第7話
ここ2日、ろくに食事をしていない。
あの日が金曜日だったので仕事もなく、まともに動いてすらいなかった。
この2年で2人で撮った写真を、何度も眺めていた。どの写真にも笑顔が並ぶ。
(─気付かないふり、してれば良かったのかな。)
そんな考えすら幾度となく過った。しかしもう巻き戻せない。悲哀、後悔、怒り…、数多の負の感情が、綯い交ぜになり渦巻く。
その重みに潰される様に、枕に顔を埋めていた。
─その時、メッセージ受信の通知音が鳴った。
『今日15:30にあの場所に来て欲しい。』
ダイキからだった。あの場所とは、2年前ダイキから告白を受けた、T駅から程近い公園だった。
返信をするのに暫し逡巡する。しかし、このまま一方的に突き放し、別れてしまうのも辛いものがあった。
『わかった。』
12:30を少し過ぎたところだった。支度を始めなくてはいけないのに、身体が重い。いや、気が重いのか。
結局、起き上がって動き始めるまでに40分ほどかかった。
シャワーを浴びて、髪の毛を整え、化粧をした。いや、ふと我に返ったら終わっていたというべきか。いつもなら手早くすれば15分程度で終わるのに、これまた40分かかっていた。ほぼオートパイロット状態だったにも係わらず、仕上がりは悪くなかった。着替えも済ませ、まだ時間に余裕はあったが、家を出ることにした。
駅前の立体駐車場に車を停め、公園に向かう途中、コンビニでホットコーヒーを買う。久し振りにブラックで飲んだコーヒーは、さすがに苦かった。駅から続く通りの街路樹は色付き、葉を落とし始めていた。時間を潰すようにブラブラと歩く。
多少遠回りをしたが、公園についてしまった。スマホを見る。まだ15:00になったところだった。この北側の入り口からは反対側の、南側に並ぶベンチ。その一つがダイキに告白された場所だった。
その頃は、合コンの人数合わせとして、声を掛け合い助け合っていた。お互いに2回ずつヘルプをした4回目の合コン後に、この公園で二人で缶酎ハイで飲みなおした。
その際に、話の中でダイキから告白されたのだ。
「何回合コン出てもお互い良い相手見つからないし、俺たちで付き合っちゃう?」
言われたときは、その軽い言葉に、いつもの冗談だと思った。しかし、ふと顔を上げると、耳まで真っ赤にしたダイキがそこにいた。後日談で『真っ赤だったのはお酒のせいだ』と言っていたが、その時妙に可愛く感じてしまったのだ。
「うん、別にいいよ。」
という返答をサラリとすると、ダイキは少しフリーズした後で、それはもう満面の笑みで喜んでいた。
その時の記憶が鮮明に蘇り、左の頬を涙が伝った。それをすぐに拭い歩みを進める。
公園内の歩道を歩き、少しずつベンチ群が見えてくる。―立ち止まる。
そのベンチには約束の20分以上前だというのに、見慣れた後ろ姿がそこにはあった。
―――
約束した時間の1時間前に着いてしまった。
この公園は小さな城趾に作られたもので、高台の様になっている。今座っているベンチからは、4車線の国道とその向こうには川が見下ろせた。
吹き抜ける風が冷たくなってきている。手に持つコンビニのホットコーヒーが温かい。
2年前に、この場所でカナに告白をしたときは、夜11時過ぎだった。あの時は冷たい缶酎ハイを飲んでいたのに、寒さを感じた記憶はない。それはアルコールの影響か、それとも違う理由だったのか。
眼下の国道を走る車を眺めながら、カナとの思い出を振り返っていた。たまに小競り合いはあっても、総じて楽しく過ごしてきた。この幸せを壊したのは、俺だ。裏切ったのは、俺だ。その自覚がありながら、関係継続を願う自分に嫌気が差す。さらに約束の時間には、アキトが来てくれることになっていて、フォローをしてくれるというのだ。
(ほんと、つくづく最低だな、俺。)
