第6話 それぞれの感傷

 翌朝のそこそこの時間に、俺たち一行を乗せた馬車の列は『放牧場』奥地の遺跡を目指して出立した。


 私兵団の半数程度は交代要員として街に残り、補給物資の集積と辺境外の情勢に関する情報収集に当たってくれている。

 代わりに『羊の街』の呑んだくれ冒険者を数名が同行してくれているが、それは人員不足を補うためではなく、街の人間にもしっかり金を落とすことで印象を良くするためだそうだ。

 いずれも、この仕事が長丁場になることを意識した措置である。


 チャーリーにより馬車にも馬にも改造が施されているため俺たちの行軍速度は並みの軍隊を遥かに上回り、風にそよぐ青々とした草原を切り裂いてあっという間に駆け抜ける。

 従来であれば起伏が連なる『放牧場』の領域に入ったところで馬車を降りねばならなかったのだが、今回はその必要もない。

 拠点設営の前段階で、丘の合間を縫うように簡単な道が造成されているからだ。


 蛇行する轍をなぞって爆走し続けた俺たちは昼頃には遺跡入口前に到着し、地下通路に入る前に小休止をとることになった。


     ◇


 皆の輪から離れて遺跡入口の確認に訪れた俺は、目の前に広がる光景に唖然とする。


「……姫様、やり過ぎだろう」


 遺跡の入口は丘の斜面にぽっかりと空いた穴……だったはずなのだが、その脇に別の大きな入口が掘られており、スロープで馬車を乗り入れられるようになっていた。

 間違いなく、出口側にも同じ工事が施されているだろう。


「当初は王国を追われた際の避難所にするつもりだったのですが……つい興が乗り過ぎてしまいました」


 同じく輪から離れた姫様が、俺の隣に立って苦笑する。

 ……他のやつらはチャーリーの人形を代わる代わる操縦しているが、彼女は完成直後に散々遊んだらしい。


「もはや隠れ家っていう規模じゃないでしょう。一本道の地下通路を活かして追跡部隊を迎撃でもするつもりだったんですか?」


 姫様のばつの悪そうな笑みが深くなる。

 どうやら、この通路やその先の拠点には、その手の細工がされているようだ。


「……しかし、懐かしいですね」


 自身のお茶目な所業に背を向けた姫様は、細めた目で草原を眺めてぽつりと呟く。

 ちょうどこの辺りは、姫様とともにモリス君と対峙した場所だ。


「……あのときは本当にすみませんでした」


 今更ながらの謝罪は、頭に血が上っていた俺が彼女を蹴り倒した事に対するもの。

 初めて経験する死地だったとはいえ、あれは本来お咎めを受けて当然の蛮行だ。


「……あれは本当に衝撃的でした。おかげで、わたくしの運命はすっかり変わってしまいました」


 姫様の生まれて初めての大冒険。彼女の身分を考えれば、自らの足で遺跡を歩いて魔獣と対峙するなんてあり得ないことだった。

 幸か不幸かあの一件を切っ掛けに運命は捻じ曲がり、今では冒険者集団の頭目のような真似をなさるに至っている。


「……本当に、そうですね」


「……ええ、本当に」


 運命が捻じ曲がった末に繋がった姫様との縁。

 随分と長い関わりになったが、こうして二人で話すのは本当に久しぶりだ。

 彼女を背負って水路を抜けたあと、石造りの小部屋で泣き言を聞いていたとき以来だろうか。


「…………」


「…………」


 あの日の草原を赤く染めていた陽光は、今はほぼ真上から降り注いでいる。


「……ダナとは仲良くやっていますか?」


 姫様が肩を竦めて笑うので、俺も同じ仕草をして笑い返す。


「まぁ、それなりに……」


 どういう因果か、やたらと惚れられてしまったがためにやたらと意識してしまい、半ば流れと勢いで深い関係になってしまい。

 ……今となっては、あいつしかあり得なかったと心底思っている。


「それなら結構。浮気は許しませんよ」


 どうやら姫様は、羽振りが良くなってモテるようになったことも、未だにセレステがちょっかいを出してきやがることも知っているようだ。

 この姫様にお仕置きをされては洒落にならないので、俺はコクコクと頷く。


「姫様のほうはいかがですか?そろそろ、お相手を探したほうが……」


 何とも雑な皮肉への反撃は、いつかのように強烈な蹴り。

 容赦なく股間を狙う一撃を、俺は脛で受け止める。

 ……気安い関係になったとはいえ、さすがにこれはまずかったか。


     ◇


 長いスロープを降って地底に潜った車列は、円形の大広間で隊列を整えたのちに地下通路をひた走る。

 相変わらずこの辺りには大鼠が繁殖しているが、ガラガラと石畳を踏み鳴らす車輪を前にしては逃げ出すしかない。

 ほどなくして通路の終端を迎え、再び長いスロープを経て、俺たちは崩れた街の外周に到達した。


「……姫様、やり過ぎよ」


 アリサは長らく姫様の下で活動していたものの、ここの探索にはあまり関わっていなかったらしく、先ほどの俺と似たような感想を漏らす。


 擂り鉢状に落ち窪んだ地形に以前と同じだが、不気味な噴水があった中心部付近には、背丈を越える高さまで積まれた多重の石垣と、等間隔に配置された物見櫓兼砲台。

 同心円状と放射状に張り巡らされていた道路は、敢えて残されていると思しき瓦礫の山によってずたずたに寸断されている。


