第9章 生命の惑星(後) 〜闘争の記憶と罪科の清算〜
第1話 時間切れ
第八層に存在した巨大な『放牧場』。あまりの広大さを前に都合のいい作戦も思いつかず、俺たちは地道に探索を進めるしかなかった。
とはいえ、何の工夫もしていないわけではない。
「待てや、こら!」
湖のような泉のほとり。群れからはぐれた巨大羊を共に追い回すのは、本日の相棒である『草刈り』のテレンスだ。
ダナは代わりに地上探索班に加わって、地下水脈の調査に協力している。
「くそ、またかよ……」
俺が一直線に炎上させた草むらの障害を、長大な四肢を持つ羊は難なく跳び越える。
テレンスから借り受けた『紅蓮の牙』の一本を使っても、俺の腕では未だ火術を上手く扱えない
……これは元々は俺の得物だったはずだが、もはや所有権は曖昧だ。
「思い切りが足りねえぞ!延焼なんか気にするな!」
ここは馬鹿みたいに育った草むらの中。やつから教わった『火渡り』の呪術で自傷はある程度防げるとしても、炎上させるのは無意識に躊躇してしまう。
……それぞれの独自の呪術は、あくまで各人が最初に習得したというだけ。不慣れなぶん効果は著しく落ちてしまうが、他の者も扱えないわけではないのだ。
「急いでね!もたもたしてると人形が来ちゃうわよ」
テオに代わって探索に加わっているセレステは、手伝うつもりなどさらさらない様子。
まぁ、本日の目的はすでに達成しているようだし、これは半ば俺の稽古でもあるので構わないのだが……
「よし、任せろ!俺が一人で仕留めてやる」
黄色い声援を受けたテレンスが文字通り炎上し、火の粉を撒き散らして突貫。俺の稽古は強制終了と相成った。
◇
無理して追いかける意味もないので、俺は剣を納めてセレステたちのほうに近寄った。
「どうだ、何か見つかったか?」
彼女に頼んだのは、清らかな水を湛える泉の調査だ。
あれだけ清浄ならば新鮮な水と循環はしているだろうし、取水口なり排水口なりは間違いなくあると踏んだのだが……
「どっちも一番底よ。それに金網でがっちり塞がれているわ」
澄み切っていて尚、底が見えぬほどに深い泉。潜って先に進むのは、さすがに現実的ではないか。
すでに『放牧場』を囲む壁も調べ尽くしたが、いくつか開かずの大扉があったのみ。
腕輪の『鍵』は反応せず、総力戦で巨大人形の腕を捥いでもみたが解錠できなかった。
「……参ったな」
草生い茂る地面をくまなく探し回ったわけではないので、何処かに先に進む道が埋もれている可能性はある。
しかし、教会の応援部隊が着々と準備を進めている状況で、当て所もなく悠長に探していていいものか……
「まぁ……成果と言えば、これだけね」
セレステが指す背後、アリサが抱える魚の切り身は……上手に立方体に捌いてある。
ここは魚もどてかいので、他に捌きようもなかったのだろう。
「かなり雷術は上達したわよ。呪術もそれなりにね」
どうやら、アリサも護衛がてらに稽古をつけてもらっていた様子。
短剣を一時的に釣り竿に改造しているあたり、気分転換の意味合いのほうが強かったようだが。
「私ももうすぐ『感覚鋭敏』の呪術を習得できそうだわ」
そう言うセレステの目をじっと見ると、彼女は苦笑して首を横に振った。
……真面目なお嬢さんには、邪な使い方を教えていないらしい。
◇
肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきたところで、俺たちは本日の探索を終了した。
まさに抱えきれぬほどの土産は手に入れているものの、肝心の『水源』に至る道に関しては今日も進捗はなし。
いくら足取りが重くても、もはや通い慣れた道中で手間取ることはない。
日が変わる直前に拠点へと辿り着くと、風呂上がりのダナとテオが出迎えてくれた。
「そっちの獲物はいいね……食べられて」
ダナが羨ましげに土産の包みを見るのは、おそらくミミズあたりと格闘してきたからだろう。
……この遺跡で得た食料。俺たちはもう普通に口にしている。
多少『適応因子』が多いだけで無毒とチャーリーがお墨付きを出してくれたし、呑んだくれ冒険者たちに毒味もしてもらった。
「テオは……やっぱり地上探索班に同行したんだな」
今日は休みでいいと言ったのだが、ダナと一緒に泥まみれになってきたようだ。
呪術を習得できていないこと、時間の刻限が迫っていること。焦る要因がいくつもあるのは分かっているので、強いて咎めるつもりはない。
「あぁ、悪い。それより、姫様から伝言だ。そっちの面子も風呂から出たら会議だとさ」
風呂に入る猶予はもらえたとはいえ、この時間帯からの会議は緊急招集と言える。
