第5話 地獄の皇子

 俺とダナ、アリサとテオの若手四人組は、諸々の準備を姫様とおっさん連中に任せて、一足先に『羊の街』に入った。

 もちろん、羊相手に小銭稼ぎをするためではなく、班単位の連携を実戦で確認するためだ。


 一応他の面々にも声をかけたのだが、チャーリーは「連鎖反応式『適応因子』爆弾」なる物騒な兵器の最終調整のために残り、クライドにはそんな雰囲気のところに混ざれるかと怒られてしまった。

 ……なお、逆にセレステは混ざりたそうだったが、面倒臭そうだったので敢えて声はかけていない。


 そんなわけで、俺たち四人は羊たちを日々蹂躙しつつ後続組の到着を待っている。


     ◇


 飲んだくれどもが昼夜問わず管を巻く酒場にて。

 今日もまた討伐数の記録を更新した俺たちは、モリス君が作った料理をつつきつつ歓談する。


「……人数が増えただけで、ここまで違うのかよ」


 連日の手応えにテオの口元が緩むが、単に頭数が増えただけではここまで上手くいかない。

 攻守ともに安定した技術で前線を支える彼の働きにより、他の面々は自由に動ける。


「魔獣と戦うのは久しぶりだったけど、私もまだ冒険者としてやっていけそうだわ」


 強引な力押しに弱いアリサは模擬戦では負け越していたが、その鋭い飛び出しは集団戦でこそ輝いた。

 仲間の隙をきっちりと埋め、機を見て追撃を行う戦術は、彼女の気性によるところも大きいのだろう。


「……でも、今度の相手は『羊男』だから、油断は出来ないよ」


 模擬戦で一番の戦績を残したダナは、羊の相手は少し苦手としていた。

 ……血抜きもしないまま挽肉に変えてしまうからだ。

 とはいえ油断はないようで、直接目にしていない強敵の実力を冷静に測ろうとしている。


「まぁ、俺たちなら何とかなるさ……逃げるだけならな」


 戦い方に癖のある今の俺は、一通りの手札を見せたあとは上達した風術による索敵に専念していた。

 ダナが習得した地中の索敵と併用すれば、そうそう奇襲を許すことはないだろう。


「それに、出くわすとすればおっさん連中と合流した後だろうからな」


 あの『羊男』については詳しいこと未だ不明だが、少なくとも崩れた街の遺構を拠点化する際には一度も現れなかったそうだ。

 やつが『水源』の傍に棲息しているだけなのか、あるいは守護者のような存在なのか。

 どちらかはともかく、出くわすとすれば『水源』の手掛かりを発見して探索班を統合した後だろう。


「……おっさん連中、無茶苦茶だよね」


 顔を見合わせたアリサとダナが苦笑するのは、王都で模擬戦をした際の彼らの奮闘ぶりを思い出してのこと。

 『呪術』という新しい玩具を手にしたことで年甲斐もなく過酷な鍛錬を積み、俺たち若手以上に成長していたのだ。

 そのうえ戦闘経験自体も比べ物にならないのだから、全く始末に負えない。


「一体、いつになったら追いつけるんだか……」


 彼らの子供のような笑顔を脳裏に描くと、出発前にチャーリーと引退後について話し合っていたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。


