第6話 登場そして開演

 劇場内には他に目ぼしいものがないのを確認したあと、予定どおりロディさんは地上に戻って行った。


 彼が帰還するまで、残った俺たちは舞台上で待機。

 見通しが良く、守りに適しているため選んだ場所なのだが……


「おっ!ここも確か未発見だったな」


「ここが『孤島の遺跡』だけど……へぇ、大昔は陸続きだったんだ」


 頭上にお宝が浮かんでいれば当然それに気を取られてしまい、周囲の警戒は主に俺とセレステが担っている状況。

 ……まぁ手は足りているので構わないのだが。


 あのお宝は後でじっくり拝見するとして、俺は最近よく口に上る話題をセレステにも振ってみることにした。


「そういえば、どうしてまだ冒険者から足を洗っていないんだ?」


 こいつは姫様の食客となり、魔術指導や諜報活動などで十分な報酬を得ているはず。

 にもかかわらず、都合がつく時にはおっさん連中の冒険に同行していたと聞いている。


 あまりこいつらしくない行動だと疑問に思っていたのだが、まさか……


「ちょっと、そんな爛れた関係にはなっていないわよ!いくら私でも、そこまではやらないわ」


 途中まではやってそうな口振りだが……まぁ深くは聞くまい。

 それで理由は?と目で問うと、セレステは珍しく恥じらいを見せながら答えた。


「格好をつけて言うのなら……『刺激を求めて』ね。のんびり優雅に暮らすつもりだったんだけど、どうにも私は『冒険者』だったらしいわ」


 ……やっぱりそうか。こいつが言い出すのは意外ではあったが、気持ち自体は分からなくもない。


「それなら、この件が片付いたら俺たちも誘っていいか?さすがに、二人では行ける場所が限られていてな……」


 辺境には環境的に腕っ節だけではどうにもならない場所も多く、出来ればセレステのような本職の術師も欲しいところ。

 何処に行くとも何をするとも決めてはいないが、唾だけは付けさせてもらっておく。


「もちろん、構わないわよ。アリサもテオ君も冒険者に復帰したいみたいだし、一緒に……あぁ、そうなるとクライド君も仲間外れは可哀想よね」


 ……そんな具合に各々が時が過ぎるのを待っていると、唐突に呑気な声が響き渡った。


     ◇


 多少の気の緩みがあったとはいえ、警戒に死角はなかった。

 しかし、声を発せられて初めてその存在に気づいた。


「悪い悪い、遅くなったな」


 一瞬、ロディさんが帰って来たのかと思うも……すぐに彼の声ではない事に気づき、ぶわりと冷や汗が噴き出す。


「貴賓席よ!」


 焦燥が滲むセレステの声に従って視線を向ければ、そこに立っていたのは……


「……は?」


 見知った顔ではある……が、名前は知らない。

 『羊の街』で雇われた飲んだくれ冒険者の一人、小太りの男。

 ありえない人物のありえない場所への登場に、混乱した思考がそのまま停止する。


 全員が同じように固まってしまう中……いち早く、テレンスだけは立ち直った。


「よぉ、途中でロディとすれ違わなかったか?」


 呑気に応じる言葉の途中で抜刀。そして、即座に火術を行使。

 速度も威力も十分な炎の槍が構築され、観客席最上段へと一直線に飛翔する。


「っ!散開だ!」


 暫定リーダーの俺は、ここで遅ればせながらの指示を出す。

 その切迫した響きにより何とか混乱から脱し、他の面々も舞台前のスペースに飛び降りて態勢を整えた。


 依然として状況は把握できていないが……唯一確かなのは、あいつが普通のおっさんではないということ。

 つまり、当然……


「……だよな」


 上半身が炎に包まれようとも、小太り男は倒れない。

 慌てたように手で叩いて火を消そうとしているが、さして熱さは感じていない様子。


 ……追撃を畳み掛けたところで、あっさり仕留められそうにはないな。


 俺は待機の指示を出し、謎の賓客の出方を窺うこととした。


     ◇


 テレンスが放った炎が搔き消えると同時に、謎の正体もすぐさま明らかとなる。


「……ようやく、主賓のご登場ね」


 自身の風術による警戒を容易く破られたセレステに、口にした軽口ほどの余裕はない。


 燃え尽きた衣服の内側から現れた、くるくるとカールした獣毛。その上に載っかっているのは、当然……羊の頭部。


「お前ら、無茶苦茶だな!ちょっとは躊躇してもいいだろうが」


 羊の口から発せられる声に怒りの色はなく、すぐに応戦するつもりはない様子。

 俺は引き続き待機の指示を出す。


「自己紹介は……いらんよな。どうせ本名も知らねえだろ?見てのとおり、俺がお前らの言うところの『羊男』だ」


