二本の手旗…。

宇佐美真里

二本の手旗…。

えぇ~、世の中には2つのタイプのヒトが居るなンて話を耳にします…。

騙すヒトと騙されるヒト…。


ワンコの散歩なぞをしてるっつうと、よく声を掛けられるワケでして…。特にワタシなンかの場合、柴犬を3頭連れて居るンで、目立つ目立つ!しかも、その3頭…クロ、シロ、チャの3色ってなモンで、この上なく目立つ。悪いコトなンか出来やしやせん…。

ですが、よく声を掛けられるからっつったって、相手はワタシの顔を認識しているワケではございやせん。仮に、三柴姉妹に留守番させてごらんなさいヨ!独りで街を歩いているトキなンざ、声掛けられるどころか、人相悪いンで…むしろ目を合わせずに相手は通り過ぎて行く始末…。トホホホホ…。いつものあのヒトもこのヒトも、すれ違っても気づかず素通りして行くコトもしばしば………。え?柴だけに?オホホホホ…。


さて、かつてこんなコトがありやした…。

所はいつもの散歩コース、最寄りの公園を三柴姉妹と共に歩いていた昼前のコト。普段賑わう公園も昼前っつったら然程のヒトも居るワケでもない。もう暑い頃でしたかネェ~、尚更日中のヒトの数は少なかったりするワケで。

そんな中、三姉妹の誰だったか、トイレを催し立ち止まっていたワケです。


"最中"で今忙しい………っつうのに、ワタシの肩を誰かが…トントン…トントン…と叩くンです。振り向くと其処には背の高い赤毛でヒゲ面の外国人。カレの手元にはオモチャの”日の丸”と”星条旗”の手旗が何本も握られて、それと一緒に一枚の…何度も折り畳みを繰り返し、折り目の千切れかけた紙切れが広げられていたンでございやす…。其処にはこう書いてありやした…汚い日本語で。


「私は耳が聞こえません。旅行で日本に来ていたのですが、財布を失くしてしまい、アメリカに帰るコトも出来ずに困っています。私はこの旗を作って、みなさんに500円で買って貰うコトで、今アメリカに帰るお金を貯めているところです。よかったらこの旗を買ってくれませんか?」と書いてありやした…。


目の下にはクマ…。見るからにやつれた様子ではあったンですがネ?しかし、どうあったって怪しいじゃございやせんか?コイツは”詐欺”にちげえねぇ…。でもまぁ、ひとつ500円っつうコトだし…”詐欺”だとしたって、そいつでコチラが”自己満足”すりゃあ、今晩も旨い酒が呑めるってなモンですヨ!


「ええぃ!くれてやれっ!」とワタシは財布から1枚の千円札を取り出して、「2本」という意味でピースサインをしてカレに見せてやりました。

相手の耳が聞こえないと思うと、自然と身振り手振りが忙しくなるモンですな。

彼は別の紙をワタシに見せやした…。そこには「ありがとう」と。更には「神のご加護を」ナンて言われちゃあ、コチラも悪い気がしませんヨ。


彼はワタシの千円札を見ると、ポケットから小汚い紙封筒を取り出し、中から500円玉を見つけてワタシに差し出そうとするンで、「いやいやいや…2本買ってやるって心意気でいっ!遠慮なく受け取りやがれっ!」と、首を横に振りながらカレの手にある旗を2本摘んで見せてやりましたヨ。


カレは目を丸くして、再度「ありがとう」の紙を見せやした。千円札と交換に2本の旗を受け取って、ワタシが去ろうとするってぇと、カレは足元で見上げていた三柴姉妹の前にしゃがみ込み、アタマを撫でてなンてしてくれちゃったりするモンだから、コチラも嬉しくなるじゃねぇですか?互いに手を振って、気持ち良くワタシたちは別れやした。


………っつう話を30分後にワタシは、遭遇した犬の散歩中の…所謂"犬友"に話してたンですがネ?


「あぁ…、そのヒト…私も昨日会った。私は”怪しいなぁ…”と思って、”ゴメンなさい”しちゃったケド…」と言うンですヨ。「やっぱり騙されたンじゃない?」と。


「まぁ、それならそれでもいいンじゃないかしら」とワタシは気前良く。一度出した金を引っ込めるワケにはいきやせんからネ!

「良いコトしたなぁ~!って云う”自己満足”で…いいンじゃない?」


“犬友”はただただ苦笑いでしたヨ…。アハハハハ…。



その日の夕方、近所のバーにその”犬友”と呑みに行ったワケですヨ…。もう、みなさんも察しがつくでしょう?


そのバーに、昼間ワタシに2本の手旗を渡したカレが居たっつうワケでして…。

もちろんカレはワタシになンて気付きゃしませんヨ!何故って、色違いの3頭の柴犬を連れちゃいませんからネ…ワタシ。もし三柴姉妹を連れてたなら、カレも青ざめていたンでしょうネェ~きっと。ケド、気付かない。


カレには”連れ”が居て一緒に呑んでいたンですケドね?

その”連れ”が、日本語を”話して”いたっつうワケですヨ。そう………カレったら、耳は聞こえなく”ない”みたい…。

”犬友”はワタシに言いましたヨ…。「ほらネ?」って。

ワタシも苦笑いしながら、強がって言ってやりやした…。


「良かったじゃない…。耳も聞こえるようだし、アメリカにも帰れるようだし…」


カレの足元にはデっカいバックパックが転がってましてネ?どうやら次の日の夜、成田から母国アメリカに飛ぶ便に乗る予定………そんな話を”連れ”にしているのが、しばらく経ってワタシの耳にも聞こえてきたっつうワケです…。


この話………誰に話しても、信じて貰えやしないンですケドね………。

ワタシはその度に思うワケですヨ…いつも。


「まぁ良いじゃないか…」


千円札1枚で買った”日の丸”と”星条旗”………。

後日、まだ幼かった甥っ子にプレゼントしたところ…

って、まぁ、要するに”不用品処分”なンですケドね…。オホホホホ…。

そんな”処分品”への甥っ子の喜び、あまりもの大はしゃぎの声に………ワタシは、



       "我が耳を疑った”…。



-了-

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