第3話 その力の源泉
結局、呼び出された全員が揃ったのは、俺たちが到着してから二週間後のことだった。
ようやく仕事の詳しい説明がなされるとのことで、俺とダナはチャーリーと共に姫様の屋敷に向かう。
俺もまともな服を仕立てたので、掃除屋一行に間違えられることはない。
「……何か、ずっと元気がないよね?」
俺より高い服を買わせやがったダナが、重い足取りのチャーリーを見て首を傾げる。
たしかに、最近のやつはいつもの飄々とした態度を見せる一方で、ときおり随分と悩み込んでいたような気がする。
「あぁ……詳しくはこの後の話で分かるだろうけど、今度の冒険には私も参加しなければならないんだよ」
調査や何かで役目があるんだろうが……戦いに参加するどころか、街中を歩くだけでも息が上がってしまうようなこいつがか?
雇われの身の悲哀に二人して気の毒そうな目を向けると、チャーリーは薄く笑って首を振った。
「あぁ……そっちの心配はしていないよ。みんなもいるし、私も準備はしているからね。ただ……」
そう言ったきり黙り込む優男に、俺たちはそれ以上踏み込むことを断念する。
今回の依頼。でかい手柄を上げることで、姫様が『聖女』に任命されるための最後の一押しをするのだと思っていたが……そう単純な話ではなさそうだ。
◇
俺たちが集められたのは、ぴかぴかの円卓が中央を占拠する大会議室。
人数としては応接室でも事足りそうなものだが、やはり今回の依頼は何か異様な雰囲気だ。
久々に顔を見た面々もいるが、旧交を温めるような雰囲気ではない。
集められた全員が席に着くと、姫様ではなくロディさんは最初に話し始めた。
「……今回の依頼の話をする前に、共有しておきたい情報がある」
一番最後に王都に到着したのは、彼とセレステだ。
たしか、また公国で何かを調べていたと聞いているが……
「それは、『何故、騎士は強いのか』という話だ。少し長くなるが、まぁ聞いてくれ」
今回の依頼との関連は不明だが、興味深い話題ではある。
それはみんなにとっても同じようで、誰も口を挟まずにロディさんの解説を待つ。
「一部の冒険者が有する人並み外れた力。その源が、冒険者稼業の過程で知らずのうちに摂取した『適応因子』であることは、皆もすでに察していると思う。では、そんな彼らとまともに張り合える騎士というのは、一体何なんだという話だ」
俺が実際に戦っている様を見た騎士と言えば、姫様の襲撃に加担したキーロンとアリサの親父さんであるジョアンさんだ。
両者の間には大きな差があれど、もし冒険者になったとすれば、どちらもすぐに一線級の活躍をするだろう。
俺が彼らの戦いぶりを思い返していると、テオがおずおずと手を挙げる。
「俺が『義勇軍』にいたとき、元公国騎士のおっさんに稽古をつけてもらっていましたけど、特別な訓練とかはなかったっすよ?」
……なるほど、特殊な訓練方法などがないのであれば、力の秘密は『適応因子』しかない。
「……イネスは気づいたようだな。おそらく、各国の騎士団首脳部は、騎士に『適応因子』を摂取させている」
王国騎士団に所属していたランダルさんにとっても初耳だったようで、顔を顰めて腹の辺りをさすり始める。
気づかぬうちに、飯にでも混ぜられていたか。
「そうなると、今度はその『適応因子』の出所はどこなのか?という疑問が湧いてくるわけだが……騎士団の依頼で遺跡に潜っていた俺たちにも、そんな物を集めろという指示は一度もなかった」
ということは、別の安定的な入手経路がある。
思い出されるのは、王都の地下に人知れず広がっていた『地下闘技場』と『大峡谷』。
あんな風に、どこか他にも生きた遺跡が眠って、王国の上層部はそこを押さえているのかもしれない。
「おそらく、それは王家と騎士団首脳部の秘中の秘。国家の軍事力を支える礎であるわけだから、まぁ当然の話だな」
国家を国家たらしめているのは、血筋や財力を有しているだけでなく、『それ』を占有しているからということか。
何となく、この話と今回の依頼との関連が見えてきた。
……どう考えても、政治絡みだ。
