第9話 漂流する者たち

 探索二日目以降、俺たちは中央区画については一旦意識の外に置き、ともかく下層を目指すことを当面の方針とした。


 ロディさん曰く、大規模な遺跡ではメインとなる移動経路の他に予備の通路が作られていることが多いらしく、事実この遺跡もそうなっている。

 メインとなる移動経路は、おそらく中央区画に存在するであろう大階段か昇降機。

 各層を探索し、中央区画に進入する手段を見つけたところで、そこから一気に深層に向かうという算段だ。


 第二層から第三層に降りる予備通路については、ロディさんの予想どおりの位置に隠されていた。

 彼の薫陶を受けたことで俺もある程度は推測できるようになり、以降の階層の探索にも対応できている。

 そして、魔獣の群れをあしらいつつ候補地点を順番に回り、順調に探索範囲を広げているのだが……


     ◇


 地図を完成させるよりも深く潜ることを優先する俺たちは、十日目には早くも第五層に到達していた。


 前後に伸びるは、代わり映えのしない地下通路。俺とテオとでそれぞれの方面を受け持ち、ひたすら防衛に努める。


「よし、片付いたぞ!」


 鼠どもの挟撃を退けたのは、二人ほぼ同時。牛と変わらない大きさの死骸を蹴り転がして防壁の厚みを更新したのち、束の間の休息に入る。

 ……個体数が減ったぶん、一匹一匹が巨大化しているのだ。


「…………」


 俺たちが守護する空間で、アリサは壁に背を預けて瞑目している。

 べつに負傷しているわけではなく、ただの仮眠。完全な安全地帯など望めない状況では、こうして交代で休むしかない。


「……おつかれ〜!」


 くぐもった労いの声の出所は、通路の壁に空いた穴の奥底にいるダナ。

 第六層に向かうスロープは途中で崩落していたため、やつに瓦礫を撤去してもらっている。


「……あぁ、もう来やがったか」


 がっくりと項垂れるテオの向こう側から、等間隔に響く金属音。巨大昆虫に代わって徘徊し始めた難敵……人形の足音だ。


 落書きの棒人間のような貧相な姿で、動きは鈍重。攻撃方法は抱きつくだけであるものの、とにかく頑丈で諦めが悪い。


「……私が行こうか?」


 相棒の泣き言を耳にしたアリサが片目を開ける。

 俺とダナの連携か、彼女の全力の雷術であれば仕留められるのだが……やつは戦闘に入ると、何らかの方法で仲間を呼び寄せるという性質の悪さも有している。


「……いや、今日はもう切り上げよう」


 探索は順調……しかし、求めるような成果は未だ得られていない。


     ◇


 一日の活動を終え、班員とともに拠点の食堂で一息。

 今日の食事係は『羊の街』の呑んだくれ冒険者の一人、小太りのおっさんだった。


「……随分と稼いできた割には、浮かない顔だな」


 つまみを持ってくれたおっさんが首を傾げる。

 彼らには『水源』云々の話は伝えられておらず、俺たちの活動はお貴族様主導による単なる遺跡探索だと思っているのだ。


「そうなんだけどね。私たちはもっと上を目指しているのよ」


 詳しい事情を話すわけにもいかず、アリサが愛想笑いで誤魔化す。


 踏破領域の大幅な拡大に、部位欠損なしの人形の鹵獲。普通であればもっと盛大に宴会を開くほどの成果だ。

 ……最後の人形は、彼女の八つ当たりによって内部機構を焼き切られた。


「勿体ねぇな。姉ちゃん、まだ若いんだから色々考え直したほうが良いんじゃねぇか?」


 この手の揶揄いは聞き飽きているのか、アリサは澄ました顔で豆を投げる。


「……適当に稼いで、適当に遊ぶのが一番だと思うぜ」


 額に直撃を食らったおっさんは、腹を揺らして去っていた。

 ……おっさんと言っても色々だ。


「……しかし、考え直したほうが良いのは確かだよな」


 テオが言うのはもちろん将来のことではなく、今後の方針についてだ。

 この調子で探索を続けていても、埒が開かないのは間違いない。


「そうだね。ここまで何もない遺跡は、わたしたちでも初めてだよ」


 それに最もうんざりしているのは、偵察役を務めることが多いダナだろう。


 第一層と第二層はほぼ通路のみ。第三層では倉庫と思しき中程度の部屋をいくつか発見したが、第四層と第五層はまた通路の階層。

 ……詳しく調べるも何も、壁と床と天井しかないのだ。


