第2話 凶悪な爆弾

 チャーリーが『水源』の破壊のために開発を進めていた「連鎖反応式『適応因子』爆弾」。その実運用にあたり、一番苦心していたのは……破壊する範囲を制御すること。

 爆心地周辺に『適応因子』が豊富にあるほど高威力となるため、『水源』の破壊には打って付けではあるものの、無制御であればどれほどの範囲が更地に変わるか分からない。


 この作戦が開始される前に一定程度の目処は立っていたが、彼は作戦の傍らにさらに研究を進め、小型化および制御性の向上に成功した。

 それを榴弾として十分に離れた距離から撃ち込めば、安全に噴水周辺のみを破壊することが出来る……かもとのことだった。


 本人としても成功の確約は出来ないようだが、仮に思惑どおりにいかなかったところで遺跡丸ごと破壊する方針に切り替えればいいだけ。

 特にデメリットのない提案に反対の意見は出ず、翌日早速決行する運びとなった。


     ◇


 私兵団や呑んだくれ冒険者たちを外界に繋がる地下通路に退避させ、俺たちは窪地の外縁から崩れた街の遺構を見下ろしていた。


 本日の主役であるクライドとその周囲に集う面々から少し離れた場所。

 望遠鏡で着弾地点を見つめるチャーリーは、隣の俺に向けて講釈の続きを一方的に語っている。


「……とはいえ、アレが遺跡の破壊不能素材に通用する確証はない。しかし、赤黒い液体を汲み上げる管の部分は遺跡内部に繋がっているわけだから、そこに連鎖反応が波及すれば内側からの……」


 それはいつまで経っても途切れそうになく、止む無く俺は半ば強引に話の腰を折り、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。


「……なぁ、本当にクライドの力を借りる必要はあったのか?」

 

 やつは今、荷車に固定した『欲望の塔』の前に立ち、念入りに照準合わせを行なっている。

 いつの間にか風術による軌道修正まで出来るようになっていたそうなので、命中については然程疑っていない。

 ……もっと根本的な疑問だ。


「……あぁ、アレはあんまり便利にするとまずいと思ったんだ。理論上、魔術だろうが呪術だろうが、現代の技術では絶対に防御不能だ。我ながら、些かやり過ぎたね」


 ……チャーリーであれば、時限式の起爆装置を組み込むなんて容易かったはず。

 手間をかけて砲撃で破壊しなくとも、爆弾を設置してから退避すれば良いのでは?と思ったのだが……そういう理由だったか。


「姫様や他の皆を信頼していないわけではないんだが、誰でも使えるようにした物が流出すると洒落にならないだろう?だから、超高速で撃ち出さないと起爆しないようにしたわけさ」


 そんな物騒なもの最初から作るなよ……とも思うが、今回は必要があってのこと。

 まぁ、思いついたから作らずにはいられなかった……というのもあるだろうが。


 若干の呆れを込めて睨んでやると、チャーリーは望遠鏡から目を外して嫌らしい笑みを浮かべた。


「……ついでだから、この苦悩も分かち合っておこうか。君にだけは話しておくよ、僕の推測する『水源』の正体について」


 ……不吉極まりない前置き。しかし、俺は抑え切れない興味から耳を塞ぐことも出来ず、大人しく話を聞くしかなかった。


     ◇


「我々は『水源』という言葉に踊らされ、前提から見誤っていた。濃密な『適応因子』が湧く泉など何処にも存在しない。あるのはきっと……『適応因子』の濃縮設備さ」


 つまり……遺跡に流入する水脈に含まれる微量な『適応因子』こそが『水源』の正体。

 濃度は低くとも総量は莫大であり、一見辻褄が合うように思える。

 しかし、それは……


「以前、君にも話したように、『適応因子』は一定以上の濃度がないと魔力等のエネルギーを取り出せない。そのため、何らかの方法で濃縮する必要があるが、それに要するエネルギーは得られるエネルギーよりも遥かに膨大で、全く現実的ではないと判断した」


 ……そう。それゆえに、チャーリーが『適応因子』を活用する道具や薬品を作る際には、強力な魔獣の素材や噴水の赤黒い液体を用いていた。


「……が、それはあくまで現代の技術水準による限界だ。神代の人間ならば思いも寄らない方法で濃縮を実現していても不思議ではない。もし、あの噴水が只の廃液に過ぎないとしたら、神代人は『適応因子』の純粋結晶の精製にすら成功していたかもしれないね」


