給料三年分の勇者様

天産転

序章 給料三年分の願い


長い純白の通路を歩く。我慢に我慢を重ねてようやく貯めた給料三年分を握り締めて。緊張の為か、ただでさえ長い通路が余計長く感じてしまう。――一歩が百歩にも

思えてしまう私がようやく辿り着いた召喚ガチャの間。


ギギギ…と、鈍い音と共に押し開いた扉、その先にはローブを纏った小柄な老人が、大きな魔法陣の前に立っている。ついに来た、この時が…歩みを止め、ゴクリと生唾を飲み、握り締める給料袋がクシャリと潰れる。


    「おお、リーンベルか。まさか本当に貯めてくるとはのう…」


見た目ただのお爺さんなのだけど、これでも大神。私のような新米女神とは格が違う。再び歩き始めた私は、彼へと辿り着き、頭を下げ、給料袋を両手で差し出した。


    「げ…限定召喚――対象は日本人でお願いします」


最早、この神界では日本人はガチ勇者として有名である。日本人に外れ無し、ド鉄板、ぶっ壊れの宝庫等々。神が世界を救済する為のリーサルウェポンと化している。然し、世界は多く、広い。その中から日本人を引き当てるのは至難の業。そこで大金を出して召喚する神も少なくは無い。そんな私、リーンベル・マリステアもその一人としてこれから私が担当する世界に居る魔王を倒して貰う。


    「うむ。然しよう貯めたもんじゃな…浪費家のお前が」


労いの言葉に涙が出る。本当に苦労したわ。総剣男子のガチャも回さず、無課金を貫いて、来る日も来る日もサラダと水とゆで卵の白身だけ。マッチョになったらどうするのよと諦めかけた時もあったけど――――ついに、ついに!!


    「はい! ありがとうございます!!」


    「うむ。では、ワシが権限により、限定召喚を許可する」


召喚陣の前へと立ち、身嗜みをチェック。日本人向けに衣装も買ったわ。何でも童貞を殺すセーターらしいのだけど…胸元開きすぎかしら。それの裾が太股やや上までと長くて、下着が見えそうな見えなさそうな…。いえ、折角ですもの、私のプロポーションで虜にしてあげるわ!! フンスと鼻息を荒くし、召喚陣へと手を翳す。 


    「――日出ずる国より来たれ、勇ましき者。

      民の願いは我が願い。猛悪打ち倒さんが為――今、此処に汝を欲す!!」


限定召喚に外れ無し、ゴクリと生唾を飲んだ私は、虹色に輝く召喚陣に手を翳しつつ、ただ見つめる。焦燥感にも似た感情が、勇者が現れるまでの時間を更に長く感じさせた―――そして、ついに七色が弾け、一人の少年が召喚陣の上へと現れた。


此処からよ、リーンベル・マリステア。第一印象が肝心よリーンベル。新米女神だからと舐められない荘厳さと神々しさと、美の女神も裸足で逃げ出すような女らしさをもって接するのよ!! ――――って。


    「ちょっとアンタ!! 誰見ながらナニ握ってるのよ!!?

      ちょ、うわ…生で初めてみた」


    「なんや…ってか。人がオナッとる最中に何やねん!?

      つか、誰やねんお前!?」


ペチン。と、私の後ろで額を軽く叩く音がし、ギギギ…と私は首を後へ向ける。そこには管理者である大神が、額に手を当てて首を左右に振っている。


    「大神…様? これ…はず…はずれ」


    「タイミングの悪い奴じゃのう…」


    「チェ…チェンジを…」


    「無理じゃ」


    「なんですとぉーーーーーっ!?」


チラリと後を見やると焦りながらズボンを穿いている少年。…私はどうしても疑いを持ってしまう。こんな子が本当に優秀なのか? と。ともあれ、最早第一印象は木っ端微塵に消し飛んでしまったので、軽く自己紹介を済ませた。


彼の名は朱鷺羽 金也(ときわ かねなり) 17歳。


ふーん。と、名前に余り興味もなく、彼のステータスを拝見。


Lv1 HP50 MP20 

攻撃力10

防御力8

魔力2

賢さ5000

素早さ5

運150


>


ふーん。と、再び心の中で言いつつ―――。


  「賢さ壊れてる!?」


  「はぁ? 何言うてんねん…」


  「でも魔力2!? 無駄過ぎない!?」


  「いや、だから何言うてんねん。

    デカい乳した白髪ねーちゃん」


  「デカい乳はいいとして、しらが言うな!!!

    白髪といいなさい! は く は つ!!!」


  「はーん? 同じやん…」


  「全然ちゃうやろ!!」


と、思わず私まで関西弁になり、彼の胸元に裏水平をベシリとあててしまう。


  「お。中々やるやん。でもちと弱いで、

    もっとこう…スパーン!とやらんとウケへんウケへん」


  「そ、そうかしら…て、ちがーう!!」


何この子、話が全く進まない。私は大きく溜息を吐いた後、事情を説明すると、彼は右掌を私に差し出してきた。意外と素直! これなら上手くいきそ――。


  「なんぼ出すねん」


  「…へ?」


  「せやから、これやこれ」


親指と人差し指で円をつくって…これ、お金のジェスチャーだったかしら。そんな…私、今―――無一文。焦りが顔に出たのか、彼は私をジーッと見るとハァ…と溜息。


  「なんや神は神でも貧乏神かいな…。

    ほしたら、白髪のネーチャン、体で払って貰いましょ」


  「かっ…体!? そっ…そんな事出来るわけが…て、貧乏神違う!!」


  「ちゃうわボケ。腐っても神さんなんやから強いやろ。

    やから魔王とかいうの倒すの手伝いーや」


  「あー…なるほ…て、そっちも駄目!!」


彼はそう言い終えると、私から大神に視線を移した。まさか…いやそんな事が許されるわけが…。


  「うむ。払えないなら仕方無いじゃろ。特例を認める」


  「え!? ちょっと大神!?」


  「ま、頑張りなさい」


と、言うと大神は私達の足元に転送の魔法陣を作り出し、私ごと金也と言う少年を異世界レステアヴィールへと転送する。これから立派な女神へと記念すべき第一歩を踏み出す筈が―――。


  「何でこうなるのよーーーーーーーっ!!!」


魂の咆哮と共に、私達は異世界へと転送されるのだった。



    

       

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