「ああ。研究施設……とまでは言わないが、居住区くらいはあると思ったんだがな」


 いずれも遺物が残っている可能性が高い、いわゆるアタリの場所。

 中央区画の『鍵』はそのどちらかにある可能性が高く、そうでなくても手掛かりなり情報なりがある可能性は高いと踏んでいたのだが……


 なお、本来は倉庫もアタリの部類に入るのだが、第三層の部屋は食料庫か何かだったらしく、鼠どもに荒らされて棚の残骸くらいしか残っていなかった。


「…………」


 四人で頭を突き合わせて唸るが、いい知恵は浮かばない。


 下を目指すのを中断して各層をくまなく回ってみるという手もあるが、あの構造では期待薄だし、そもそも時間がいくらあっても足りない。

 いっそ、毎日拠点に戻るのを止めて探索時間を延ばしてみるか……


「……お困りのようだね」


 不穏に微笑むチャーリーが現れた。


     ◇


「ここの人形について気づいたことがあったから報告に来たんだが、そういう状況なら役に立てるかもしれないよ」


 暴走を防ぐ意図を込めて、これまでに鹵獲した人形を預けて調査を依頼しておいたのだが……もう調べ終わったのか。


「……と、その前に質問だ。今のところ、この遺跡の最大の特徴は何だろうか?」


 いきなり話題が変わったが、これは必要な前振りなのだろう。

 気分転換も兼ねて、四人で意見を出し合うことにする。


 街一個ほどの広大さ……数えるほどだが、同規模の遺跡も存在すると聞いている。

 混在する石畳と金属床……これも同様に、似た構造の遺跡はそれなりに存在する。

 通路ばかりの階層……これは珍しくはあるが、この会話の流れで特徴と呼ぶのはしっくり来ない。


「……鼠が多過ぎる」


 ダナの愚痴じみた呟きに、はっとする。

 ……よくよく考えれば、特徴など通り越して異常事態だ。


「そのとおり。ここは未踏の遺跡と言っても密閉されていたわけではないから、魔獣が棲息していること自体は不思議ではない。しかし、だからこそ共食いが生じるほどの環境に留まり続けるのはおかしな事なんだ」


 階層間にある魔獣避けの機構は絶対的なものではなく、忌避させる程度のもの。

 巨大昆虫の侵入口である森に繋がる崩落箇所も何処かにあるはずなので、餌を求めて拡散するのが自然な流れだ。


「もちろん、『水源』だの『適応因子』だのの影響で狂乱状態になっているだけ……という見方で片付けることもできる。が、もしも彼らにとって魅力的な餌が存在するとしたら、たとえ量が少なかったとしても……」


 テオとアリサはまだピンと来ていないようだが、俺とダナは理解が及んできた。

 遺跡の中で安定的に供給される高品質な食料……俺の実家が密かに活用している『裏山の遺跡』と同じ図式だ。


 遺跡の何処かで今なお稼働し続ける、食料生産のための設備。

 神代の人間が食するためのそれは、鼠にとってはさぞかし魅力的だろう。


「……つまり、あの人形どもの本来の仕事は侵入者の排除ではなく、荷運びってわけか」


 生きている遺跡においては、人形が徘徊して清掃や警備を行なっているというのは珍しくない。

 しかし、あの人形は前者を担うには出力が高過ぎ、後者を担うには戦闘力が低過ぎる。


「おそらくね。では、彼らは何処を通って、何処から何処へ何を運んでいるんだろうね?」


 ……なるほど、あの人形こそが深層へ向かう手掛かりだったのか。


     ◇


 深く感心する俺たちの様子に満足したチャーリーは、もっと詳しく調べてみるよと自室に帰って行った。


「手掛かりが見つかったのは良いが、難しいよな……」


 テオの言うとおり、あの人形どもの動向を追うというのは一筋縄では行かない。

 やつら自身もそれなりに高い索敵能力を持っているし、追跡中に鼠どもとの戦闘になればすぐさま察知して参戦してきやがるだろう。


「でも、面白いわね。私たちも、もう一度本格的に冒険者をやってみる?」


 ここで笑い合える二人なら、間違いなく才能はある。

 ……こんな遺跡なんて稀だということは、言わぬが花だ。


 結局その後、俺とダナの冒険譚を肴にし、夜遅くまで飲むことになった。

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