応用
曲用ー古代ギリシャ語を例にして
〈概要〉
曲用とは何かといいますと、活用の仲間です。主に名詞や形容詞などの変化を指します。私たちも例えば「走る」を、
・彼は走っていった。
・私は走らないよ。
・走ろうか
など様々に変化させていきますよね。それの名詞バージョンと思ってください。私の良く知る限りでは、古代ギリシャ語、ラテン語、サンスクリット語などが曲用文法を持っています。それでは実例を挙げながら確認していきましょう。
〈ギリシャ語の例〉
ここではギリシャ語の影という意味の単語、
まずskiāは「ā」で終わる女性名詞ですので、その形の表を見ると
単数 /双数 /複数
主 skiā /skiā /skiai
呼 skiā /skiā /skiai
属 skiās /skiain /skiōn
与 skiaᾶ /skiā /skiais
対 skiaᾶn /skiain /skiās
となっています。ギリシャ語には鋭アクセント、重アクセント、曲アクセントなど異様なアクセントがあり、それぞれに独自の記号があります。その為こちらには書き切れていないものもありますが、ともかく雰囲気はこんな感じです。同じ曲用もありますが、それでも一単語に十五もの変化形があることがわかりますね。しかもこれはまだ現在形だけで、実際にはほかにも現在完了・過去完了・アオリストなどの時制があります。ギリシャ語の名詞・形容詞などはこのように変化形が無数に存在するので、大体一単語に数百もの曲用があると言われています。恐ろしい数です。
曲用は確かにめちゃくちゃ記憶の負担になりますし、部外者からすれば到底覚えられるものではありません。しかしながら言語は無駄なものを作るはずがありませんので、これにも理由があるのでしょう。私は、これほどまで細かく曲用する理由は「文意の明瞭化」にあると考えます。
考えてみれば、私たちの用いる日本語には助詞があります。「影が、影を、影に、影によって、影よ」など。結局はこの助詞が名詞そのものと合体しているのが曲用と考えてしまってもいいと思います。このことから、曲用の持つ役割は、日本語の文章から助詞を取ってみるとわかるでしょう。その時に感じた「文意の不足感」が、だいたい曲用の持つ役割です。
・昨日、公園□私□拾った大きな石□、今□家□庭□ある。
古代ギリシャ語から曲用を無くしたら、おおよそこんな感じだと思います。
〈ファンタジー応用〉
さて、長ったらしい説明がありましたが、実際曲用はどのように応用できるでしょうか。私はその複雑さに注目して、「言語の難しさ」として用いるのがいいと感じています。例えば現代魔法に強いエルフたちの言語、エルフ語には曲用があるため習得が難しく、エルフ族以外はあまり魔法が得意ではないとか。
あるいは現代とは体系の異なる強力な「古魔法」を習得するには古代語の経典を読み解かなければならないが、その古代語には複雑な曲用があって一般の人々は読むことすらできないとか。
姉妹作「ファンタジー世界構築ガイド」の魔法の項でも書いたことですが
(https://kakuyomu.jp/works/1177354054885065186/episodes/1177354054885145974)、魔法をあらゆる人に使われると困ったことになる可能性もあります。また古代魔法とかはロマンがありますし物語をより濃厚にさせる良い要素なのですが、強力過ぎる故やはり扱いに困ります。なので、私はそういった問題を解消するのに、曲用を持つ言語が活用できるのではないかと思ったわけです。
〈まとめ〉
応用編なので、今回もなかなか「そのままファンタジーに導入!」とはいかない内容でした。でも、全くファンタジー世界に生かせないような内容だとしても、曲用と言うものがあるという知識さえ持っていれば、必ずどこかで役立つはずです。
ちなみに曲用があると言った三つの言語がありますが、古代ギリシャ語はもう数千年前に使われていた言語ですし、ラテン語はもはや死語です。サンスクリット語も二千年ほど前に使われていましたが、その時代でさえ雅語であって、一般民衆は読み書きもできなければ理解もできなかったでしょう。私の憶測ですが、曲用のあった言語はその煩雑さのため今では少なくなっているか、あるいは曲用があっても昔よりは簡略化されていると思われます。結局記憶には負担で日常使いにはややこしすぎたのでしょうか。
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