 地下通路を塞いでしまえば、攻め手は巨大昆虫はびこる森を抜けたあとにこの迷路を攻略し、砲弾の雨を潜り抜けて接近しなければならない。

 ……まぁ、そこまでの状況を想定しているというより、『出来るからやってみた』というところか。


「……しかし、懐かしいな」


 呟きと言うには些か大き過ぎるランダルさんの声にロディさんとテオも寄ってきて、奇しくもあの日の面子が揃う。

 ……モリス君がいないのは残念だが、彼は彼で新しい道を歩んでいるので、べつに嘆く必要はない。


「お前たちとあの人型の魔獣に挑むことになるとは、夢にも思ってもみなかったぞ。びびっては……いないようだな」


 あのときのロディさんは、ランダルさんと二人で駆け出し冒険者どもを守らねばならなかった。

 しかし、今回は全員が飛躍的に腕を上げたうえに、頼りになる仲間も沢山増えている。


「今回の一件は、俺たちの冒険者稼業の集大成だ。これが終わってもすぐに足を洗うつもりなんざ無いが、これ以上の大仕事に関わることはもう無いだろうな」


 再びの成長期を迎えている二人だが、年齢的には本来引退を視野に入れる頃合いだ。

 依頼の本筋ではないが、人型の魔獣の初討伐を成し遂げれば、勲章と呼ぶのに相応しい偉業になるのは間違いない。


「俺たちだけで狩っても文句を言わないでくださいよ?」


 テオの生意気な軽口に、おっさん二人は不敵に笑う。

 『やれるもんならやってみやがれ』という挑戦とともに、確かな信頼を向けていることを感じさせる表情だ。


「……お前らが同世代では最高峰の実力を持っているのは知っているが、死ぬなよ」


 それはお世辞でも何でもなく、純然たる事実だ。

 ダナと一緒に辺境各地を巡ってみたが、俺たちと同じ年頃で俺たち以上の腕前の冒険者に出会うことは一度もなかった。

 俺たちの才能が図抜けているから……ではなく、何度も修羅場に飛び込んでおきながら、幸運にも生き残って経験を積める者など稀だからだが。


「……そっちこそ、張り切り過ぎて死なないでくださいね」


 叶うことなら、おっさん連中が現役のうちに、彼らを超えた姿を見せてやりたいものだ。


     ◇


 瓦礫の迷路を突破した俺たちは、荷下ろしを私兵団に任せて拠点の中に入る。

 砦じみた地上部分も立派な造りだったが、地下部分はさらにやり過ぎで、長期間の活動に備えて快適な生活空間になっていた。

 テレンス率いる襲撃者を迎え撃った際の陣地は、この拠点の試作だったのかもしれない。


 大浴場を使わせてもらったあと、食堂に集まった地下探索班の四人は、地図を広げて明日からの行動について打ち合わせを行う。

 場を仕切るのは、姫様よりリーダーに任命された俺。力関係はダナのほうが上であることは見破られているが、テオもアリサも文句は言わない。


「……地下第一層については大方探索が終わっている。このとおり、ほぼ通路のみで構成された移動用の階層だ」


 街の地下全体に蜘蛛の巣のように張り巡らされた石造りの道路網。

 この階層に関しては、羊だの鼠だのの群れにときおり出くわす程度だそうなので、馬を乗り入れて移動しても問題ないだろう。


「で、この点在する印が第二層への連絡箇所だ。第二層は魔獣がぎっしり詰まっているらしく、私兵団の連中では奥には踏み込めかったそうだ」


 こちらに棲息するのは、主にどでかい鼠。

 彼らでも十分に相手取れる強さだったのだが、無理に深入りはしなかったらしい。


「俺たちの動きとしては、まず第一層の地形を地図と照らし合わせて確認し、それからどの連絡箇所から降りてみるのかを決めて……」


 大雑把で無難な提案をしたあとにほかの面々に質問を求めるも、とくに異議はなし。

 最後にうちの姫様に視線を向けて訓示を求めると、何故か全員が席を立って円陣を組む流れになった。


「今回の仕事は、わたしたちの冒険者稼業の集大成。だけど、おっさん連中とは違ってわたしたちには未来があるから……こんなところで死なないようにね」


 随分とひどい言い様だが、言っていることは正しい。

 それに、遺跡探索で父親を亡くしているこいつの言葉は、おどけた口調以上の重みを持っている。


「アリサとテオは遺跡探索の経験が少ないことを気にしているようだけど、細かい事はわたしたちに任せてくれればいいから。その辺りは、きっとイネスが何とかしてくれるからね」


 爽やかな笑顔に込められた感情は、相棒に対する信頼というより便利な雑用係に対するそれ。

 言外の意味を察した二人は軽く吹き出す。


「……それから、イネス」


 すっと真顔になったダナは、上目遣いで俺を見つめる。


「どうしたん……っ!?」


 言葉を紡ぐ途中で繰り出された、強烈な蹴り。

 呪術の重みまで載せられた爪先が、俺の脛のアザにずどんと直撃する。


「……文句ある?」


 一際爽やかな笑顔に込められた、異様なまでの圧力。

 会話の内容までは聞こえていなかったようだが、雰囲気だけは察していたらしい。


「……もちろん、何の文句もないさ」


 涙目で苦笑した俺は、ダナの頭をぐちゃぐちゃに掻き回した。

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