第13話 愚かなるは何れか
特に声量を落としはしなかったため、俺たち二人のやり取りは全て本人の耳に届いていた。
「よぉ、誰が三流だって?」
いつの間にか人間に戻っていた男の顔は、薄ら笑いを浮かべた余裕綽々の表情。
己の技に絶対の自信を持っているらしく、種明かしをされても一切の焦りを見せない。
「何というか、あいつらしいな……」
ランダルさんが顎をさすりつつ、呆れたようにぼやく。
技といっても、おそらく鍛錬の末に編み出されたものではなく、人外に成り果てた際に自然と身につけたものだろう。
……安全圏から一方的に攻撃するという、冒険とは対極にある精神性の発露だ。
「……まぁ何にせよ、もう打てる手はないですね」
無論、正確にはもう一つだけ手が残っているが、そちらは念のため口外しない。
俺たちの切り札、チャーリー謹製の「連鎖反応式『適応因子』爆弾」だ。
……とはいえ、先ほど俺が投擲の構えを見せた際、やつはやや過剰と思える反応を示していた。
この切り札の存在は、ある程度気取られていると踏んだほうがいいだろう。
「ロディならともかく、お前が相棒ではなぁ……まぁ俺がやるだけやってみるから、お前は何処かで休んでいろ」
その言葉に反して、ランダルさんが出したのは『引き続き、お前に任せる』の合図。
自分一人が注意を引き付けている間に、上手く爆弾を食らわせる策を捻り出せ……ということか。
警戒しているであろう相手を、半ば露見した罠に嵌めろとは随分難儀な話だが……起爆役を務められるのは俺だけなので、何とかするより仕方がない。
「……すみません、そうさせてもらいます」
俺たちは互いに拳を翳し合い、戦いは新たな局面に入った。
◇
ランダルさんが一人で持ち堪えられそうなのを見届けたあと、俺は戦場から離れて建物の陰に身を隠した。
そして、石畳に背嚢の中身をぶち撒けて……がりがりと頭を掻き毟る。
「参ったな……」
爆弾の仕掛け方については、もちろん事前にいくつか考えてはいた。
しかし、どの手も基本的には相手を怯ませるなり弱らせるなりするのを前提としたもので、ここまでの状況は想定していなかった。
「どうする……」
持てる手札のうち、やつの脅威となるのは懐に収めた爆弾のみ。
一応広げてみた荷物の中にも、状況を覆すような都合の良い物など存在しない。
当然、駆け引き云々は成立し得ず、今求められる策とはハッタリの類。
「…………」
石造りの壁に背を預け、偽りの空を仰いで思索を巡らせる。
経験豊富なロディさんならば、たとえ『呪術破り』がなくとも何か良策を捻り出すだろう。
しかし、経験が及ばぬ俺では、あの人の思考を辿ることなど出来ない。
同じく経験豊富なテレンスならば、何か悪辣な手を思いつきそうな気もするし……相打ち覚悟の大博打を選択しそうな気もする。
いずれにせよ、地力に劣る俺が真似をするのは利口とは言えないだろう。
「ダナなら……」
瞼の裏に思い描くは、いつもの小憎たらしい笑顔。
あいつもそれなりに頭は切れるほうだが、その知恵はしょうもない悪戯にしか使いやがらない。
信頼していると言えば聞こえはいいが、頭を悩ます面倒事は常に相棒へと丸投げするのは如何なものか……
「…………!」
仕掛けられた悪戯を思い返すうちにふと閃いたのは、策と呼ぶのも烏滸がましい、実に馬鹿げた悪ふざけ。
こんな下らない手に命運を託すのはどうかと思うが……あの羊男になら、意外と『刺さる』かもしれない。
「…………やるしかない、か」
この一手に必要な物は、多少の仕込みと開き直りとも言える度胸だけだ。
……俺は暑苦しいおっさんと心中するわけにはいかない。
腹を括った俺は、一世一代の悪ふざけの準備に取り掛かった。
◇
その暑苦しいおっさんの技量は凄まじく、俺が仕込みを終えたときには羊男を噴水の傍まで誘導してくれていた。
策に応じて移動しやすいように街の中心を選んだのだろうが、大通りが十字に伸びるこの場所こそが奇しくも絶好の位置取りだ。
「おい、何しに来やがった?!」
悪態をつくランダルの背中からは、どこか安堵の様子が窺える。
目立った怪我はないようだが、得物を打ち合わせることすら叶わない相手と対峙するのは神経を擦り減らしたらしい。
「……へっ」
ピッチフォークを一薙ぎして間合いを取った羊男は、こちらに視線を向けぬまま鼻で笑う。
何でもないような素振りをしていても、俺の動きに気を配っているのは明らか。
むしろ、逆に罠に嵌めてやろうとうずうずしていやがるように見える。
……いいだろう、後で思いっきり吠え面をかかせてやる。
「ランダルさん、やっぱり俺も手伝います!」
背嚢を足元に投げ捨てて、悲壮な覚悟を固めた演技。
あまりにも白々しく、どちらも信じちゃいないだろうが……このまま打ち合わせ抜きで強引に流れを作る。
「……ちっ、勝手にしろ!」
その意を汲んだランダルさんは、余力を振り絞って一気に回転を上げる。
打ち払われることを前提にした軽い突きの嵐。ときおり織り交ぜられる強撃は悉く急所を目掛けており、羊男の技量では攻め手を繰り出せない。
……『不可侵』と再生能力により致命傷を負わせることは出来ないのだが、どうやら痛いのは嫌らしい。
「くそっ、面倒くせぇ!」