 ここ最近、あいつと同じ屋根の下で寝起きしていたかと思うと戦慄を禁じ得ないが……今さら言ったところでどうしようもない。


 余計な思考を追い出して、今この場でどう行動するかに意識を傾ける。


「何なんだ、お前は!一体、何がしたいんだ?」


 ランダルさんが貴賓席の正面に立ち、大声で問いかける。

 ……背中に隠した手での合図は、気を引いている間に態勢を整えろということか。


「何……と言われてもな。こういうもんだとしか言いようがねえ。この遺跡の奥にあった変な物を食ったら、こんなになっちまったんだよ」


 テレンスとセレステには、左右に開くように指示。

 開戦と同時に交差射撃を放てるよう備えさせる。


「あぁ、心配ねえぞ。お前らが食ってた肉やら何やらじゃなくて、もっと奥にあった粉みたいなやつだ。当時は遺跡の機能も休止してたから、俺程度の腕前でも奥まで行けたんだよ」


 この遺跡への入口は完全に土に埋もれており、俺たち未発見だと見做していた。


 ……あいつの言う当時とは、果たしてどれくらい昔のことなのか。

 ……元々はまともな人間だったようだが、一体いつから生きているのか。


 ぼろぼろ出てくる情報への興味を断ち切り、ダナをセレステの護衛に回らせる。


「何がしたいのか……っていうのも、答えに困るな。俺はな、胸躍る『冒険譚』に憧れているんだよ。だから、今回もお前らの冒険を間近で見られれば満足だったんだが……」


 俺はランダルさんの少し後ろで『呪式強化』を全開にし、何処へでも支援に入れるよう備える。

 ……一応それなりに態勢を整えてはみたが、こんな程度で対応できるのか?


「それが、いきなり遺跡をぶち壊して最深部に突入だろ?もうちょっと経ってから下への道を開いてやるつもりだったんだが……全く、腰を抜かしたぜ。途中の階層に用意してあった関門もお宝も、全部台無しだ」


 ランダルさんに準備完了の合図を出す。

 仕掛けるタイミングは、彼に一任。俺は細く息を吐き、その瞬間に備える。


「しかし、まぁ……ここに来てくれたのは丁度良かったな。とりあえず、これで時間を稼がせてもらうぜ」


 不意に『羊男』が俯き、貴賓席の死角で何かを操作した。


     ◇


 ランダルさんの手から投槍が放たれる寸前、擂り鉢状の野外劇場に満ち溢れたのは……見覚えがあり過ぎる乳白色の粒子。


「おいおい、まじかよ?!」


 それは、つい先ほど目の当たりにしたチャーリーの爆弾による崩壊現象の前兆と同じ。

 切り札として、あるいは見せ札として持たされてはいても、対処方法なんて聞いていないぞ……!?


「いやいや、これはそんな物騒なやつじゃなくて……何というか、もっと面白いやつだ。いきなりお前らを消し飛ばしたところで、べつに盛り上がらんだろうが」


 人間性を保ったままに破綻した人格。

 長き時を過ごすうちに壊れてしまったんだろうが……やつの意図を理解しようとする努力は、完全に放棄する。


 ともかく、即全滅というわけではなくても、この異常な状況を座視するわけにはいかない。

 指示を出すまでもなく、テレンスとセレステが影響圏からの脱出を試みているが……


「駄目だ、障壁に囲まれている!」


「上も同じよ!」


 外への通路も頭上の開口部も塞がれ、俺は止む無く全員に密集を呼びかける。

 ……くそ、あいつが現れた瞬間に即時撤退の判断を下すべきだったか。


 俺が何を思って歯噛みしようが、事態は無情に進行していく。


「……イネス、これ?!」


 ダナがこちらに向けたちっこい手のひらが……徐々に透け始めている。

 他の面々のほうも見回せば、同じく身体の末端から背景が透過しつつある。


 もちろん、俺の身体も同じ。痛みなどはないが……何だこれは?!


「俺も仕組みはよく分かっちゃいないんだがな。こいつで場を繋いでいる間に、お前らをどうするか考えさせてもらうぜ」


 透ける範囲は身体の中心に向かって拡がっていき、完全に消失した部位からは感覚すらも失われる。

 テレンスが放った魔術は『羊男』に到達する前に火勢を失い搔き消えて、テレンス本人も消失する。


「…………」


 ランダルさんの喚き声が消失し、ランダルさんが消失する。


「これはまた、随分と刺激的ね」


 肩を竦めたセレステが消失する。


「イネス!」


 握り合おうとした手がすり抜けて、ダナが消失する。


「…………」


 そして……『羊男』を睨み据えていた俺の視界が、真っ白に染まった。

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