第11話 怪人の正体
長い時間を経て混乱から立ち直ったわたしたちは、言葉が通じるらしい相手との対話を試みる。
怒り狂っているのをどうにか宥めて理解できたのは、この人の名前はマラカイだということと、冒険者ではないということ。
……そう、人間だったのだ。
魔獣扱いをしたことで怒りに油を注いでしまい、一旦会話は中断。
話がしたいなら屋敷で待ってろと言い捨てて、マラカイ爺さんは走り去ってしまった。
「……何者だ、ありゃ」
それを呆然と見送ったレンデルさんが呟くけれど、そんなの誰にも答えられない。
ともあれ、重要なのは……
「……『人獣化』を制御していた?」
言動から察するに、完全に猿の状態でも理性を保っていたようだし、顔だけ戻したのも自分の意思だろう。
「そうね、望みが出てきたわね!」
ペトゥラさんがわたしの頬をするりと撫でる。
たしかに、あれを制御する技術を知ることができれば、きっとあいつを目覚めさせる手掛かりにも繋がるはず。
「とにかく、お招きいただいたんだから屋敷とやらに行ってみようぜ!」
謎の建造物に向かって、まるで競争するかのように元気なおっさん連中が走り出す。
わたしとペトゥラさんも、慌ててその背を追った。
◇
どこが玄関か分からず探し回る羽目になったものの、わたしたちはおずおずと屋敷にお邪魔する。
手作り感溢れる扉を開ければ、そこは外観から想像もつかないほどに整えられたロビーだった。
「おいおい、半端じゃないな……」
ランダルさんが、特大の一枚板が張り巡らされた壁と床に感嘆の声を漏らす。
そこに並ぶ調度品の数々も、どう見ても素人の作とは思えない。
それどころか……おそらく、大半は神代の遺物だ。
「あの爺さん、本当に冒険者じゃないのか?まさか、冒険者狩りが専門とか……」
……どうだろう、何となくそんな人には見えなかった。
勢いに押されてつい拘束を解いてしまったけれど、その判断は間違っていなかったように思う。
「とにかく、今さら戦いになる雰囲気でもないでしょう。あそこに座って待ちましょう」
このお屋敷の内部が大迷宮のように複雑な構造であることは想像に難くないし、そうでなくても勝手に奥まで行くわけにはいかない。
テーブルに置かれた湯沸かしの魔術具を使わせてもらいながら、わたしたちはふかふかのソファでマラカイさんの到着を待った。
◇
「ようこそ、我が屋敷へ」
気取った挨拶とともに玄関から入って来るのは、古めかしい衣装に身を包んだ老人。
わざわざ風呂に入ったうえに、正装に着替えてきたらしい。
おまけに、全身の毛もすっかり抜け落ちている。
「待たせてすまんな。そこの男どもはどうでもいいが、ご婦人もいらっしゃるからな」
そう言って流し目を向ける先は、わたしじゃなくてペトゥラさん。
……さっき自分でぼこぼこにしたんだし、今さら取り繕ってももう遅いと思う。
テーブルの上にカップが並んでいるのを見て取ったマラカイさんは、戸棚を漁って茶菓子か何かを探し始める。
あまりの態度の変化にぽかんとするも、まずはきちんと詫びなければならない。
「あの……さっきは勝手に屋敷に近づいて申し訳ありませんでした。それに、攻撃を仕掛けてごめんなさい」
どちらの責任とも言い難いきっかけで始まった戦いだけれど、これから情報を貰わなければならない以上、わだかまりは解いておきたい。
「何、構わんさ。儂も久しぶりに盗っ人が来てくれたかと嬉しくなって、つい遊んでしまっただけだからな」
あの死闘を遊びと称されて、おっさん連中が唖然とする。
そう言えば、全身の骨がばきばきに砕けていたはずのマラカイさんは、すでに何事もないように振る舞っている。
「さぁ、これでも食え。まずは何から話すかの……」
終始一貫の意味不明ぶりだけど、とにかく話をしてみないと始まらない。
わたしたちは複雑な心境で、炒ったどんぐりに手を伸ばした。
◇