「……公国が王国から独立できたのは、『それ』を発見したから?」
公国出身のクライドが、ぼそりと呟く。
「そうだ。普通に考えれば、資金と人員を拠出した王国が、開拓された土地を編入するのが当然の流れだろう。投資したぶんを回収することもなく独立を認めたのは、功績に対する褒賞だとか身内に対する情だとか言われているが……実際には違ったんだ」
たしかに、改めて言われてみれば違和感を覚える流れではある。
開拓地から得られる利益を丸ごと投げ出してしまえば、何のために開拓したのか分からない。
それに、王位を継げない人間に地位を与えてやるにしても、独立まで許すのは大盤振る舞いが過ぎる。
……つまり、開拓に向かった人間が『適応因子』の安定的供給源を確保してしまったために、王国は独立を認めざるを得なかった。
「歴史についての講釈は以上だが、この先は現在の話だ。それについては、セレステから説明してもらう」
ロディさんに代わって立ち上がったセレステに、いつものおちゃらけた雰囲気はない。
聞きたくはないが、聞かなければならないのだろう。
◇
「私たちは誰かさんを目覚めさせるためにシリルの足跡と研究に関する情報を探っていたわけだけど……その過程で公国の機密に関わる色々な情報も集まったの」
散々礼は言ったのだから、そんなに睨まないでほしい。
「昨今顕著な公国軍の質の低下、妙に長引いた内乱。それらの背景には、公国が保有する『水源』の異常があったようなのよ」
『水源』というのは、『適応因子』の供給源のことだろう。
それに異常が生じれば、軍事力のみならず、王家の影響力も低下するのは想像に難くない。
「……つまり、シリルってやつは、公国王家の密命でも受けて『水源』を探していやがったわけか。冒険者に混ざって遺跡を探索していたのも、姫様への襲撃に加担したのも、その一環なんだろうな」
ランダルさんの仮説に、俺も内心で頷く。
これまでの話の流れで、俺たちが探索する『放牧場』の奥に『水源』とやらが存在するのは自明。
姫様への襲撃は弟君からの依頼というだけでなく、『放牧場』の探索を進めていた姫様を潰す目的もあったということか。
しかし、これまでずっと黙りこくっていたテレンスが、その仮説に異を唱える。
「いや、あいつはそんなやつじゃねえ。どちらかと言えば、王家転覆を企てる勢力に与しているか……あるいは、あいつ独自の思惑で動いているか」
辺境の最前線から退いたテレンスに、いつの間にか近づいて来たシリル。さほどの仲間意識はなかったようだが……
掻い摘んだ事情はダナを介して聞いているものの、テレンスの胸中はよく分からない。
しばらくの沈黙のあと、ロディさんがこれまでの情報を整理する。
「……ともかく、公国の各勢力は、今後も『放牧場』を狙ってくるということだ。辺境とはいえ王国に近い場所だから、すぐに大っぴらに動くとは思えないが」
各勢力という表現を使うのは、それが公国現政府や正規軍に限らないからだろう。
『義勇軍』の残党がどこかから情報を得ている可能性もあるし、シリルに至っては目的も背後関係も一切が不明のままだ。
それに、大っぴらに動いてこないのも良し悪しだ。
いっそ軍を興して越境してくれたほうが、王国側も対処しやすいだろう。
……そこまで考えて、ふと気づく。
「……王国と教会も『放牧場』の情報を握っていますよね?」
今でこそ姫様ががっちり押さえているものの、あの場所の第一次調査は王国軍と教会の合同調査団によって行われた。
王国だって『水源』を保有しているわけだし、神代にまつわる知識を蓄積し続けている教会がそれを知らないとも思えない。
「そのとおりだ。両者の動きについては姫様がご説明くださる予定なんだが……一旦、休憩にするか」
窓から見える太陽はすでに中天。想定外にややこしい裏事情を聞かされた一同もぐったりしている様子。
心躍る冒険の計画を話し合うつもりだったところに、あんな話を聞かされては当然のことだ。
俺たちは会議を中断して、ぞろぞろと食堂に向かった。
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