第10話 呪われた人形
第三層の食糧倉庫と思しき空間。瓦礫で組み上げた山に埋もれ、特殊な布で身体を包んでじっと息を潜める。
あの人形は視覚や聴覚、魔力の気配だけではなく、『適応因子』の存在を検知して敵を察知する。
何度目かの試行でそれに気づいた俺たちは、チャーリーに頼んでこれを用意してもらった。
「…………」
わざわざ一人ずつに分散して隠れているのは、試行の過程で得た教訓から。
一箇所に隠れるとなるとさすがに瓦礫の山が大きくなり、やつは不審に思って確認しにやって来やがるのだ。
また、ばらけていたほうが発見された際に戦いやすいという意味合いもある。
「…………」
一人でいると、どうしても思考は内に向かう。
警戒の傍らに考えるのは……ここ最近の流行り、呪術について。
魔術は周辺の魔力に干渉して行使するのに対し、呪術は対象の魔力に直接干渉して行使する。
自身の魔力を呼び水として何らかの現象を引き起こすというのは、両者とも同じ。当然、呪術も魔術の一種というのが一般的だった。
しかし……
「…………」
呪術は魔術に比して効率に劣るものの、万能に過ぎる。
むしろ、呪術の作用を限定化して効率を高めたものが魔術……と考えるほうが自然だろう。
最近呪術に触れた俺ですらそう思うのだから、過去に気づいた人間がいないなどとは到底思えない。
「…………」
個人が得た知見を秘匿している……などという次元ではなく、おそらくもっと大きな何かが意図的に情報を隠蔽している。
……気にはなるが、知らないほうが幸せな何かが。
「…………!」
部屋の外。通路の先の遥か彼方から、微かに響き始めた規則的な金属音。
念のため風術も行使しておらず、素の聴覚で察知したのだから、他の者も気づいたはずだ。
俺はすっぽりと布を被り直し、最小限に狭めた視界から部屋の入口を見据える。
◇
無機質に刻まれる足音を数えることしばし、前日とほぼ同時刻に目当ての人形は姿を見せた。
両腕の先に取り付けられた球体の拳。それを腰の前で構えるポーズは、むしろ戦闘態勢に入っていない証拠。今のところ、気取られてはいない。
……この作戦を始める段になって理解したのだが、あれは箱型の荷物を保持する姿勢だったのだ。
「…………」
その大事に抱えてきたはずの荷物は、やつが此処に至るまでの間に鼠どもに横取りされて失われている。
……気づかないのは故障のせいか、神代の開発者が間抜けだったせいか。ともかく、やつは律儀に架空の荷物を運んできた。
「…………」
棚があったであろう場所で、虚しい荷降ろしの一人芝居。一体、どれほどの年月こんな無為な作業を繰り返してきたのか。
……それでいて、動線にある血溜まりを踏まないだけの知恵を持っていやがるのだから、神代の技術は本当に謎だらけだ。
「…………」
荷降ろしを終えた人形は、避けたはずの血溜まりにわざわざ踏み入り、小さな振動音を響かせながらペタペタと歩き回る。
……こいつらの足裏には、清掃のための補助的な機構が組み込まれている。
「…………」
床に溜まった血を残らず吸い上げた人形は、最後に辺りをぐるりと見回してから部屋を後にする。
自身の足裏もきっちり掃除しており、血の足跡を残すほどの間抜けではない。
これは普通の塗料で試したときに確認したことなので、想定内だ。
作戦の成否は、これから分かる。
◇
しばらくぶりに揃った四人の顔。浮かぶ表情は各々バラバラだ。
「いやぁ、面白いもんが見れたな!」
テオの無邪気な感想にアリサは苦笑する。
表情を見るかぎり、彼女はあの人形に物悲しさを感じたらしい。
まぁ、そんなことは飲みながら話せばいいことなので……
「ダナ、いけそうか?」
そう問いかけた相棒は、しばらくぶりの猫仮面。これも今回の作戦に合わせてチャーリーに改造してもらったものだ。
……べつに猫仮面を基にしなくても良かったのだが、在庫がいっぱいあるらしい。
「ん、見てみるね……」
仮面に開いた穴の奥、色硝子越しのダナの目がすうっと細められる。
チャーリーの技術は、『呪術の痕跡を可視化する』という訳の分からない領域に突入している。
つまり、先ほどの血溜まりには限界まで遅延させた俺の呪術が込められていたのだ。
……ちなみに、この改造はロディさんの『呪術破り』を参考にしたもの。
あの人はあの人で、『呪術に込められた意志を知覚し、意志の刃でそれを断ち切る』という訳の分からない領域に突入している。
「何とか追えそうだね。でも……急いだほうが良さそう」
普通に後を追ったのでは、確実に発生するであろう鼠どもとの戦闘で追跡に気づかれてしまう。
そこで、十分に距離をとって追跡するために捻り出したこの作戦。
掃除により呪術が失われる可能性もあったし、人形内部に取り込まれた血は痕跡を残さない可能性もあった。したがって、一応は成功と言える結果。
しかし、やはり時間の経過で効果が薄まっていたか……
「……ねぇ、本当に一人で大丈夫?」
猫仮面は人数分あるものの、速度を優先すべき状況ならば誰か一人が先行するのが望ましい。
ダナが単独で追跡するというのは、想定していた展開の一つ。
地術による索敵能力を持ち、最も素早いこいつが適任なのは間違いないが……アリサはこいつ一人を危険に晒すのを申し訳なく思っているようだ。
「…………」
