天国のハッチへ

黒須

天国のハッチへ

 君がうちにきたのはいつだったかな?

 最近のことなのに覚えてないや。

 だけど初めて見た時のことは覚えてるよ。


 あれは雨の降ってる夜──ママに聞いたら9月1日だったって──ご飯を食べて車でタバコを吸ってた時だったよ。

 すぐ近くで猫の鳴き声がして、車の下から聞こえる気がしたから覗いてみたら雨宿りをしている君がいたね。


 白黒で八割れの小さな君。

 覗き込んでも逃げるわけでなくニャーニャー鳴いて……心細くてお母さんを呼んでいたのかな?

 猫が好きで好きでたまらなくて、もう5匹も飼ってるのに子猫がほしいって言ってたママを呼んだらすぐにきて君を捕まえようとしたよね。

 俺はね、別に猫好きでもないからもう増やさなくていいだろっていつもママに言ってたけど、保護して里親を探すくらいならいいかなって、猫を見つけたらいつもママに教えてあげてるんだ。

 だからあの時に君が怖い想いをしたのは俺のせい──ごめんね。


 あの時に逃げた君が本当の意味でうちにきたのは次の日だったよね。 色んな意味でびっくりしたよ。

 昨日の今日で早すぎたし、何よりまた会った場所がね。


 お出掛けするママを車で駅まで送って──駅に向かいながらママは前の日に見た君のことをずっと心配してたよ。

 君がそばにいるなんて知らずにさ。

 もちろん俺だって気付かなかったよ。 ママを駅で下ろして、すぐに車を停めてタバコを吸ってさ、やけに近くで君の声が聞こえるまでね。


 本当にびっくりしたよ──まさかと思ってボンネットを開けたらエンジンルームに君がちょこんと座ってたんだから。

 慌てて捕まえて車に入れてママに連絡。

 本当はね、家まで連れ帰ったらそのまま離そうと思ってたんだ。 君にもお母さんがいるだろうし。

 でもね、俺はママには甘いから連絡しちゃった。

 当然だけどママは君を保護するって。

 家に着いたら他の猫もいるし病気が心配だから使ってない小屋に君を入れる準備。

 猫好きはママなのに何で俺がって感じだったけど。

 準備してママに写真を送って──君がきてくれて本当に嬉しそうだったよ。

 帰ってきたママは君を見てまたさらに嬉しそうだった。


 次の日には病院に連れていって、先生がびっくりしてたってママに聞いたよ。

 本当に君は野良だったのかな?

 家にきたばかりなのにこんなに甘える野良ちゃんは初めて見るって先生に言われるくらいにママに甘えてた君。

 そんな君にデレデレなママを見てさ、里親探しをする気はないなって諦めたよ。

 結局、君はそのままうちの子になったね。


 元気いっぱいに暴れまわる君。 俺もママも大変だったよ。

 君はじゃれてるつもりだったんだろうけど結構痛いんだから。 布団で寝てたら布団の上から足に飛び付いて攻撃してきたりさ。

 前からいた猫たちもそんな君に戸惑ってなかなか一緒にはできなかったね。──最近は仲良くなってたのにな。


 ヤンチャな君だけどとっても甘えんぼで、ママにもあーちゃんにもよく甘えてたね。 もちろん俺にも。

 ママもあーちゃんも大喜びで、君のことを本当に大好きだったよ。

 本当に人懐っこくて、甘えん坊で、そんな君のことがすごく大好きだった。


 11月に入って、俺がずっと夜勤続きでさ、昼頃帰って見る君は大人しく寝てたね。

 少し大人になってきたのかなって、最初はそう思ったよ。

 次の日もその次の日も、君はお気に入りのビーズクッションの上で寝てて、その時は何とも思わなかったんだ。


 4日目だったかな。 久しぶりの休みの日、夜に君を見るまで俺は気付かなかったんだ。 君が夜もそうやって寝てることに。

 最近、君が大人しいねってママに話をして、昼も夜もずっとこうなんだって聞いて、それで初めておかしいなって。

 撫でながら声をかけて、開いた目は妙に虚ろで、見えてないんじゃって思うくらい。

 夜だったし明日、病院に連れてくようママに言ったら診療時間を調べてそのまま病院に。

 腹水が溜まってるから調べるって先生が言って、腹水を調べてる間、待合室で君とママと待ってて──先生がポツリと言った病名と怖い話になるかもって言葉にすぐに調べてみたよ。


──伝染性腹膜炎

──難治性

──有効な治療法も治験中で日本では治療は難しい



──致死率99%



 何でこんなことになっちゃったんだろうって、本当にそう思ったよ。


 その後は治った猫ちゃんたちがどんなことをしてたのかネットで調べて、君が食べやすいものを色々買ってきて、何とか君に元気になってもらおうとママはがんばったんだよ?

