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最初に猿が私の前に姿を現したのは、中等学校1年の秋学期がはじまったばかりの頃だった。新学期を迎えて間もない定期テスト、最終日午前最後の科目の教室だったと記憶している。
目線を上げた13歳の私は、机の列を跨いだ窓の向こうにその猿の姿を認めた。
最初私は、級友たちはみな問題を解くことに余りにも必死であるために、拡張高い学び舎に似つかわしくないその奇妙な闖入者に気づかないのだ、と考えた。その後数十年間、経験を重ねてから確信したことだが――どうやらその推測は間違っていたらしい。
試験時間も終わりに近づくと、ひと通りテストを解き終えた級友達が次々に丸めた背を伸ばしはじめていた。ちょうど私と猿の間に座っていたケンを筆頭に、彼らはみな学年でもとびきり学業優秀な生徒たちだった。
彼らは解放感からか、めいめいに伸びをし、首を捻り、中には未だ答案用紙にかじりつく同級生たちを余裕たっぷりといった様で眺めまわしてさえいた。だが誰ひとりとして、その猿に反応する素振りすら見せてはいなかった。ひとり教壇に座っていて、時折鋭く目を光らせて教室内を満遍なく眺め回す中年の教師の視界にも、その猿は入っていないようだった。
おそらく教室の中でたったひとり「猿」の存在に気づいていた私は、だがそれを表に出すことはしなかった。今日までの半生を通して、その体験を誰に対しても話したことは一度たりとてなかった。率直な心情を吐露するならば、当時の私は、その奇妙な体験を友人たちと共有することよりも、学年指折りの優等生としての信用と信頼が損なわれることへの恐れを両天秤にかけて、後者を選んだのだった。
私以外の誰もその猿を認識することはできないであろうこと、そしてそれは誰に行っても信じてもらえないであろうことを踏まえれば、自己顕示欲と好奇心に溢れた13歳の少年の判断としては賢明だったと言えるだろう。
その後、私の前に姿を現すときはほとんどの場合そうだったように、猿はテスト時間が終わるその間際まで、何をするわけでもなく、ただ私を見つめながら毛づくろいをしているだけだった。ただ私は、何度その窓の向こうを見やっても僅かにすら視線を動かすことなく私を見つめ続ける真円のようにまるい双眸の向こうにあるその猿の正体をつかみかねて、どこか不安感を覚えたのだった。
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