「……さて、さっきも言ったが、儂はマラカイという。この辺りで暮らす狩人じゃ」
会話は、まずマラカイさんの自己紹介から始まった。
辺境生まれの辺境育ち。代々、この辺境の奥地で狩猟や採集をしながら暮らしているというマラカイさん。
辺境のもっと浅いところでは、そんな暮らしをしている人もいるとは聞いたことがあるけれど、そういう人たちも普通は冒険者を名乗っている。
「べつに宝探しをするわけでもなく、一つ所に留まっておるからな。儂が狩人と名乗るのは、野蛮なあいつらとは違うというささやかな拘りじゃ」
どっちが野蛮なのかはさておき、マラカイさんの素性は分かった。
「で、さっきみたいに猿に変身できるのは、どういう理屈だ?まさか、狩人の技ってわけじゃないだろう」
せっかちなレンデルさんが、早速その件について切り出すと……
「ん、こんなものが珍しいのか?たしかに、全身を変えられるやつは冒険者でも少ないだろうが……」
そんな返事の途中で、顎をさする手にぼわっと剛毛が生え揃う。
……身体の一部であっても、そんな事が出来る冒険者なんて聞いたことがない。
「……なるほど、お前さんたちは下界から来た冒険者なんじゃな。どうして、その程度の知識と腕前でこんなところまで来たのか。その辺りを先に聞いたほうが良さそうじゃの」
◇
わたしたちは旅の目的、すなわち『活性因子』に関する情報とあいつを目覚めさせる手掛かりを探していることを告げる。
それを聞き終えたマラカイさんは、茶で口を湿らせてから天井を見上げた。
「なるほど、おおよその事情は理解した。お前さんたちの推測も的外れではないが、前提とする『活性因子』とやらの理解が間違っておるな」
あいつの症状まで理解したかのような口振りに、わたしは思わず身を乗り出す。
「怪我が治ったり身体能力を強化したりするのは、一つの側面に過ぎん。あれの本質は、自身の望みに応じて身体を作り変えること。お前さんらの言葉を借りるなら、『適応因子』とでも呼ぶほうが正確じゃろうな」
怪我を治して命を繋ぎ止め、危機に際しては実力以上の力を発揮する。
そして、暴走する欲望を具現化したかのような『人獣化』。
場合によって狂ったり死んだりするのは、身の丈を超えた願望による破滅ということだろうか。
……たしかに、その呼び方のほうがしっくり来る気がする。
「大方、その男はゆっくり休みたいとでも考えたんじゃろう。摂取し過ぎた『適応因子』と様々な願望が拮抗していた状態が、それをきっかけに崩れたんじゃろうな」
本来ならもっと早く発症しているはずが、願望の方向性が定まらないために奇跡的に安定していた状態。
公国での大仕事を終えて温泉で羽根を伸ばしていたあの日に、それが破綻した。
……中途半端なあいつらしい、実に説得力がある仮説だ。
「それで、どうすれば目覚めさせられるのかしら?私の治療術では、どうにも出来なかったのだけど……」
いつも笑顔だったペトゥラさんが、初めて消沈した表情を見せる。
……この旅に同行してくれたのは、負わなくてもいい責任を感じてのことだったのかもしれない。
「ええ。身体のほうは健康そのものでしょうから、治療術では効果がないでしょう。むしろ、呪術による干渉が有効だと思いますよ」
……露骨に口調を変える、実に面倒くさい爺さんだ。
そんな事に一瞬気を取られるも、重要な情報が飛び出したことを遅れて理解する。
思い出されるのは、公国での冒険においてシリルに仕掛けられた謎の拘束。
あれが呪術だったらしいことは、後日に聞かされている。
それに……
「……さっき、わたしが呪術を使ったとか言っていませんでしたか?」
色々と情報過多で聞きそびれていたけど、縛られていたマラカイさんは確かにそう口にしていた。
わたしの発言に、みんなの注目が集まる。
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