封印された魔王は、夜に戦いを挑む。

御殿あさり

第1話

 ベッドに寝転んでスマートフォンを触っていると、窓がドン、と叩かれた。

 こんな時間に誰だろうか、とカーテンを開けようとして、ふと手を止める。

 ……このあたりで夜の12時にもなって出歩く人は少ない。その中で俺の家を訪ねてくる人と言ったら、唐草模様の風呂敷包みを持った方々くらいのものだろう。

 さらに重大なことに思い当たった。そもそも俺の部屋は2階だ。ベランダもない。さてそんなところの窓を叩く人とは、この世のものなのだろうか。


 そんなことを考えている間にも、窓を叩く音は鳴りやまない。それどころか、さらに激しくなっていく。窓を割る勢いだ。

 この音の主は、本命幽霊、対抗泥棒。大穴は季節外れの赤服のご老人、とでもしておこうか。とにかく、窓を割られる前に、どうにかしなければいけない。しかしどうにか、と言っても、とりあえずの選択肢はカーテンを開けるか、開けないか、の二択だ。

 スマートフォンの懐中電灯機能をオンにしてから、勢いよくカーテンを開ける。カーテンがレールを滑る音を合図に、懐中電灯が、招かれざる客の顔を照らした。


 窓には、俺の幼馴染が、必死な顔をしてぺったりと張り付いていた。





 さて、話を進める前に、幼馴染について紹介しておこう。いま目の前でふてくされているこいつは、興津結衣。小学校からの付き合いで、人の家の窓に張り付くのが趣味の変な奴だ。


「だから張り付いてたのは趣味じゃないって!」

「趣味以外で窓に張り付くことがあるなら言ってくれ」

「……それは」


 言えないならやっぱり趣味なのだろう。もしくは――。


「まさかお前がそんな奴だったなんて」

「ちょっと、何変なこと想像してるの!?」

「だって窓に張り付くのが趣味じゃないとしたら、そっち方面だろ」

「そっちじゃない!」


 こっちでもないのか。だとしたら一体、彼女の目的は……。


「でも言ったら絶対からかうじゃん……」

「今のお前は容疑者だぞ?」

「分かった! 言うから! 言うから携帯をしまえ!」


 とりあえず話を聞こう。通報するのはそれからだ。


「あなたの妹を、倒しにきたの!」


 よし、通報だな。


「いや、待ってよ! 留置所じゃ戦えないじゃん!」

「戦わせないために通報するんだよ」


 だいたいなんでお前が妹を倒すんだ。


「それはね、私が――」


 と、そこへ、最悪のタイミングで乱入者が現れた。


「ちょっと、うるさい、お兄ちゃん……」





「ここで会ったが運の尽き! 今日こそ滅ぼしてやる!」


 人の妹に何を言い出すんだこいつは。キャラが崩壊してるぞ。


「ねえ! 羽交い絞めにしないで! 放して!」

「誰が放すか。おい、琴葉! 今のうちに……」


 しかし、琴葉はドアを開けて固まったまま動こうとしない。


「……そう。封印が解けたのね」


 ……いきなり何を言い出すんだマイシスター。そういうお年頃なのか。


「なに変なこと言って――」

「そうだよ」


 ……お前はもうそんなお年頃じゃないだろ。


「よくも私を封印してくれたね、勇者さん。でも今度は」


 こっちが封印する番だよ。そう言って結衣は邪悪な笑みを浮かべた。なんかもういいや。そういう設定なんだろう。


「ええ、受けて立つわ。でも今回も私が封印させてもらうわよ」


 琴葉は、少し悲しそうな顔をしながらそう宣言する。受けて立ってもいいが、俺の部屋でやらないでくれ。

 そんな俺の願いも空しく、両者はにらみ合うと、覚悟を決めたように走りだした。





「昨日はよくも俺の部屋をぐちゃぐちゃにしてくれたな」

「……何の話?」


 次の日、学校に行って問い詰めると、結衣はとぼけた顔をしていた。無性に腹が立ってくる。あの後片付けるの大変だったんだぞ。


「昨日、俺の部屋で、琴葉と一緒に大暴れしてただろ」

「なんであんたの妹と大暴れしなきゃいけないの」


 そんなことを言いながら、ないない、と首を横に振る。……こいつは三歩で記憶がリセットされるタイプの人間なのか。


「こっちには証拠はあるんだ」


 昨日撮った写真の数々――窓に張り付いていたり、妹とつかみ合って大暴れしていたりする――を見せると、結衣は目を丸くした。


「なに、これ」

「昨日は封印とか勇者とか言ってたけど」

「……誰が?」


 お前だよ。思い出せないみたいな顔で頭を押さえないでくれ。


「ああ、あとお前を家に連れて帰ったの琴葉だから、あとでお礼言ってやれ」

「……わかった」


 しかし結衣は心ここにあらずといった顔で、続けてこうつぶやいた。


「また私を封印したな、あいつ」

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