉職率の高さには目を瞑り、それを免罪符とする事で、貧困層の多い国と地域から、特に子供達は輩出されていったのだ。


 だが、時代は移り行く。浄化屋の増加により、現在いまは殆どの国において比較的に安全になった。そして、この適正年齢の低年齢化は、平和ボケした民意によって妨げられる事になる。


 数年前から、小さな火種として存在していた、世間から『未就学の子供を危険な職種に就かせるのは如何な物か』という風潮が、ある時、表に出て世論を占めたのだ。かつては、その低年齢の浄化屋たちに己の平和を守ってもらっていた、という事実を忘却の彼方へと捨てて。


 炎上の切っ掛けは、とある犯罪集団が行った低年齢である子供――浄化屋――に対する報復殺害事件。それが報道で世界中に明るみにされると、その残虐性から世論は一気に現状の浄化屋制度への反対へと加熱し、加速していく。


 そして、国際捜査局はこの世論を受け止める事も流す事も反論する事も出来無かった。

 いや、一応の反論はした。発足からこれまでの犯罪者の検挙数のデータを提示して、いかに浄化屋の絶対数の維持が必要不可欠かを世に知らしめた。それでも、『倫理観』という名の偽善を掲げた世間一般は、その事実を偽りの正義でまかり通し、捜査局の反論を有無を言わさず塗り潰したのだ。


 そして、国際捜査局は苦肉の策として、一つの案を出した。それは、各国の軍隊や警察機構と同じように、最低でも高等教育課程を修了した者のみをライセンス交付の対象とする、とした新たなルールであった。この案は、すんなり通ることになった。その為、詞御を含む適正年齢以下の人間はライセンスを凍結されたのだ。

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