最終話

年の瀬が近づいていた。

今日はまたT駅近くに遊びにきていた。まだ昼過ぎだが風が強く肌寒い。しかし街は賑わっていた。

新しいスマホも、随分手に馴染むようになっていた。時間を確認するが、約束の時間まで、まだ余裕があるので街をぶらつく。


今夜はユウマが東京から帰ってくるので、改めて皆で飲み会をすることになっていた。カナとユキの関係は、ユキが大泣きをしながら謝りなんとかなったらしい。…本心は分からないが。


自分の撮った写真が別れのきっかけにもなりかけ、また関係修復のきっかけにもなった。客観的に写されたものは、時として直接見聞きし、話すよりも色々なものを語る。今回のことで本当にそれを思い知った。

SNSに簡単に画像をアップし、共有出来る時代。それは時として、意図せず他人に害を成すものとなってしまう。また逆に喜ばせることもあるだろう。簡単に出来る、だからこそ気を付けてやらなくてはいけないのだ。


(ま、いざ考えながらやろうとすると難しいんだよなぁ。)


近くのホールで毎年催される、年末の「第九」のコンサートののぼりに飾られた街路灯が、年末の雰囲気を演出していた。その景色を不意に撮影する。写ってしまった人の顔や車のナンバーに、暈しの加工をする。そしてそれをSNSにアップした。コメントも添える。


『今年ももうすぐ終わる。そして今年もやっぱり彼女はいない…。』


「はぁ…。」


ため息と共に投稿。風がやたらと冷たく感じた。


投稿に対しての「いいね」とリプレイを眺めながら歩き、待ち合わせ場所に到着した。まだ約束の10分前だった。


「わっ!!」


「うわぁっ!?」


背後からの脅かしに、見事なリアクションで応えてしまった。振り返るとケタケタと笑うカナとニヤニヤとしたダイキがいた。


「やっほーアキ!」

「よっ!」


「よ!お二人さん!早いじゃん。」


簡単に挨拶を交わす。

今日は飲み会の前に、この2人が先月の騒動の礼を、ということで何かを買ってくれるということになった。最初は固辞したのだが結局押し切られ、スマホカバーを買ってもらうことにした。


「カバーってどんなのがいいの?」

「手帳型かなぁ。デザインとかは2人のセンスに任せるよ。」

「ほほう。任せる…ね。」

「そこは常識の範囲でお願いします。」


そんなやり取りをしながら、近くの大型家電量販店に向かって歩いていた。


2人の後ろを歩きながら、楽しそうに話す姿を見て自然と嬉しくなる。

ふいにスマホを構え、写真を撮る。

2人の弾けるような笑顔が、綺麗に、本当に綺麗に撮れた。掛け値なしにベストショットだった。そして写真を見ることで、ダイキの手首に、初めて見る時計があることに気が付いた。


「あれ?ダイキその時計買ったの?」


「いや、カナに貰った。」


少し誇らしげにダイキが言った。


「てか、お前今撮ったろ?」


「バレた?2人がイチャついてるシーンをバッチリね。」


ニヤニヤして答える。ダイキが照れ隠しに軽く叩いてくるが、その顔は嬉しそうだった。


店に着くと、早速スマホアクセサリーのコーナーへ向かう。ダイキはトイレに行くと言っていなくなり、カナと2人でケースを見ていた。


「これ良くない?どう?」


カナが選んだのはダークブルーのレザー調で、扉側にカードが3枚収納できるタイプのケースだった。


「お、いいじゃん。」

「じゃ、決まりね!」


カナが近くのレジで購入を済ませると、ダイキも戻ってきた。その手にも袋がぶら下がっている。


「これも俺たちから。」


それは、結構しっかりとした、スマホ用の三脚だった。少し欲しいと思っていたので、思わずときめく。


「マジでいいの?結構うれしいかも。あ、でもこれでお前らの専属カメラマンにでもしようってんじゃないだろうな。」

「え?もちろんそのつもりだけど?」


そのやり取りにカナが笑う。


(―ほんとによかった。)


