第3話 最終防衛線
姫様陣営の最精鋭である、おっさん連中四人組。
そこからレンデルさんを外し、俺とダナ、セレステを加えたのが遺跡中枢への突入班だ。
その人選の意図は、もちろん『羊男』との戦闘を見据えてのもの。
やつは未だ姿を見せていないが……ここまで派手にやらかせば、まず間違いなく何らかの動きを見せるはず。
それを想定し、地上の拠点をガラ空きにしない範囲で戦力を集中させた形だ。
各員とも万全の態勢であり、特に間を空ける必要もなく、選ばれし六人は即日遺跡の核心に挑むことになった。
◇
噴水広場の崩壊現象はチャーリーの計算の範疇に収まったようだが、地下部分に波及した被害はやつが想定していたよりも遥かに甚大だった。
虚空の中心に屹立していた数台の昇降機はすでに影も形もなくなっており、その余波でか各階層に組まれていた足場も殆ど残っていない。
明らかに重要区域だったであろう中央区画は、すっかり只の縦穴に成り果てていた。
「しかし、まぁ……何というか、出鱈目な遺跡探索だな。普通、この規模の遺跡なら数十年単位で攻略するもんだろう?」
「それにしたって、もっと大勢の冒険者が関わっての話だよな。俺も姫様のお仲間に入れてもらえて本当に良かったぜ……色んな意味でな」
俺とともに壁に張り付いて地の底へと向かうのは、ランダルさんとテレンスの二人。
ロディさんとダナが壁歩きで先行し、セレステが後方……というか上方の警戒をしてくれているので、今のところ俺たちは呑気に話をしていられる。
「そう言えば……ランダルさん、地上とはまだちゃんと繋がっていますか?」
ランダルさんの弟であり、相棒でもあるレンデルさん。
貴重な戦力の一枚を敢えて突入班から外したのは、『伝心』の呪術によって互いの状況を知らせ合うため。
救援が必要になった場合と、万が一、地上の拠点のほうに『羊男』が襲撃をかけてきた場合のための備えだ。
「おう、今のところ問題ないな。とはいえ、この環境で何処まで持つかは未知数だがな」
昇降機の崩壊で消費されたはずの『適応因子』は、俺たちが潜り始めるときには既に高い濃度に戻っていた。
それはすなわち、遺跡の中枢機能は健在である証拠だ。
……当然、中枢付近の防衛機構も生きているはずだし、『水源』の喉元に辿り着くまでには『羊男』も立ち塞がる可能性が高い。
「なぁに、正面切って戦うのは俺たちの仕事だ。お前ら二人は、自分たちの仕事をすればいいさ」
俺の気負いを見て取ったテレンスは、壁から片手を離してひらひらと振る。
俺とダナの仕事は、前線に立ってレンデルさんが抜けた穴を埋めること……ではなく、一歩引いた場所から戦況を俯瞰し、適切な援護や遊撃等を行うこと。
おっさん連中では対処できない状況でこそ活躍が求められる、ある意味最も重要な役割だ。
「やばいと感じたら、撤退の判断を下すのもお前の仕事だぞ?その辺りは特に信頼しているから、まぁ気楽にやってくれや」
……そうだった。俺たちはあくまで冒険者であって、忠義や使命で動く兵士ではない。
いよいよとなれば、適当な所に例のアレをぶち込んで逃げればいいだけの話だ。
程よく肩の力が抜けたところで、ふと足元のほうに目をやると、先行の二人が待っているのが見えた。
……まだ休憩を必要とするほど時間は経っていないので、何かあったのだろう。
◇
潜った深さとしては、おおよそ第八層といったところ。
壁面の一箇所には破壊を免れた透明の小部屋がこびり付いており、ロディさんとダナがその上に腰を下ろしていた。
俺とおっさん二人が天井に降り立つのに続いて、ふわふわと舞い降りてくるのはセレステが寝そべる長椅子。
……チャーリーに用意させた降下用の魔術具らしいのだが、魔力の消費が激しいために、残念ながら一人乗りだ。
そんな具合に全員が揃ったところで、ダナと話し込んでいたロディさんが顔を上げた。
「さて、ここまで拍子抜けするほど順調に潜ってきたわけだが……それもここまでだ」
仕事の始まりを予告する言葉に、おっさん二人は駄弁るのを止め、セレステも長椅子から身を起こす。
「この先、二層ぶんほど降りると縦穴は狭くなり始め、そのさらに五層ほど下が縦穴の底だ。どうやら、そこが最終防衛線らしい」
最初に会敵するのが最終防衛線とはまた滅茶苦茶な話だが、そんな指摘は今更だ。
「直下にいるのは大型の戦闘用人形が二十体で、大半が飛び道具持ち。広さの都合で第一陣はそれだけだが、後方には予備戦力の気配もある」
あまりの情報精度に呆れた俺がダナのほうを見ると、やつも似たような顔に笑みを浮かべている。
ロディさんの『呪術破り』の目は、索敵においても絶大な効果を発揮する。
……平時は黒い色眼鏡で知覚を抑えないと疲れるほどらしい。
「セレステは上空で待機して飛び道具を引き付けてくれ。念のため、ダナはその護衛を頼む」
セレステはでかい胸を張って了承。
こいつならば、飛んでくるのが魔術であろうが砲弾であろうが問題ないだろう。
そのうえ、滑空が出来るダナが傍にいれば、少々不測の事態が起きたところで対応可能だ。
「ランダルとテレンスは敵陣中央で存分に暴れてくれ。その隙に、俺が端から順に狩っていく」
倍する数の人形を相手にしろという指示にも、おっさん二人は気軽に片手を上げて応じる。
