第4話 おざなりな歓迎

「これで……終いだ!」


 熱で歪んだ装甲の隙間から差し込まれ穂先が、最後の一体を沈黙させる。

 ……囮役では我慢できなかったらしく、いつの間にかランダルさんとテレンスも攻め手に回っていたのだ。


 そして、ロディさんが警戒を促していた人形どもの増援は……


「……来ないのか」


 あの大扉の裏には人形どもが整列しているとの見立てだったが、どれだけ劣勢になってもそいつらが雪崩れ込んで来ることはなかった。


 増援を逆に押し返して、扉の向こう側に滑り込む算段だったのだが……当てが外れてしまった。


「意図は分からんが……せっかくだから、少し休ませてもらおうか」


 第一陣を壊滅させたことで、大扉前の防壁群はもはや俺たちの陣地だ。

 状況的に奇襲の心配もなさそうなので、俺たちは一息つくことにした。


     ◇


「何というか……妙に温いな。人形自体はそれなりに強かったが、絶え間なく投入してくるわけでもないし、罠や砲台の類も設置されてねえ」


 遺跡中枢に挑んだ経験のあるテレンスは、手強さ以前に殺意の低さが気にかかるらしい。

 あんな物騒なのを相手に何を言っていやがる……とも思うが、たしかに絶対に侵入を許さないというほどの意志は感じなかった。


「これで防衛機構がまともに動いているとすれば……遊んでいやがるわけか」


 ランダルさんが大扉に向かって苛立たし気に吐き捨てる。

 意思なき防衛機構がふざけるはずもなく、そんな遊び心があるとすれば……


「……つまり、遺跡の管理者は『羊男』ってことですか」


 以前に遭遇した際の意味不明な行動。赤黒い液体でモリス君や騎士たち人獣に変えただけで、誰にも止めを刺すことなく去って行った。

 やつがどういう存在なのかは分からないが……何となく、あのときの印象と今の状況は似ているような気がする。


「どういうつもりなのかは直接聞いてみるしかないわね。言葉が通じるのかは知らないけど」


 セレステの言うとおり、情報がない現段階では何とも判断できない。


 この流れでいきなり必殺の陣を敷いてくるとも思えないが、さりとて最後まで温い対応をしてくれるとも思えない。

 ……何が起きてもいいように、腹だけは括っておくべきだろう。


「さて、それで当面の問題はあの大扉なわけだが……」


 あの手の大扉は「意志」とやらを切断してもすぐに復元されるらしく、ロディさんでも無理矢理に破ることは出来ない。

 また、周囲をざっと探ってみても、この扉には腕輪の『鍵』が反応する機構は見当たらない。


 もちろん俺の手の内には、強引にこじ開ける手段があるのだが……


「……よし」


 ちょうどいい機会なので、俺はチャーリーに託された諸々を打ち明けることにした。


     ◇


 押し付けられた重荷を抱え込み続けるのも馬鹿馬鹿しいので、やつの『水源』についての予想やその社会的影響についても包み隠さず全部ぶち撒ける。

 ……やつが信頼する俺に託すというのなら、俺も信頼する先輩方に託すまでだ。


 一通りの話を聞き終えた面々の反応は……実に淡白だった。


「金に換えられないお宝なんて、どうでもいいとしか言いようがねえ。それが厄介事の種になるっていうんなら、ぶち壊すしかないんじゃねえか?」


 どちらかと言えば浪漫より金のランダルさんは、ほじくった耳垢と一緒に俺の苦悩を吹き飛ばす。


「それより、何でその爆弾をもっと作らせなかったんだよ?罷り間違って何処かの誰かが消し飛ぼうが、俺たちの知ったことかよ」


 最前線に挑む予定のテレンスは、専ら爆弾の性能にしか興味を抱かない。


「使い所と言ってもな……お前しか起爆できないのなら、お前が土壇場で判断するしかないだろう。もちろん、余裕がある状況なら相談にも乗ってやるが……」


 現実的なロディさんは、冷やかに現実を突きつけるのみ。


「…………」


 ダナとセレステは、当てが外れて憮然とする俺を指差してケラケラと笑っている。


 ……押し付けるつもりだった重荷は、結局俺の手元に戻って来てしまった。


     ◇


 結局どうやって開けるのかという話題に戻ったところで、その扉はあっけなく勝手に開いてしまった。

 短い通路の先には、多少の武装が追加された人形が十五体。


 すぐさま臨戦態勢に入るも……隣の部屋から出て来ない。


「とことん舐めていやがるな。それに……やつは何処かで監視していやがるのか?」


 タイミングの良さを指摘するランダルさんの言葉に、俺は自身の決定的な失敗に思い当たる。

 ……それらしき装置は見当たらなかったので油断していたが、切り札の話を出してしまったのは迂闊だったか。