恋人を裏切り、破局寸前のところで都合よく復縁を望み、あまつさえそこに友人の助けを取り付ける。情けなくなり、消え去りたい衝動に駆られる。深くため息をつき、暫く
どのくらいそうしていたのだろうか。ふと顔を上げ、かなり冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
──その時、背後に気配を感じた。
振り向くと、そこにはカナが立っていた。
「やっ」
「ありがと。来てくれて。」
カナはこちらに近づこうとはせず、その場で軽く手を挙げ挨拶をした。俺も立ち上がり応じる。僅かな沈黙が流れるが、しっかりと気持ちを伝えるべく、声を発する。
「ホント…悪かったと思ってる。ごめん。」
「…うん。」
「俺のだらしない部分が生んだことで、弁解の余地もない。」
「うん。」
「でもカナが好きだってことには、何も偽りはないんだ。ユキにも昨日連絡して話はつけた。」
「…うん。でも…ユキも傷付けちゃってるし、やっぱ私達も…ね。」
カナはそう言ってマフラーに口元を
「…ごめん。虫がいい話だけど、何とか…やり直せないかな…。」
「もう無理だよ。別れよ…?」
カナは震えた声でそう言うと、振り返って歩き始める。肩を震わせ歩く、その小さな背中を、どうしても追うことは出来なかった─。
────
別れという言葉がのし掛かる。まだ自分自身気持ちが残っているのは判っている。しかし、堪えられなかった。もう逃げたかった。
小さく嗚咽を漏らしながら歩いた。
必死に脚を動かし、公園の北口に向かう。
「カナ!」
その声はダイキのものでは無かった。顔を上げる。
「えっ…アキ…。どうして?」
「偶然通りかかった。」
茶化すような笑みを浮かべながら、アキトは言った。
「って、冗談は置いといて、…もう決めちゃったのか?」
「…うん。」
「そっか。でも俺は最後にこれを見て貰いたくてさ。それから決めてやってくれよ。」
アキトは、そう言うとスマホを取り出した。1枚の写真を見せてくる。例のユキとダイキの写真だ。
「…これが何なのよ。」
二人が視線を合わせている写真に胸が痛み、やや口調がキツくなってしまった。
「カナにはダイキの顔がどう見える?」
唐突に訊かれ少し困惑したが、気を取り直してしっかりと見つめる。
(…微笑んでる…、けど…)
「分かるか?」
「何がよ。」
「んー、じゃあこっちを見てみろよ」
アキトはスマホを操作し、違う画像を見せてきた。それは飲み会の席で、私がハルキ達とはしゃいでいるところを撮ったものだった。それを少し離れた位置からダイキが見つめている。
(これって…。)
「ちなみにこれも…、これもだな。」
止まりかけていた、涙が再び溢れてくる。
アキトが次々に見せてくる写真は、どれも同じ顔をしたダイキが映っていた。
「分かるだろ?こんなに幸せそうに
「……。」
明らかに違う顔だった。それは、そう…。
「罪悪感感じてる様に見えなかったか?若しくは、無理して微笑ってる感じにさ。」
「……。」
──確かに…そう見えた。見えてしまった。
同じ写真を見ていた筈なのに。疑うことばかりで見えていなかったのだ。
「あいつはバカみたいに優しいからな。カナのことは、勿論傷付けたくないし、ユキにもどう言ったら傷付けずに、関係を終わらせられるかで悩んでたんだよ。」
「でも…、でも…。」
「そ、あいつはバカなことしたんだよな。どうしようもなく。だから後はカナが決めることだ。でも俺がなんでここまでするかって言えば、二人ともダチで二人が視線を楽しそうにしてるのが好きだからだよ。」
「…ばか。」
そう言ってアキトを見ると、恥ずかしいのか、スマホを持った手で目元を隠していた。
「…ありがと。」
私は再び振り返り、歩き始めた。
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