第4話 それぞれの理由
午後の会議は、予告どおり姫様の説明から始まった。
「公国の各勢力が『放牧場』に食指を伸ばす事情はご理解いただけたと思いますので、続いて王国政府と教会上層部の動きをご説明します」
頭脳労働が苦手な面々については理解しているか怪しいところだが、危機感だけは間違いなく伝わっている。
ここにいるほとんどの人間は『放牧場』に関わっているので、知らんぷりを決め込むのは不可能だ。
「……とは言っても、王国政府の動きを一言でいえば、静観です。どの勢力がどの程度の情報を握っているのか、それを見極めるつもりのようですね」
王国政府にとっても『水源』は価値あるものだろうが、領土の外にあるそれを積極的に確保しには向かわないということか。
とはいえ、実際に他の勢力が確保して本格的に活用するとなれば座視はしないだろう。
「逆に、教会のほうは極めて乗り気です。政治的権力の増大を目指す彼らにとっては、喉から手が出るほど欲しいものでしょう」
教会も術師を中心とした戦力は保有しているが、基本的には自分たちの施設を守る程度のもの。彼らの権力を支えるのは、あくまでも民衆からの支持だ。
しかし、それに加えて国と張り合えるだけの戦力を手中に収めれば、一気に均衡を崩せる。
一同が出揃った情報を咀嚼するなか、ダナがいつになく複雑な表情を作る。
「……それで、姫様は『放牧場』を教会上層部に献上なさるおつもりなのですか?」
姫様の立ち位置からすれば、それが当然の流れ。加えて、『聖女』への任命を目指しているとなれば、その大手柄は見逃せないだろう。
ただ、戦乱の火種となり得るほどの価値を有する代物を、姫様がすんなり献上するだろうか。
むしろ、自ら国を興すとでも言い出しそうな……
「……貴方が考えているほど、わたくしは野心家ではありませんよ。そもそも、わたくしが求めるのは身の安全と安定した立場。政争のど真ん中に飛び込むつもりはありません」
どうやら、顔に出ていたらしい。
しかし、そうすると……どうするのか?
「長々と話しましたが、皆さんにやっていただくことは至って単純です」
姫様がぽんぽんと手を叩いて、一同の注目を集める。
「各勢力が動き出す前に、『放牧場』の奥に存在すると思われる『水源』の発見すること。そして……その『水源』の封印、あるいは破壊することです」
たしかに、現物さえなくなってしまえば争奪戦は強制終了だ。
当然、その後も揉め事は起こるだろうが、姫様は例の御業とやらも使って強引に事を収めるつもりなのか。
……多くの人々が求めるお宝を台無しにする。
そんな冒険者にあるまじき蛮行こそが、今回の依頼の目的だった。
◇
作戦の概要を軽く話し合ったところで、本日の会議は終了した。
詳細については数日かけて詰めていく必要があるだろうが、とりあえず決まったのは以下のとおり。
【拠点】
『放牧場』の地下通路を越えた先、以前に俺たちが探索した崩れた街の遺構。
ここに関しては既に少しずつ拠点化が進められているらしい。
【行動】
拠点防衛の戦力を残したうえで二つの探索班を設け、地上の森林部および地下の未踏破領域で『水源』の手がかりを探す。
そして、いずれかが手がかりを見つけた時点で探索班を統合し、『水源』の確保に向かう。
上手く確保できれば、チャーリーを護衛して再度そこを訪れ、調査ののちに封印あるいは破壊を実行する。
【班分け】
〈拠点防衛〉
・姫様
・セレステ
・クライド
・チャーリー
〈地上探索〉
・ロディ
・ランダル
・レンデル
・テレンス
〈地下探索〉
・イネス
・ダナ
・アリサ
・テオ
各班、最初に名を挙げた者がリーダー。班の間で戦力差はあるものの、それぞれの技能と相性を考慮した結果、こうなった。
また、チャーリーも何やら準備を進めているそうなので、ある程度の戦力に数えていいらしい。
