After Sleep

夢から、覚めた。


何を見ていたのか。


思い出せない。


でも、眠る前の自分とは、違う自分なのが、わかった。


わかってしまった。


こっちの道のほうが、つらい。


このまま上司と惨めな自分と休んだ分の仕事に追われながら、意味のない毎日を送っていくほうが、どれほど楽か。


意味のないことの、なんと幸福なことか。


それでも、変わってしまった。


あの報告書。


あれを書いているときから、もう、少しずつ、変わってしまっていたんだろう。

普通の人間は、たった2頁の、速度だけが重視される紙切れに、全ての力を注いだりしない。

速さを求められているところで、丁寧にレイアウトや構成を考えて読む人の読みやすさを最大限重視したり、しない。


私は、そういう人なんだ。


紙切れに、全力を注いでしまう人間。


そして、それを目の前で破られて、ようやく自分に気づくタイプの。


「すいません」


電話をかけて、


「仕事やめます」


電話に出た上司なんてどうでもいい。応答を聞く前に自分から切った。


あのとき、上司にたてついたんじゃない。


私に、仕事ができない私自身に、たてついた。


よく考えると、優しい上司だったのかもしれない。


たぶん、私がめちゃくちゃがんばって報告書つくったのをみてて、それが仕事に必要ないって分かってたから目の前で破いたんだ。


電話。


「はい」


上司。


「えっ転職先ですか。いや全然。ついさっき思い立って辞めたんです仕事」


電話先。


絶句。


「いいですか。切ります。もう電話しないでください」


『待って。待って待って』


「なんですか」


やっぱ違うな。この上司、だめなやつだ。


たぶんこれから、あなたに辞められると困るとか小言並べてくるぞ。ほんとに辞めてよかった。


『再就職先、当てがあるの』


「は?」


『あなたの報告書、とっても読みやすかったわ。知り合いにデザインの事務所があってね。そこならあなたに合うかもしれない。今から電話番号言うから、かけてみて。私の紹介だって言えば』


「うそをつくな」


『うそじゃないわよ。上司には部下の再雇用先をなんか工面しないといけない何か法律みたいなのがあるから』


「じゃあ、なんで目の前で破いたの」


再びの、絶句。


『あなた、2頁の、それも口頭で済むような内容の報告書に、二週間掛けたのよ。三時間の遅れを報告する紙を、二週間待った私の気持ち、わかる?』


「わかりません」


『じゃあ電話番号言うから。メモの用意できる?』


「はい」


メモした。


『すぐに電話、かけなさいよ』


電話、切れた。


電話番号が書かれたメモ。


びりびりに、破いた。


「どうだ」


「おもいしったか。わたしのきもちを」


電話。


番号が、さっきと違う。


「はい」


『どうも。デザインの事務所です』


「はい?」


『いや、お話聞きましたよ。口頭で済む内容に二週間かけたって』


電話を切


『待って待って切らないで』


「なんですか。みんなして」


『電話番号メモした紙、破いたでしょ』


「なんでそれを」


『あなたの上司が、たぶんそうしただろうって』


「ふぅん」


くそ上司が。


『うちで仕事しようよ。デザインの事務所だから。いくらでも時間はとれるから』


怪しい。


『最初の仕事。目の前で散らかってる電話番号のメモ』


「はい」


『写真に撮って、私に送って』


「はい?」


『あなたの怒りの象徴。気になるの。あっ写真だけでいいよ。今うちに来てぶちぎれられてもこわいし。うん。とりあえず気分が落ち着くまでは写真と電話だけで。ね?』


なんでこわがってるんだ。


よくわかんないところに、再就職してしまった。


「あの」


『えっごめんなさいお気に召さないこと言っちゃった?』


「こんなやつですが、よろしくおねがいします」


『あ、はい。それはもうよろこんで』


前の職場よりは、やっていけるかもしれない。






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夢と変化 春嵐 @aiot3110

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