そんな光景を見ていて、心の底から2人の復縁を喜んだ。


家電量販店を出ると、近くのコーヒーチェーン店で時間を潰すことにした。3人3様のコーヒーを注文し、窓際の席についた。談笑する中で、カナが思い出すように言った。


「あ、そういえば前話したあたしの会社の子いたでしょ?」

「ああ。」


少し前にカナが、今回の騒動を会社の同僚の女子に話した際に、俺に興味を持ってくれた子がいたとのことだった。半分冗談だろうと思って聞き流していたのだが。


「あの子が今度会ってみたいっていうんだけど、どう?それでアキの連絡先が知りたいらしいの。教えていいかな?」

「マジ?それは大歓迎。今の職場ほんと出会いがなくてさ。」

「やった!あたしよりちょっと大人しいけど、いい子だから。」

「それならなおさら大歓迎。」

「あれー?アキぃ?どういう意味かなー?」

「良かったじゃねえか。ようやくアキトにも春が…。」

「うるへー」


白々しくダイキが目を拭う仕草をして、3人で笑う。

カナが素早く連絡先を教えたのか、20分ほどするとその子からメッセージが届いた。2人が食い入るように画面を見てくるが、隠しながら丁寧に返信した。

ダイキが外に電子タバコを吸いに行ったので、カナに礼をすることにした。


「カナありがと。これ紹介してくれたお礼。」


そう言ってボディバッグから小袋を出し渡す。カナがハッとした表情をして中身を確認する。そして中に入った紙を開いて、少し吹き出した後、やや申し訳なさそうな顔をしてこちらを見た。


「これあの時の?」

「そ。使わないでとっといた。」

「この手紙も上に『こちらこそ』って足しただけだから笑っちゃったよ。でもこれは受け取れないよ。」

「いいの!十分お礼してもらったし。2人の姿見てるのがやっぱ嬉しいからさ。」

「…サラッとクサい事いうよね。アキ。」

「だって本心だもん。てなわけで受け取ってくれ。」

「ありがと。」


カナがそれをバッグにしまうと、ちょうどダイキが戻ってきた。


「んじゃそろそろ行くか。」


飲み会の時間が近づいてきたので、店を出て向かうことにした。

歩いていると途中で、ユキとミズキに出会した。


「あ、3人一緒だったんだ!やほー!」


ミズキが手を振ってくる。ミズキは今回の事を何も知らないので、底抜けに明るかった。その横でユキが顔を少し伏せた。それを見て俺も少し動揺してしまった。


「ミズキ!ユキ!やほー!」


しかしカナはいつもと変わらないトーンで応えた。そして2人に駆け寄っていく。そして話しながら近づいてくるが、そこにぎこちなさは微塵もない。


(やっぱカナのこういうとこはすごいな。ほんと恐れ入るよ。)


内心で独り言ち、横にいるダイキの背中を軽くポンと叩く。そして自分も気持ちを切り替える。


「よ!ユキ、ミズキ。」


ユキの表情も泣きそうな気配を孕みながらも、笑顔に戻っていた。

その後は以前に戻ったように会話は弾んだ。


飲み会を行う個室居酒屋に着き、ユウマとハルキを待った。

それぞれが席に座り談笑している。俺はスマホを取り出し席を立つと、集合写真ように皆が良く見えるアングルを探した。そして1枚試し撮る。皆が着座して談笑している。表情も良く映っている。


(よし、ここならしっかり全員の顔見えるな)


そこに先程ダイキ達からもらった、三脚を用意した。

そして、撮れた写真をよく見た。席の間隔は均等のはずだが、ダイキとカナ、ユキの間には微妙な距離を感じる。表情は無理が消えた感じだが、やはり完全な雪解けはまだのようだ。


「おー!みんな久しぶり!」


ユウマがハルキと共に入ってきた。どうやらハルキが車で乗せて一緒にきたらしい。皆でユウマを歓迎した後、乾杯の飲み物を注文した。その飲み物が来る前に俺は声を上げた。


「じゃあみんな、ダイキ達の専用カメラマンにされた俺が記念に写真とるよー!」


「「「はーい」」」


そして早速用意しておいた三脚に、スマホを取り付け、タイマー撮影をした。

ピッ、ピッ、ピッ、ピーー、カチッ。

撮れた写真を確認すると、皆が寄り添ったいい笑顔の写真が撮れていた。


「お、いいじゃん。じゃあグループに送っとくね。」


送った写真を見ると、ダイキ達の先程の距離は感じない。


(やっぱこういう写真では写せないんだな。)


そう実感し、さっき撮った写真と見比べ、改めて考えをまとめた。


――自然に撮った写真は「記録」として、作為的に撮った写真は「記念」として向いている。


これは同じようで決定的に違うのだろう。どちらが良い、悪いではない。あくまで自分が撮りたいものがどちらかによって、撮り方を考えるものなのだと思う。

そして俺は、多くを物語る写真、つまり「記録」としての写真を「良い写真」だと感じるのだ。だからそういう写真を撮っていきたい。


「アキ!今日もガンガン撮ってね!」

「オッケー!」


カナに言われ返事をする。ハルキの乾杯の発声で賑やかに飲み会が始まった。

宴を楽しみながらも、俺は時々写真を撮る。

─カチッ。

まず先に写真を1枚撮ってから声をかける。


「はーい!撮るよー!」


皆がこちらを向きポーズをとる。もう一度。

─カチッ。


「記録」と「記念」。両方を写真に収めながら俺は写真を撮っていく。どちらかだけでも

勿体無い気がするから。

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試撮 ―ためしどり― 鷹崎レオ @tk-leo

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