大雑把な作戦ではあるが、『水源』がどんな物か分からない以上は止むを得ない。
現地で作戦を修正するためにも、姫様がご出陣なさるのだろう。
なお、本当ならペトゥラさんにも参加してほしかったそうだが、彼女は教会への政治的対応のほうで手が離せないそうだ。
ともあれ、これまでに俺が関わった冒険のなかで、今回の依頼が最も大掛かりで複雑なのは確実だ。
◇
日が落ちかけた頃、集められた面々は三々五々解散し、最後まで会議室に残ったのは俺とチャーリーの二人だった。
作戦の要となる重圧か、相変わらずチャーリーの表情は暗い。
そのまましておいてもらったティーセットで茶を淹れ直し、俺はやつの隣に席を移す。
「どうした、びびっているのか?」
どこぞのちんぴらのような物言いになってしまったが、心配する意図だけは伝わった。
「……朝にも言ったが、そちらはさほど心配していないよ。直接矢面に立たされるわけでもないしね」
……では、何が気掛かりなのか。
封印なり破壊なりが上手く出来るかどうかの不安か、ややこしい政治絡みの揉め事に対する懸念か。
そんなことを考えていると、儚げな笑みを浮かべる優男がゆるゆると首を振った。
「たぶん、どれも外れだよ。せっかく現在まで遺されてきた神代の叡智を破壊するというのが……どうにもやるせないだけさ。惜しいとかそういう話ではなく、人間の業の深さに物悲しさを感じるんだよ」
何とも壮大で哲学的な悩みに、俺は適当な相槌を打つことしかできない。
「封印あるいは破壊することの必要性については理解しているし、納得もしている。ただ、どうにも面白くなくて、いまいち研究の手が進まないんだよ」
こいつの場合、ちょっとぐらい面白がるのを控えたほうがいい気もするが、今言うことでもないだろう。
……しかし、いつも滅茶苦茶なことをやっているこいつが、こんな事を言い出すとは意外だった。
遺跡荒らしが仕事の冒険者と、研究と物づくりを生業とする技術者。やはり、考え方やものの見方が違うのか。
お互いしばらく無言で茶を啜っていると、おもむろにチャーリーがこちらを向いた。
「……以前にも聞いたかもしれないが、君はどうして冒険者稼業を続けているんだい?続けるにしても、死にそうな目に合うような危険を冒さなくても、十分に稼げるだろう?」
そんな事を改めて問われ、俺は答えに窮する。
ここしばらくの緩い狩りは、正直想像以上に金になった。
一攫千金こそ狙えないが、身体の負担は少ないので狩りのペースはいくらでも上げられる。
二人で冒険するというダナとの約束も既に果たしていると言えるし、足を洗って何処かで家や店でも構えるにしても十分な蓄えがある。
それでもなお、今すぐにそうしようと思えないのは……
「……惰性だな」
あまり格好の良い言葉ではないが、それが一番しっくりくる。
どでかい屋敷を建てたいだとか、歴史に名を刻みたいだとか。
姫様みたいに決して揺るがぬ地位を築きたいだとか、テレンスみたいに最前線の先に行ってみたいだとか。
そんな大それた願いは持っていないが……何となく、まだ自分の限界を定めるのは嫌なのだ。
「……それは良くないね。自分の生涯をかけて何を手にするのか、早めに決めたほうがいい。全てを選択することなど出来ないし、若さも意欲も無限にあるわけではない。かくいう私も……」
目が霞むだの腰が痛いだのという爺臭い愚痴が始まったところで、俺は会話を打ち切った。
「その続きは、飲みながらにしようぜ。ダナはアリサのところに泊まるらしいから……」
お互い、そう遠くうちに非日常の日々が始まるのだ。
限られた時間だからこそ、こういった日常も大事にするべきだろう。
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