私とあなたは阿部神戸

とゅっちー

第1話 あべこべカップル

 私の名前は阿部あべ、現在同居人の神戸こうべと二人暮しをしている。私たちは大学で仲良くなったんだけど、とにかく何もかもが正反対!名前のせいもあって私たちはあべこべカップル、なんて周りから言われていた。

「だから朝はパンでしょ!」

「朝は米喰わないと力出ない」

 こうやって意見が割れることなんて一緒にご飯を食べるよりも多い。私たちに対立しろって言われたらへそで茶を沸かすより昼飯前だ。むしろ日常の一部となってしまっていたりする。言い争いが無いとなーんかしっくり来なくて点を書き忘れた『武』みたいになーんか気持ち悪い

「なんでー? 朝のこんがり焼けたパンがある方がオシャレな朝食って感じじゃない」

「オシャレで腹は満ちん。米はコスパ最強、三食米でいい」

「お米じゃコーヒーと合わない!」

「そもそもコーヒーに拘ってない、そのコーヒーも俺しか飲んでねぇ」

 互いに意志が固いゆえに妥協点なんてものが見つかるはずもなく、ひたすらに意志をぶつけ合う。しまいには「サンドイッチにできるし」「混ぜご飯にすればこれだけで1品」などもはやパンとご飯のどちらが優れているか、という議論にまでズレてしまった。

 そしてさらに続けると論点はズレにずれ、どこで間違えたのか小麦と米の育てやすさにまでズレた。あとから考えたらそんな論点になるはずないのになんでかな……?

「つうか仕事遅れる」

 気づけば神戸が家を出る時間まで30分を切っていた。このまま口論を続けていたら米どころかパンすら食べさせてあげられなくなる。朝からあんまり食べないと言っていた神戸にもさすがに悪い。

「ほんとだ、じゃあとりあえずご飯よそうね」

「今から米炊くのか?」

「ん? もう炊いてるよ」

 ポカンと口を開いた神戸。ちょっとだけ面白くて口元がニヤける。その顔が見たかったんだ。

「なんで」

「だって米が好きなんでしょ? 炊かない意味無くない?」

「……はあ」

 ため息をつく姿から一見して「じゃあ今までの口論は意味無いだろ」とも取れるが長くいる私だから分かる。これは「ならまあいいか」と安堵と納得。我が強く、互いに譲らない私たちだからこそ、口論は好きなものを語り合うような、推しメンについて萌えているような会話である。ちょっと違う?少なくとも私にとってはそうなんだ。

 神戸のために白米と味噌汁に紅鮭を飾りつける。カリカリのベーコンも用意しているが鮭とベーコンは合うのだろうか。

 トレーに載せようとお茶碗を掴むとリビングの方から「上手に焼けました!」とトースターのいい音が聞こえてきた。私への仕返しのつもりかな、驚かせようとしてもトースターは嘘つけないんだよ。笑みがこぼれて心を躍らせてしまうくらい許してほしい。

 嬉しさに沢庵というそれ単体でも無限に食べれてしまう究極のおかずをトレーに追加して食卓へ運ぶ。

「いただきますっ!」

「……ただきます」

 こんがりと焼けた食パンにバターとピーナッツクリームをたっぷり載せ、あえて角を残すように丸く塗る。食パンそのままの味が好きなのかって尋ねられることもあるがそうでは無い。ここまではまだ私の食パンは7割も完成していない。ここで私は胸元からひとつの瓶を取り出す。

「なんで胸?」

「女の子って言ったら奥の手は胸に隠すんだよ」

「無いのに?」

「ありますー、二次元みたいに爆乳じゃないだけですー」

 とにかく体温て少し温もったジャムを取り出す。もちろん私のお気に入りのブルーベリー。まだ未使用の第3のスプーンを手に取りゆっくりと蓋に手をかける。カポッとした音とともに食パンを進化させるブルーベリーに感謝。してトロッとスプーンで掬い、角へ無慈悲に落とす。

 ここからが始まり、そして食パンの命の終わり。

『阿部って食べるまでが遅いんだよね』

 違う、私が遅いのではない。美食のために時間をかけているだけだ。つまりまだ私は食パンを調理している段階。最高に美味しく食べるために最高の調理をしているだけ。

 食パンを優しく掴み、口いっぱいに頬張る。最初にブルーベリーの甘みと酸味が私の口内をくすぐるかと思ったらあとからパンとバターの香ばしさに包まれ、さらにピーナッツが食感にアクセントをもたらしてくれる。こんな至高な食べ物をどうして神戸は否定するのか全くもって理解できない。

 パレードのように味が踊り続け、二口目はまだかと胃袋が叫んでくる。今度は別の角へさらに胸から取り出したイチゴジャムをスプーンで取り落とす。

「それ、外ではしないよね」

 神戸は味噌汁を飲みながら尋ねてくる。

「当然でしょ。そんなの神戸が1番わかってるじゃん」

「ん」

 神戸は満足そうに沢庵を口に運ぶ。外ではしない、ううんできない、できないよ。

 その後も残り二つの角にクランベリージャムとマーマレードを落として素早く食べ続けると神戸と変わらないくらいのタイミングで食べ終わった。案外彼も食スピードが遅いのだ。

 彼が立ち上がるのに合わせて私も彼のためにカバンとネクタイを手に取る。相手に巻いてあげることはできないから自分の首で調整した後、彼が自分で調整する。そして彼が革靴を整えてドアに手をかける姿を少し遠目に眺める。

「何時に帰ってくる?」

「少し遅い」

「彼氏?」

「ん」

「初々しいな~」

「茶化すな」

 私とあなたはどこまでもアベコベ。私は異性のあなたが好きで、あなたは同性の別の誰かを好き。ただそばにいれたら、それだけで幸せだって思ってた。

 でもね、一つだけ嘘をついているだ、私。

「やっぱり、阿部には青が似合う。それにしてよかった」

 私の首に巻かれているチョーカーとそこにつながれている紐を撫でながら静かに笑う。

「…………ありがとう」

 あなたは監禁するのが好き、だけど私は……

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