     ◇


 食事を終えた俺たちも周囲に倣って酒を飲み始めていると、突如として酒場が静まり返った。


「……何だ?」


 酔客たちの視線の先に目を向ければ、鈍色の甲冑を身に纏う巨躯の騎士が無言で入口近くに立っていた。

 誰かを探しているようで、全頭を覆う兜を軋ませながら周囲を見渡している。


「…………」


 どの勢力に属する者なのか、甲冑の意匠からは判断できない。

 強いて言えば、『孤島の遺跡』で遭遇した異形の騎士に似ているか。

 しかし、やつのように爬虫類のような尾は備えておらず、代わりに胴体は樽のように膨らみ、手足は不安を誘うほどにひょろ長い。


「……探しているのは、俺たちらしいな」


 表情の見えない兜が杯を掲げたまま固まっていた俺たちに向かって静止している。


 ぎこちない動きで歩み寄ってくる騎士を視界の端に収めながら、各々が得物に手を伸ばす。

 そして、先制攻撃の合図を出そうとしたところで……そいつはガシャンと音を立てて跪いた。


「殿下、こちらにお出ででしたか」


 ……声の主は、いつぞやと同じく下手くそな芝居をするチャーリーだった。

 この妙な甲冑が自分のために用意した装備。搭乗できるように改造した神代の人形らしい。


「さぁ、我らが主のお呼びですぞ」


 柄にもなく甲冑など着込んだゆえの演技らしいが、それは公国『義勇軍』のお飾りだったテオに対する対する当て付けだ。

 彼は渋い顔をしたまま、腰を上げようとしない。


 仕方がないので俺が率先して席を立ち、ダナに手を差し伸べる。


「ご苦労。じゃあ行くか……我が『姫』よ」


 不本意な二つ名で呼ばれてぷうっと膨れる『奈落の姫』とお付きの者どもを連れて、俺はどよめく酒場を後にした。


     ◇


 物資が満載の馬車を何台も引き連れた後続組は『羊の街』には入らないつもりらしく、傍の草原で野営の準備をしていた。

 その作業を担うのは姫様の「私兵団」とは名ばかりの人足集団で、件のおっさん連中は焚き火の前で酒盛りを始めている。


「よお、来たか!ツマミを作ってくれよ」


 どうやら道中の馬車でも飲んでいたらしく、ロディさん以外はすでに出来上がりつつある。

 大仕事の前に……などと無粋なことを言うつもりはない。

 万全に仕上げて来ていることは一目見ただけで分かる。


 彼らが道中で狩ってきた獲物の肉を捌いていると、甲冑を脱いだチャーリーがふらつきながら近づいてきた。


「……身を守るために作ってはみたけれど、普段は遠隔操作のほうが良さそうだ」


 先ほどのように乗り込まなくても、実は有線で操作できるらしい。

 自律制御である程度の戦闘までこなせるそうだが、間違いなく乗り心地は最悪だろう。


「それで、君たちの『呪術具』の具合はどうだい?」


 チャーリーが開発した『呪術具』とは、呪術を補助する魔術具の亜種だ。

 俺の羽根箒とダナのトゲトゲマントがそれに当たる。


「……あいつは問題なく使い熟しているが、俺のアレはもう少しどうにかならなかったのか?」


 あのマントは「呪術への反応性を高める」という機能が組み込まれた品だ。

 そこまで魔術的な素養に恵まれていないあいつが大技を連発できるのは、その補助があってこそだ。


「無茶を言わないでくれよ。初めて触れる技術で、曲がりなりにも要求された仕様を満たしているんだから、むしろ褒めてほしいよ」


 俺が自身の武器に要求したのは「呪術の出力強化」という機能。

 一応、俺独自といえる呪術は習得できたものの、本格的な戦闘に用いるには些か心許なかったのだ。


「……あの『脆化』の呪術、素のままでも十分凶悪だと思うがね」


 焚き火を囲む輪に加わったテオを見て、チャーリーが含み笑いをする。

 例の模擬戦での惨状を思い出しているのだろう。


「あんなもん、ただの初見殺しだ。それに、魔獣なら垂れ流しながらでも向かって来やがるぞ」


 俺の『脆化』の呪術は、お袋の『腐朽』の呪術の劣化版だ。

 対象を少し衰弱させ、少し脆くすることが出来るが、決め手になるほどの効果はない。

 ……腹を目掛けて全力で行使しても、せいぜい胃腸の具合を悪くする程度だ。


「まぁ、だんだんとデータが集まってきたから、そのうち改良させてもらうよ。アリサ君の短剣も呪術具に改造できたし、クライド君にも新しい武器を……」


