第2話 こんにちは、私
「あ、ちょっとココ汚れてる」
洗濯物を畳んでいるとふと鎖の汚れが目に付いた。そこまでひどく目立つわけじゃないけど怪我と一緒で見つけると気になってしまう。せっかく洗った洗濯物につかないか、とかもしかしてジャム落としたかな、とか集中力がそがれてしまう。
急いで残りの洗濯物を畳み、お風呂場に向かう。鎖洗浄も慣れたものでトントンと必要なものを出していく。最初の方は神戸が全てやってくれていたけれど神戸も忙しいし、何より汚れたものを身に着けているのが気に食わない。
「あれっ、ない……」
服も脱ぎ、いざやるぞっ! と鎖洗浄剤を取ろうとすると手が止まった。洗浄液が見当たらないのだ。一応神戸のものが置いてある棚も軽く確認するが洗浄液らしきものは置いていない。全開使い切ってしまったかな? と洗面所の下にある収納スペースを探してみてもやっぱりない。
誰もいなくても全裸で居続けることに羞恥は感じるため、いったん服を着てから洗面所すべての収納から物を取り出し、用途別に仕分け直してみた。が、やっぱり鉄の洗浄剤だけが見当たらない。
私が洗浄剤を使うのはお風呂場でしかありえない。
私に心当たりがない、つまり私ではない可能性が高くなる。
『洗浄液使った?』
神戸の場号しかない携帯電話からメールを送って確認してみる。仕事中であろう時間に送ったわけだが秒で返信が来た。こわっ。
『つかった』
呆れため息が出るが問題は使ったかどうかではない。
『使い切った?』
『ん』
もう一度ため息を吐きつつ買って帰ってくるように連絡を入れる。秒で『き』と連絡が来た。『り』と打ちたかったのだと理解してそのまま携帯を机に置く。
やっぱり私と彼はあべこべだ。監禁とはいえ一緒に暮らしているのだから私のものを使うのは構わない。私のものも彼が勝ってきたわけだし。でもさ、使い切ったら報告くらいはするくない? 人として常識じゃないかな、ホウレンソウ。大体神戸ってってさ…………
愚痴を垂れ流しても神戸が早く帰ってくるわけじゃないので諦めて趣味の時間を堪能することにした。
「今日の気分は……」
自室として用意された部屋には壁一面に化粧棚を敷き詰めている。神戸からの理解は得られなかったけど、化粧で綺麗になることは好きだ。誰に見せるためでもない私が満足するための化粧、それが私の趣味。どこにアイラインを引こうがルージュを少し濃いめにつけようが私が満足できるメイクを乗せていく。
少しずつ、少しずつ私ではない私になっていく。この瞬間が好きだ。何度化粧をしても新しい可能性が見えてくる。例えば似合わないと思っていた紫のアイシャドウ。それをかなり濃い目に塗りたくる。
「…………やっぱり変」
似合わないのも一環一興。失敗だって楽しめる。知らない私、私じゃない私。
せっかくだからこの紫のアイシャドウに合わせて他のメイクを変えていく。エクステで髪の一部にライトブルーを入れ、口紅をちょっと挑戦してクロを入れてみた。私の好みじゃないけど好きかも。
「初めまして、私」
思わず鏡に話しかけてしまった。誰かに見られたら笑われてしまうかな。
ラ~ララ~ラ~ ラ~ラ~ラ~♪
気づけは時間がどんどん過ぎ、そろそろ夕食を作り始めなくてはならない時間になった。このアラームで時間を気づかされるなんてちょっと久々だ。クスっと笑いが漏れる。時間を持て余す日々が多い監禁生活で久々に充実した時間を過ごせた気がする。
『彼氏を監禁しようとしたら殴られて出ていかれた。嫌われたのかな』
使用したメイク道具を丁寧に戻し、最後に香水の棚へ移る。匂いに敏感な神戸は香水を好まない。私に強制はしないけどいい顔はしないね。わからないな、こんな甘くていい香りなのに。
ちょっとしたちょっとしたいたずら心もあってちょっと強めに香水を振っておく。唯一否定を示したコットンキャンディーを。
「おかえり!」
帰ってきた神戸をメイクを落とさず迎える。一瞬眉をしかめたけど私は見逃さなかったよ。
「ん。買ってきたぞ」
「ありがとう! 良かった、汚れ気づくときになっちゃって」
「じゃあ洗う」
「え? いいよ。明日も仕事だし」
「いい、世話するのも一環一興」
こういうときに「いや」と強く拒否出来たらそもそも今監禁なんてされてない。恥ずかしさで胸が詰まりそうだったけどできる限り絞り出して「わかった」と返事する。
「え、今から?」
「気になってるならすぐに洗う」
「ごはんは……」
「綺麗になってから。あとソレも落とす。お風呂沸いてるでしょ」
「神戸の頭が沸いてる」
「はいはい」
せめて、心の準備をさせて! と願った時には鎖だけでなく全身洗われた後だった。もう、お嫁にいけない…………
私とあなたは阿部神戸 とゅっちー @cherry_east
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