言語変化Ⅲ -時代による変化


〈言語は必ず変化する〉

 諸行無常という言葉がある通り、この世の万物は必ず変化していきます。そして当然その中には、概念的なものである言語も含まれてきます。考えてみれば私たちは義務教育で古典を学んでいるので、日本語の変化はよく味わっているはずです。またシェークスピアの作品を原文で読んだことがある方ならば、英語も随分変化しているなあと実感されているでしょう。

 もっと身近なところで言えば、今の若者と八十代の高齢者が同じ話し方をするでしょうか? たった半世紀そこらでこんなにも言葉が変わっているのです。それほど言語は変わりやすい物なのですが、ではファンタジー世界にもこの時間による言語変化という概念を導入すべきなのか否かというのが今回の主題です。

 前置きが長くなってしまいましたが、私の考えから言えば、(導入)した方が当然ファンタジー世界に色が出ます。しかしただでさえ考えることが多く複雑な言語に、これ以上時間を費やすのも難しいのが実情でしょう。ですので折衷案として、いくつかの「昔とくらべて変化した要素」を作中にさらっと登場させるくらいで十分でしょう。以下、どのような変化をさせればいいか、考えてみます。



〈日本の例から〉

 少し前のテレビでは、どこぞのお偉いさんやよくわからないエッセイストなどが「若者の言葉の乱れ」を嘆いていたものです。その中でも特に象徴的なのは「ら抜き言葉」ではないでしょうか。実際のところら抜き言葉は昭和初期から観測されている息の長い「変化」ですし、助動詞レル・ラレルは受け身、可能、使役、尊敬と四つも用法があって理解しにくい点がありました。そういう点から見れば合理的な変化です。(ら抜き言葉について詳しくはコチラ: https://kakuyomu.jp/works/1177354054913341654/episodes/1177354054913342094)

 またもっと時代をさかのぼっていくと、古典の時代、日本語には「係り結び」がありました。係助詞と言う特殊な助詞が文中に出てきたら、それに呼応して文末の語が連体形や已然形になり、意味が強調されたりする文法ですね。今は無い特殊な表現で私は面白いと思いますが、おそらく文意を強調させるためだけの助詞が何個もある+文末が例外的な形で終わるという二点が煩雑だったために、時代の波にもまれて消えていったと推測されます。

 さらに発音の面でも、実は「ハ行」音はその昔、平安時代ごろは全てが両唇摩擦音、つまり「F」の音だったと推測されています。現在の発音ではなぜか「ふ」のみがこのF音を継承しています。またこれは憶測の域を出ない説ではありますが(それでいてほぼ定説となっています)、それより前は「P」の音だったとも言われています。詳しくは上田萬年『P音考』を参照してください。


 今はまだ例を三つしか上げていませんが、時代と共に変化する要素が何だか、少しずつわかってきませんでしょうか。ズバリ、簡素化・合理化です。もちろん何でもかんでも合理化していくわけではありませんし、いまだに煩雑と思われる文法は日本語のみならず世界中の言語に存在します。それでも、助動詞レル・ラレルが同じ形で四つも意味を持っていることとか、専用の助動詞がある「係り結び」とかは時の流れが変化させていきました。また両唇を激しく使う音だった「ハ行」はより唇に力を込めない発音に進化していますね。

 ほかに考えられるのは、その言葉が示すモノ自体が無くなれば当然言葉もなくなりますし、また複雑な文法規則が伝えられれば、いつしか間違いが正しい文法になっていくでしょう。

 まとめると、時代による言語変化の要素の内考えやすいのは①合理化、②消滅、③誤解 です。もし応用するのなら、ひとまずこの三点から挑戦してみてください。



〈ファンタジーへの応用〉

 ①を活用するためには、まずその言語に「煩雑な文法体系」がなければなりませんね。その文法まで考えなくてもいいとは思いますが、例えばどんな規則が煩雑で、どう簡略化されていったかという流れは考えてください。ありそうなのは、古代語に活用がいくつもあって面倒だったために活用が数種類に減ったとかですね。例えばそうした長年の言語変化によって解読不明となった言語で書かれたある古文書があるとしましょう。それを解読すれば魔法体系がより解明され、もっと強力な魔法を得られるということになれば、あらゆる国や魔法の研究者が一斉に古代言語の解読にいそしむことでしょう。

 ②は、わざわざこれが時代による言語変化であるという説明がもういらない場合も多そうですね。古代文明が作り上げた遺跡とかよくわからないアイテムなんか完全にこれですが、そんな説明はしないほうが読者にも作者にも合理的です。なので、もしこれを使う場合はそれを示す通称があって、「昔はこう呼ばれていたらしい」みたいな地の文のアクセントとして使うのが良いでしょう。

 ③は、今の敬語なんかが当てはまりますが、これについてはあまり妥当な例が思いつきません。ただ、知識として把握しておいて損は無いでしょうから、無駄とは思いわないでいただきたいですお願いします。


 まとめると、時代による言語変化を作中のギミックとして使用する場合に最も使い勝手が良いものは、やはり煩雑な文法体系の簡素化でしょうね。これについてはまた応用編の「古代語を作る」などで似たようなことを話しているので、そちらも合わせて参考にしてください。





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