 と、そこでクライドとセレステを引き連れた姫様が焚き火のほうに向かってくるのが見えた。

 俺は料理の準備を中断し、挨拶に赴いた。


     ◇


「全員揃いましたね。打ち合わせ……というほどではありませんが、今一度確認をいたしましょう」


 姫様は躊躇なく地面に腰を下ろし、俺たちが飲むものと同じ酒をグイッと呷る。

 本当に逞しくなられたものだ。


「ロディさん率いる地上探索班。皆さんには森に入ってもらい、『適応因子』を含む水の流れを探していただきます」


 街の遺構の中心にあった噴水。あの『適応因子』を多量に含むと思われる赤黒い水の源を探るのが、地上探索班の役割だ。

 付近の森に棲息する巨大昆虫が相当に手強いらしく、私兵団では探索を進めることが出来なかった。


「広がって戦うのを得意とする方々を選んだつもりですが、問題ありませんね」


 秀でた索敵能力と機動力を持つロディさんに、本職の術師並みの火術を扱うテレンス。

 ランダルさんとレンデルさんの兄弟は通常の近接戦闘が得意だが、『伝心』の呪術とやらは広域に展開しての活動では大いに役立つだろう。

 ……複雑な情報のやり取りは出来ないらしいが、互いの危機などを知らせることは可能らしい。


「イネス率いる地下探索班は、街の地下に広がる遺跡の探索ですね。地底に『水源』がある可能性も十分にありますので」


 初回の探索時には発見できなかったが、あの崩れた街の地下は大規模な遺跡になっていたそうだ。

 私兵団でも探索を試みてきたものの、その範囲は未だ浅層のみに留まっている。

 ……そして、何故か俺は呼び捨てだ。


「こちらにも数多くの魔獣が棲息していると聞いておりますが……大丈夫ですね?」


 どちらかと言えば問題となるのは質よりも数らしく、密集して突破するような戦い方が主になるだろう。

 それを想定して戦術を練っていた俺たちは、視線を交わし合ったあとに力強く頷く。


「残るわたくしたちは拠点防衛を務めますが、遺構の地上部分への魔獣の襲撃は少ないそうです。実質的には、情報の集約と予備人員ということになりますね」


 荷運びを担う私兵団と『羊の街』で雇う数人の冒険者は幾人か拠点に残し、そのまま雑務をしてくれるらしい。

 各探索班は一日に一度は帰還して、進捗を報告することが義務付けられている。


「わたくしとチャーリーさんに護衛の必要はありませんし、他の者も拠点防衛に合わせた装備を用意しておりますので心配は要りません」


 セレステが持つ巨大な扇子は、おそらく風術の行使を補助するものだろう。

 周辺の警戒はもちろんのこと、やつが本気を出せば季節を冬に変えることすら可能になりそうだ。


 そして……


「…………」


 これまで話題に上がった相手の目を見て語っていた姫様は、決して彼のほうに顔を向けない。

 ダナとアリサは目を伏せ、セレステは口元に手を当てて笑いを堪えている。


「……凄いな、クライド」


 姫様のお話の間、ずっと気になっていたクライドの新しい武器。

 ようやくそれに触れる切っ掛けを得て、俺は思わず感嘆の声を漏らした。


     ◇


「…………」


 木箱に腰掛けていたクライドが、男性陣の視線が集まったことに気づいて自分の得物を誇示する。


 神代の人形の部品だった金属製の二本の大筒は、片方を補強材に転用することで一本の太く長大な砲身に生まれ変わっていた。

 下端には射出機構と弾倉を兼ねたと思しき大きな球体が二つ、上端には照準器と重心調整を兼ねたと思しきドーム型の部品が取り付けられている。


「……あいつ、あんなに凄いのかよ」


 隣に座っていたテオも、俺に続いて羨望の混じった溜息を漏らす。

 クライドの股の間で屹立するソレは、誰がどう見てもアレを象っているのは明らかだ。

 ……さすがに肌色に塗装するのは自重したようだが。


「彼の体格に合わせて『携行砲』の限界に挑んでみたのさ。もちろん、あの立派な頭部もずっしりと重い玉も打撃武器として通用するよ。その銘は……『欲望の塔』!」


 最近塞ぎ込んでいたチャーリーは、開き直った挙句に露骨な下ネタに手を出してしまったようだ。

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