羊男は悪態をつく以上のことは出来ず、防戦一方のまま円形広場の反対側へと押し込まれていく。
そして、ランダルさんが上手く位置取りを変えて羊男の背をこちらに向けさせたときを見計らい、俺は地面の背嚢から一枚めの札を取り出した。
「食らえやっ!」
四肢の『呪式強化』を全開にして放った渾身の投擲。
噴水の彫刻を掠めたそれは、空を切り裂き一直線に羊男の後頭部へと向かうが……
「馬鹿が!」
鋭く反応してこちらに向き直った羊男がピッチフォークを一閃。
得物までをも覆う『不可侵』の呪術は、投じられた物体を打ち返すのではなく木っ端微塵に粉砕してしまった。
「お前が何か狙っているのは見え見え……」
降り注ぐ土埃の中で勝ち誇った羊男の台詞が、虚しくも尻すぼみに消えていく。
それもそのはず。俺が投げたのは、さっき拾ってきた只の瓦礫の欠片だ。
やつは散々に俺を舐めているようだが、もちろん俺はやつを舐めてなどいない。
たとえ背後からだろうが、いくら速かろうが、馬鹿正直にぶん投げて当てられるほど楽な相手だなんて当然考えていないのだ。
……そんな事より、早くやつに忠告してやらねば。
「おい、余所見しててもいいのかよ?」
歯軋りをして立ち尽くす羊男の尻のど真ん中に、ランダルさん渾身の『螺旋突き』が吸い込まれた。
◇
「…………」
そんな下らない札を何度となく切るうちに、羊男の罵倒の台詞は尽き果てた。
俺が瓦礫しか投げて来ないのを見て、一旦はこちらを無視する方針に切り替えやがったが、そこからは予め布で包んでおいた瓦礫をぶん投げている。
やつの動体視力を以ってしても即座に中身を判別することはできず、虚仮威しだと分かりつつも対処するしかない。
結果、やつの注意は分散し、疲労の色が見え始めたランダルさんとの間で均衡する状況が出来上がった。
「…………」
ランダルさんの視線は『まさか、それで終わりじゃないよな?』と言っているが、もちろん俺はそこまで愚かではない。
ランダルさんの視線は『まさか、俺ごと爆破する気じゃないよな?』とも言っているが、もちろん俺はそんな恩知らずではない。
あの人も随分と焦れてきているようだが、先に痺れを切らすとすれば、当然……
「あぁもう、うぜぇ!やっぱりお前からだ!」
羊男が前蹴りでランダルさんを吹き飛ばし、ピッチフォークを逆手に持って大跳躍。
強引な動きの隙を突かれて腹部の守りを抜かれたようだが、それでも怯まず高々と宙を舞う。
「やっと来やがったか!」
無為な投擲を繰り返していたのは、正にこの展開のため。爆弾を見せ札にして、ランダルさんを支援するのが目的ではない。
俺はすかさず次の一手を展開し、素早く前方に退避する。
「おい、またこれかよ!」
先ほどまで立っていた場所に残してきたのは、向こうが見通せないほどに濃密な紫色の霧。
大量の魔力を注ぎ込んだ青靄の幻影と、吸えば腹を下す呪いの血霧の混合物だ。
もちろん、開けた場所なので長い時間は維持できないし、やつの動きなら直ぐに脱出可能ではあるのだが……
「ランダルさん、残り三十秒です!」
霧が薄まり、徐々に露わになる石畳の上には、離脱の間際にぶち撒けた布包みが二十個ほど。
……さぁ、お前ならどうする?
◇
そのままランダルさんと合流し、円形広場から退避して全速力で大通りを駆けるが……羊男は追って来ない。
「おい、イネス!知恵者を気取っているようだが、所詮はこの程度かよ!」
……どうやら、早くも爆弾を見つけ出されてしまったらしい。
肩越しに後ろの様子を見れば、羊男は布包みの一つを片手でぽんぽんと弄んでいる。
「お前に任せた手前、あまり文句は言いたくないんだが……」
並走するランダルさんは、足を止めぬまま大仰な仕草で項垂れる。
事前の打ち合わせも無しにこんな馬鹿馬鹿しい策に付き合わせて申し訳なく思うが、今さら悠長に弁明するわけにはいかない。
「十八、十七……」
羊男は残り時間を数えつつ、大通りの入口でほくそ笑んでいる。
やつの投擲の腕前は知らないが、見通しの良い此処ならば外すことはないだろう。
射程についても、やつの膂力ならば街の端まで届くかもしれない。
せめてもの抵抗として、ランダルさんが脇道に逃げ込もうとするが……俺はその袖を引いて直線の大通りに留めた。
「お前、まさか……」
今の行為で策の全容に気づいたらしいランダルさんは、驚きと呆れと笑いの入り混じった何とも複雑な表情を浮かべる。
俺としても、やつになら『刺さる』とは考えていたが……此処まで容易く綺麗に決まるとは思っていなかった。
「この場面でそんな手を打つとは……お前、中々いかれてるぞ?」
我ながら、それには完全に同意する。
もっと余裕があれば、もう少しマシな策を捻り出せたかもしれないが……俺は所詮この程度の愚か者だ。
しかし……
「頭が悪いうえに根性もねえ。逃げる時間を稼ぎたかったんだろうが……」
その些か長過ぎる残り時間に疑問を抱かないあいつは、案の定、俺を遥かに上回る愚かさだった。
……そして、羊男が五を数えた瞬間。
手の内で弄ばれていた俺たちの切り札が炸裂し、記憶の世界に破滅の風が撒き散らされた。
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