微かな期待を込めて視線を向けるも、ダナは力なくそれを否定した。
「こっちも成果なし。調べられる深さまでは全部調べたけど、どの水脈もハズレだった」
これだけの規模の遺跡を稼働させ続けるには、無尽蔵に『適応因子』を供給する『水源』の利用は必須。
遺跡の外からその流れを引き込んでいる様子がないのであれば、いよいよ遺跡の中にあるのが確定的になったわけだが……先に進めないのであれば手詰まりの状況には変わりない。
ともあれ、そう言うことなら会議の議題は……
「……外で何かあったわけだな」
どうやら事態が動き、姫様が何らかの決断を下されたようだ。
◇
火照った身体を寝間着で包んだ一同は、拠点の会議室に集合する。
長きに渡る共同生活で、その手の礼節はどうでもよくなっている。
「……さて、こんな時間に集まってもらったのは他でもありません。辺境外の各勢力に動きがありました」
口調こそ普段どおりだが、すっぴんの姫様は相当にご機嫌斜めなお顔。
そして、「教会の勢力」ではなく「各勢力」という表現。事態は一気に進んでしまったらしい。
「教会上層部の意見は未だ纏まっていないそうですが、一部の者が独断で先遣部隊を送ろうとしています。その規模はまだ不明ですが、そう遠くないうちに此処へ向かってくるでしょう」
遺跡の価値を計るための情報収集か、ここを押さえるだけの戦力を送り込んでくるのか。
現状では何とも判断がつかないとのこと。
「加えて、公国の情勢も変化しました。反乱勢力である『義勇軍』が政府と和解し、『辺境開拓団』と名を変えました。公国ならびに王国より賛同者を募っているようです」
政府の意図は、体のいい追放。『辺境開拓団』とやらの意図は、政権奪取を断念して建国……と言ったところか。
新国家で要職に就ける可能性があれば、王国貴族の次男坊三男坊あたりが賛同しても不思議ではない。
その候補地は……まぁ、此処だろうな。
「帝国も多くの諜報員と冒険者を辺境に送り込んで、何やら調べているようですが……こちらは気にしなくてもいいでしょう」
彼らが血眼になって調べているのは、おそらく噂の『地獄教団』だ。
……心当たりがあるとはえ、今はどうでもいい。
「ともあれ、これまで曖昧だった刻限が明確になりました。今しばらくの猶予はありますが、わたくしは一つの決断を致しました」
……『水源』を使用不能にしたうえで、しれっと明け渡す。
その最善策をとれなかった以上、選び得る道は限られる。
このまま遺跡を教会に明け渡すか、あるいは他の勢力に売り渡すか。
いずれを選んだとしても、勢力間の争いの渦中に放り込まれるのは確実。
そして、それを避けるのであれば……
◇
「結論としては、遺跡の破壊です」
その可能性は示唆されていたので、一同に驚きはない。
しかし、これだけの遺跡が損なわれてしまうことに冒険者として残念な思いは禁じ得ず、それが溜息となって放たれる。
『水源』そのものを破壊できなくても遺跡を滅茶苦茶にすれば利用は困難。
拠点であり手掛かりである此処がなくなれば捜索も復旧も容易ではない。
……完全に火種が無くなるわけではないが、次善の策ではある。
しかし、姫様の話にはまだ続きがあった。
「……が、全てを跡形もなく破壊してしまう前に、試してみたい事があると提案がありました。ここからはチャーリーさんに説明してもらいましょう」
姫様に促され、これまで散々に暴走を繰り返してきた男が代わりに立つ。
そして、一同の期待が篭った視線を受け……今日もまた、無茶なことを言い出した。
「簡単に言うとだね……地上の噴水を爆破し、そこから中央区画に進入。途中の階層を全部すっ飛ばして一気に遺跡中枢を目指すんだ」
これまでの努力を全否定する提案に、一同を代表して声を上げたのはランダルさんだった。
「おいおい、待て待て……噴水は破壊不可能だって、随分前に言っていなかったか?」
『水源』に至る最大の手掛かりであり、そもそも『水源』の存在を予想した切っ掛けでもある、赤黒い液体が湧き出る噴水。
当然、最初期にチャーリー本人が調査し、石材の下は破壊不可能な素材で覆われていたと報告していたはず。
「そうだったんだけどね……彼の力を借りれば何とか出来そうな目処が立ったんだよ」
その彼は事前に何も聞かされていなかったのか、大きく狼狽えて視線を左右に走らせる。
「…………え、僕?」
久方ぶりに聞いた、図体に不似合いな一人称。
チャーリーの相棒に指名されたのは、ずっと出番がなくて不貞腐れていたクライドだった。
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