 その廃液ですら恐るべき力を秘め、人間の心身を化け物に変容させる効果まで有する。

 純粋結晶ともなれば、一体どんな現象を引き起こすのか想像もつかない。

 ……もしかして、神代の歴史が途絶しているのは、彼らでもそれを扱いきれなかったからだろうか。


「そして、推測どおり『水源』が地形に拠るものでなかった場合、大きさ次第では搬出と移設が可能かもしれないという懸念が出てくる。さらに、もし複製も可能であれば……」


 僅かでも『適応因子』があれば何処でも『水源』になり、下手をすれば何処もが『水源』になる。

 無尽蔵の魔力を利用できる夢のような未来……なんて楽観は許されるのだろうか。


「……そんな途轍もないお宝を前にすれば、所詮技術者の僕には到底破壊なんて出来ないだろうね。さて、所詮冒険者の君ならどうするだろうか?」


 想像以上に大きな爆弾に、俺は即座に答えを出せなかった。


     ◇


「さて、そろそろ準備が整ったようだよ」


 チャーリーに促されてクライドのほうを見ると、隣のダナが発射の許可を求める合図を送っていた。


 いよいよ、作戦決行の瞬間……なのだが、俺の頭の中では未だに混乱の余波がぐるぐると渦巻いている。


 ……チャーリーは何故俺にだけ話したのか、チャーリーは俺に何を求めているのか。

 こいつが「破壊しろ」とも「するな」とも、はっきり言わないのは何故なのか……


「そんなに深い意味はないよ。ただ、友人と重荷を共有したいと思っただけさ。それに、移設だ複製だという話も、我々が生きている間には難しいだろう。最悪、全部見ないふりして逃げても構わないんだしね」


 ……そうか。俺たち冒険者は勿論のこと、姫様だって身分その他を投げ捨てれば落ち延びことだって可能なのだ。

 もちろん、俺たちでその手伝いをしても構わない。


 多少の落ち着きを取り戻した俺は、今更ながらもう一つ気になっていたことを問いただすことにした。


「……そういや、アレはもう少しどうにかならなかったのか?」


 俺がどうにも納得し難いのは、準備が整った『欲望の塔』とその周辺の光景だ。


 強度向上のためらしい緑色の塗装を施された砲身は荷車に横たえられ、後部をクライドの下腹で支えられている。

 そして、弾倉である二つの球体は、それぞれ左右からダナとセレステに手を添えられている……という有様。


 弾速を上げるためには二人の協力が必要との説明は受けたが……あまりに酷い絵面にいたたまれず、俺は皆の輪から離れたのだ。


「それは、まぁ……固定式の台座をつくるのが面倒だっただけさ。それより、ダナ君が待ち切れないようだね」


 ……やつがぴょんぴょん飛び跳ねているのは、早く終わらせろと怒っているからだ。


 俺はニヤニヤ笑うだけのチャーリーに代わり、勝手に砲撃許可の合図を送った。


     ◇


 発射音と完全に重なる着弾音。狙撃の精度で放たれた砲撃は、噴水のど真ん中に吸い込まれる。

 もちろん、軌跡を目で追うことなどまるで叶わず、立ち昇る土煙と石片の雨の位置から命中を察するのみ。


「ここからだ!」


 まさか不発か?という疑問に先んじて、チャーリーが着弾地点に指先を向ける。

 そこでは、爆発と呼ぶにはあまりにも妙な現象が発生していた。


「……何だ、ありゃ?」


 爆炎も閃光も衝撃もなく、淡い乳白色の泡のようなものが噴水の広場全体に広がっていく。

 そして、周囲の建物に触れんとするところで拡張を止め、僅かに輝きを増した。


「……あの空間内では、あらゆるものが塵芥に帰す。詳しい技術的な説明は省くが、破壊というよりは崩壊や消滅と言ったほうが正確だろうね」


 チャーリーから望遠鏡を分捕ってみれば、たしかに空間内に存在する瓦礫が急速に風化していくように見える。

 舞い上がった粒子は燐光に変わり、それが触れた箇所はさらに風化が加速していく。


 『適応因子』が豊富に存在する対象だからこその反応速度なのだろうが……これは、あまりにも凶悪だ。


「……もののついでだ。これも君に託すことにしよう」


 戦慄する俺に向かって、拳大の何かが放られる。

 ずしりと重いそれを受け取った俺は、さらなる戦慄により危うく取り落としそうになってしまった。


「お前、何考えていやがる?!」


 堅牢な金属の外殻に覆われた球体は、どう見ても砲弾。この会話の流れでは、どんな性質の代物なのかは問うまでもない。


「落とそうがぶつけようが起爆しやしないから安心しなよ。でも……君になら起爆できるだろう?予備はその一発しか作っていないが、まぁ好きに使うといいさ」


 ……『脆化』の呪術に、羽根箒による呪術の増幅と遅延。たしかに、俺なら巨砲も時限式の起爆装置も不要だ。

 しかし、だからと言って……


「『水源』にぶち込むも良し、『羊男』との戦いで使うも良し、使い途を他の者と相談しても良し……僕が最も信頼する君に、全てを委ねるよ」


 胸が熱くなるような台詞を吐いたチャーリーは、澄み渡る青空のような満面の笑み。


 こいつ……苦悩を分かち合うどころか、重荷を丸ごと俺に放り投げやがった!


     ◇


 そうこうしているうちに、噴水広場の崩壊現象は収まっていた。


 半球状にくり抜かれた爆心地の中心には、遺跡の中央区画を貫いていたと思しき、何処までも深い大穴。

 冒険者の常識外の一手により開かれた、遺跡中枢への直通経路だ。


 そして、俺とチャーリーがギャーギャー騒ぎ合っているうちに、突入班の人選は以下のように決められていた。


・ロディ

・ランダル

・テレンス

・セレステ

・ダナ

・イネス

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