そして、ロディさんの堂々たる単騎駆けの宣言も、当たり前のように受け入れられる。
各々の技量に対する絶対の自信。仲間として、頼もしいことこの上ないのだか……
「……で、俺は何をすれば?」
仕事を求める俺の問いかけに、ロディさんは気まずそうに口籠もる。
「正直いらんが……俺の背中を守ってくれ」
……これはどうやら、緊張感を保つのが仕事になりそうだ。
◇
縦穴の断面積が広場程度に狭まったあたりから、俺たちは縦列となって壁面を駆け下りる。
先頭を務めるのは俯せに寝そべるセレステ……と、その腰に跨るダナ。
何とも気の抜ける姿だが、円錐状の風壁により前面の守りは完璧だ。
「来たわね!」
俺の風術が敵影を捉えるのと、ほぼ同時。拳大の火球と鉄球が逆向きの雨となって降り注ぎ始める。
……が、威力よりも弾幕の厚みを重視した射撃は、渦巻く空気の傘で容易にいなされていく。
「温いぞ、こら!」
傘の陰から身を乗り出したテレンスが、応射の火術を放つ。
こちらは事前にじっくり練り上げていた高密度の大火球。自由落下の速度に追い風を受けて飛翔し、縦穴の最奥に大輪の爆炎を咲かせた。
「……おぉ、ピッタリだ」
弾けた炎で照らし出された敵の陣容。ちょうど二十体の人形が組んでいた方陣は、床に散らばる昇降機の残骸も巻き込んですっかり吹き飛んでいる。
……ロディさんの予想もテレンスの一発も、どちらも大当たりだ。
「よし、行くぞ!」
迎撃の雨が弱まった機を逃さず、ランダルさんとテレンスが壁から離陸。空中で得物を抜いた二人は、頭を下にして真っ逆さまに落ちていく。
……セレステの風術で減速されるとはいえ、まだまだ飛び降りるには躊躇する高さ。全く、元気なおっさんどもだ。
「うわぁ……」
豪快な着地を決めるなり暴れ始めたおっさん二人に、下を覗き込んでいたダナも絶句する。
爆心地で巻き起こった刃の嵐と炎の竜巻は、押し寄せんとする人形どもを一体たりとも寄せ付けない。
「よし、俺たちも行くぞ」
人形どもの意識が二人に集中したのを見計らい、ロディさんは螺旋の軌道で壁面を駆け下りていく。
ゆるゆると手を振る女性陣に見送られ、俺も慌てて後を追った。
◇
おっさん連中から随分と遅れて辿り着いた場所は、まさに防衛線といった矩形の空間だった。
今は亡き昇降機の前庭には分厚い防壁が多重に設置され、奥にある城門のごとき大扉を守っている。
本来ならば、俺たちに先制射撃を食らわせた後、防壁の後ろまで引いて迎え撃つつもりだったのだろうが……
「……っ!」
周囲の状況把握も程々に守るべき背中を探すと、早くもロディさんは混戦の輪から離れた一体と対峙していた。
戦闘用と冠するに相応しい鋭角的な装甲に覆われた巨躯。四腕の先端も刃に変じており、腰ほどの背丈の敵を相手に猛攻を繰り出している。
「やっと来たか」
速度も可動域も人間とはかけ離れた暴風を、ロディさんは決められた手順に従うかのように躱し続ける。
何とか攻めに転じてもらうべく、俺が呪いの血を撒き散らそうとすると……
「いらん。それより、よく見ておけ!」
防戦一方だったのは俺を待っていただけだったらしく、ロディさんは決められた手順に反撃も織り交ぜ始めた。
突き出された腕に掠めるように振るわれる短剣。滑らかな金属の肌には毛ほどの傷も付かないが、切っ先から伸長されている……らしい「意志の刃」が人形の末端神経を少しずつ切断していく。
……見ておけと言われても、俺には見えないのだが。
「……これで終いだ!」
攻め手を悉く殺された人形は、胸部装甲越しに心臓を貫かれ、とうとう糸が切れたかのように崩れ落ちた。
「さて、どんどん行くぞ……離れるなよ」
ロディさんの脅威を理解したらしい人形数体が混戦から抜け出し、両肩の上に展開した砲をこちらに向けている。
……これはどうやら、背中を守るどころか背中に守られる展開になりそうだ。
◇
混戦から掃討に傾きつつある戦場を、縦横無尽に駆け回る安全地帯。
……人形どもからの射線を躱せるのは、ロディさんの背後しかないのだ。
「……なぁ、テレンスがお前に目をかけている理由は分かっているか?」
まだまだ余裕があるのか、二体同時にあしらいながらの問いかけ。
心当たりがあった俺は、即座に答えを返す。
「俺を最前線に連れて行こうと思っていやがるんでょう?」
やつの願いから生まれた『火渡り』の呪術。そして、それを俺に熱心に教え込んだ理由。
……きっとやつは、自身の再起に俺を付き合わせる腹積もりなのだろう。
「それで、お前はどうするんだ?」
今度はすぐに答えを返せない。
折に触れて稽古をつけてもらってはいるものの、親しいとまでは言えないまでの間柄。
命懸けの冒険に付き合う義理はないのだが……
「…………」
話題の人物は、床を溶かさんばかりの熱量の只中で躍動している。
今の俺が、あれだけの男の隣に並び立てるわけがない……が、そんな男に旅の道連れにと乞われて悪い気はしない。
何とも判断しかねた俺は、とりあえずおざなりに返事しておいた。
「……行けたら行きます」
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