 ママは君のことが大好きだったから。

 でもダメだったね。──君はもう食べるのもつらくてほとんど食べてくれなくて……ママもムリヤリ食べさせるのが可哀想でつらくてさ。


──さらに苦しめるようなことをしたくない。


 ムリヤリでも食べさせて元気になってくれるならママは君が苦しんでも食べさせてたよ。

 でもね、君はもう無理なんだって、調べて分かっちゃってたんだ。

 だから、余計に苦しませずに少しでも穏やかに旅出させてあげたいって。


 何が正解だったのかな?

 ムリヤリにでも食べさせたら快復してたのかも知れないし、ただ苦しめるだけだったかも知れない。

 みんな思うことで、俺もママもやっぱり考えちゃうよ。


 ママは覚悟を決めてからずっと君のそばにいたよね。

 寝る時は当然、昼間もどうしても何かしなくちゃいけない時以外はずっと、布団を敷いて君の隣に。

 君に話しかけて、優しく撫でて、少しでも君が穏やかでいられるように。

 ママの気持ちはきっと君に伝わってたよね?

 君が旅立つ前の夜、寝る時に君がすごく甘えてくるって嬉しそうに言ってたよ。

 君ももうママと一緒に寝れるのはこれが最後だって分かって、ママにありがとう、大好きだよって、がんばって伝えてたんだよね?


 2018年11月14日──君がうちにきてからたったの2ヶ月半。 本当に短い時間。

 生後6ヶ月も迎えずに君は天国に行っちゃったね。

 うちにきて幸せだった?

 ママとあーちゃんはいい家族だったよね?

 あれだけなついてたんだからいい家族と思ってくれてたって、勝手に確信してもいいかな?


 そっちはどうかな?

 もう苦しくないよね?

 元気に遊び回って美味しいものを食べてるかな?

 幸せで、でもママやあーちゃんがいなくてさみしいって思ってくれてるならうれしいな。


 ママはね、君に会えなくなったのが寂しくて悲しくて泣いてるよ。

 ワーウワーウって、君があの変わった鳴き声でひょっこり出てくる気がするって。

 小さな骨になって器に入れられて、もう撫でさせてもらうこともできないって。

 あーちゃんもね、学校を休むくらいに悲しくて仕方ないみたい。

 そして俺も、こうして手紙を書きながら涙が止まらないよ。

 君は家族だったんだから。

 もしお願いできるなら、ママとあーちゃんには夢でもいいから会いに行ってあげてほしいな。 夢の中でも前みたいに甘えてあげてほしい。

 甘えてほしいし甘えさせてあげてほしい。


 ミント、ショコラ、キウイ──君の知らない先にそっちに行っちゃったうちの家族──君のお兄ちゃんお姉ちゃん。

 たくさん遊んでもらって仲良くしてね。


 キャラメル、クロ、マーブル、スター、おひげ──君の知ってるお兄ちゃんお姉ちゃん。

 みんなもいつかそっちに行くから──その時は君の方が先輩なんだから色々教えてあげてね。


 そして、まだまだ先だけどママやあーちゃん、当然俺もそっちに行くよ。

 それに、君が知らない、これから先にうちの家族になるかも知れない弟や妹もひょっとしたらね。

 そうしたらまた、ママやあーちゃんは君のことを可愛がるから、君もいっぱい甘えてね。

 短い時間だったけど、君は間違いなく大切なうちの家族だったんだから。


 俺の車の下にいたこと、ママの車のエンジンルームにいたこと──君がうちを選んで、うちの家族になるためにきてくれたんだって思ってるよ。

 うちにきてくれて、家族になってくれて、みんなのことを好きになってくれて、本当にありがとう。

 家族みんなで、君もまた一緒に暮らせるまで、君がそっちで幸せでいることを祈ってるよ。


大切な家族、ハッチへ

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天国のハッチへ 黒須 @xian9301

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