 思わず唇を噛む俺の頭に、ロディさんはぽんと手を載せた。


「地上で使った一発も見られていた可能性がある以上、どの道切り札として頼るのは危険だろう。それに、残り一発しかないのなら見せ札として使ったほうが効果的だ」


 ……なるほど、そういう考え方もあるか。


 もし、やつがコレを知っていて脅威に感じているのならば、自身に使われる前に無駄撃ちさせようとしてくるはず。

 目の前にいない相手との心理的駆け引き……爆弾と俺の責任がさらに重みを増したわけだ。


「まぁ、舐めてくれるのは有り難い話ね。それだけの自信があるってことだろうから、こっちは油断せずに慢心を突いてやりましょう」


 そのあたりの心の持ち様は、本能に従う魔獣どもを相手にするだけの冒険者よりも、従軍経験のある人間のほうが上手い。

 ……普段はおちゃらけたやつだが、参考にしなければ。


「そうだな。相手がどう思っていようが、俺は俺のやり方でやるだけだ。セレステ、手伝ってくれや!」


 そう言って防壁から飛び出したテレンスは、次の部屋に飛び込み……はせず、通路の手前から人形どもの隊列目掛けて炎を放った。


     ◇


 速度重視の獣型を用意してみたり、武装や配置を変えてみたり。

 最終防衛線の指揮者は様々な手を打って来たが、俺たちは開幕早々の炎の嵐で小細工を悉く吹き飛ばしていった。


 ……しかし、この十個めの歓迎だけは、そうはいかなかった。


「ぐぅっ!」


 もはや人形とは呼べない、砦のように巨大な金属イソギンチャク。


 前方から迫る数本の触手に対処している間に、忍び寄った一本に背中を浅く切りつけられてしまう。

 ……作業服の防刃性能を突破されるほどではなかったが、ざっくりミミズ腫れが出来ただろう。


「油断しないでよ!」


 頭上の守りを任せていたダナが、超重の踏み付けで追撃の触手を縫い止めた。

 ……反射神経よりも読みで見切りをする俺は、この手の敵とはどうにも相性が悪い。


「すまん……ランダルさんはまだか?」


 ロディさんとテレンスだけでは前線の手が足りず、触手の対処に俺とダナも駆り出されている現在の戦況。

 当然、セレステを守る余裕もなく、やつは一つ前の部屋から援護射撃を放つ程度だ。

 そして、ランダルさんのみがイソギンチャクの懐に潜り込み、「意志の刃」が内部に届くよう多層の鱗を少しずつ剥がしてくれている。


「もうちょっと刃渡りがあれば便利なのにね……」


 しばらく地表の触手の処理を手伝ったダナは、二、三度手刀で素振りをしてから再び宙空に帰って行った。

 ……器用なこいつなら、そのうち『呪術破り』も習得してしまいそうだ。


「さて……」


 『脆化』の呪術の影響から脱した触手が、再び蠢き出している。

 半人前とはいえ、任された仕事はやり遂げなくては。


     ◇


 苦戦はすれども戦況は順調に推移し、俺たちが疲弊し切るより先にイソギンチャクの砦は陥落した。


 敵を全滅させれば次の部屋への道が開くのが、これまでの流れ。

 一息ついたあと、何の気なしに大扉の前に立ってしまった俺たちは、向こう側から吹き寄せてきた気配に大いに怯む。


「……キリがいい数字で大物が出たから、そろそろ何かあるかと思っていたけれど」


 無機質な金属張りから一転、艶やかな木の板が張り巡らされた廊下。

 そして……無臭の清浄な空気から一転、むせ返るような獣臭。


 先制攻撃のために最前列にいたセレステは一番被害が大きく、吐き気を堪えるように顔を歪めている。


「風呂に入っていない、っていう次元じゃねえな。どうやったって『羊男』一匹じゃここまで臭わないだろう」


 存分に槍を振るえそうな展開に、ランダルさんは早くも牙を剥く。

 ここからの持てなしは、人形ではなく魔獣ということか。


「前座にはでかいのをぶつけてくるのか、また数で押してくるのか……」


 同じく牙を剥いたテレンスは、戦意を高めつつも自身の立ち回りを組み立て始める。


「……ん」


 ダナは俺の隣に立って、小さな拳を突き出している。

 どうやら、先日から始めたこの儀式が気に入ったようだ。


「地上のやつらに、たっぷり土産を持って帰ってやらないとな」


 酒の肴の冒険譚か、最大級に厄物の遺物か。あるいは……『羊男』の角か。

 何にせよ、手ぶらで帰っては残してきた者たちに申し訳が立たない。


 俺たちは最大限の警戒をしながら、遺跡の核心と思しき場所に足を踏み入れた。

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