肩を竦め、無言でこちらに向き直る猫仮面。
……こいつが求めている言葉は、仮面越しでもよく分かる。
「頼りにしてるぞ」
俺は軽く笑って頭を掻き回してやった。
◇
ダナの唯一の弱点は持久力。あいつの能力の大半は魔術や呪術を絡めたものなので、魔力が尽きると格段に戦力が低下する。
とはいっても、生来の身軽さや体力はそのままだし、魔力の増槽となるベルトには俺の血をたっぷり吸わせてあるので、そこまで心配はいらないのだが……
「はぁっ!」
最前衛を志願したアリサが、短剣の先端から幾条もの電撃を放つ。
普段以上に気合が乗った雷術は、威力も射程も普段以上。
肉を灼く電熱と皮膚を這い回る掻痒感に、前方から迫る鼠どもの第一陣は瞬く間に崩壊した。
……あのえげつない悶絶具合、おそらく何らかの呪術も発露しかけているな。
「……大丈夫なのかよ?」
その鬼気迫る戦いぶりに、テオは却って不安を覚えたようだ。
彼女も魔力切れ以外の不安はないと思うが、心配ならばと前に送り出してやる。
「さて……」
俺の相手は、しつこく追い縋ってくる人形ども。いくつか鼠の群れを突破するうちに群がってきやがったのだ。
一発でぶち壊すには相棒かアリサの手を借りる必要があるが……三体程度を適当にあしらうだけなら、俺一人で何とかならないこともない。
「ふっ!」
振り向きざま、水平に振るうは血に汚れた羽根箒。軌跡に沿って舞う赤い飛沫が、金属の肌に点々と付着する。
そのまま再び逃走を続けていると、彩色の密度と込められた呪術のばらつきにより、追っ手どもの足並みは次第に乱れ始めた。
……俺の『脆化』の呪術は、人形の制御機構にも影響を及ぼす。
「……お前だ!」
先頭を走る一体を獲物と見定め、転身からの踏み込み。櫂のように構えた柄の先端を、顎目掛けてかち上げる。
柄頭の飾りは、もはや愛着さえ感じ始めているちっこい髑髏。もちろん、『衝撃の増幅』という機能もしっかり復元されている。
「土産があったほうが良いからな……」
跳び退きながら逆手で箒を走らせ、のげぞる人形の肩関節を呪う。
……必要になるかは分からないが、必要になってから取りに行くよりは良いだろう。
「十、九、八……」
後続の人形を蹴りであしらいながら、残り時間を数えるのにも意識を割く。
……俺の武器なのに、相棒のほうが扱いが上手いというのは一体どういうことか。
「……四、三、二!」
俺はタイミングを合わせ、背後から組みつかんとする呪われた人形に逆に組みついた。
◇
ダナが描いた矢印を辿って向かった先は、意外にも中央区画の方角だった。
この階層の中央区画にも、開かずの大扉が複数あるのは確認済み。人形が移動に使うのは専用の隠し通路だと思っていたのだが……
一気に事態が進展する兆しに胸を高鳴らせるも、ダナは大扉と大扉の中間地点で鼠の小さな群れと戦っていた。
もう猫仮面を外しているということは、ここが目的の場所。ともあれ、俺たち三人は駆け寄る勢いそのままに参戦する。
「……おつかれ」
鼠は基本的にやり過ごす手筈だったので、若干の疲労がある程度で大事はない様子。
……心配はしていなくても、安堵してしまうのは致し方ない。
分厚くなった戦力で鼠を蹴散らした後、一同はダナが指す中央区画側の壁に向かった。
「……こんなもん、分かるわけないだろ」
テオがペタペタと触って確認している金属の壁。周囲との違いが全く分からないこの場所で足跡が途切れていたらしい。
……何の手がかりも無しでは、こんな所を調べようとするわけもない。
「そうだよね。地術でも分からなかったから、こんな作戦でも使わないと絶対に見つからなかったと思うよ」
遺跡に張られた金属板は、魔力を浸透させて奥を探るのは難しい代わりに、伝わる振動から表面の状態を調べるのは容易だったはず。
にも関わらず、絶対に見つからないとまで言い切るとは……尋常な造りではないな。
「……で、やっぱり駄目だったのか?」
曖昧な問いかけの意味するところは、この隠し扉の解錠について。どうやら、腕輪の『鍵』は反応しなかった様子。
……人形の後をぴったり追えていたなら、開けた瞬間に蹴倒して押し入ることも出来たのだが、今回の作戦ではそうもいかなかったのだ。
「うん。でも、お土産を持って来てくれたみたいだね?」
ダナが指すのは、俺が羽根箒とともに担いだ人形の腕だ。
チャーリー曰く、この部分が鍵になっている可能性が高いらしく、少し無理をして捥いで来た。
……組み合っているうちに脇腹に一発もらってしまったが、そこは痩せ我慢。
「貴女が一番頑張ったんだから、貴女が開けてみなさいよ」
アリサも頑張っていたが、本人がそういうのならいいだろう。
彼女の提案に特に異論は出ず、ダナが解錠を試みることになった。
「上手くいくといいけど……」
自身の腕を人形の腕で延長して、そっと壁に触れる。
……まぁ、最初に試すとすればその使い方だろう。
部品に残存する動力がどうのこうのという理由で、一応『もぎたて』を用意した。
これで駄目なら、人形を生かしたまま攫って来なければならない。
さて、どうなるか……
「……おおっ!」
つるりと滑らかな壁の一画が、音もなく沈み込んだ。
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