第7話 樹々に埋れし生命
「野営の炊煙にしては数が多いし、かといって集落にしては規模が小さ過ぎる。何だろうな、あれ」
駆け出しのわたしにはそこまでは分からないけれど、おっさん連中の見解は一致している様子。
「……冒険者たちが集まっているのかな?」
ちょっと距離は遠いけど、『燃える河』の攻略を目指す冒険者があそこに集っている可能性は無きにしも非ず。
ただ、一時の拠点とするだけなら、わざわざ樹海の中にまで入る必要などない。べつに手前の荒野でも構わないはず。
『大樹海』を攻略中の冒険者が集合していると考えても、あんな中途半端な位置に留まっているのは何とも不可解だ。
「……考えてても仕方がねえ。ここまで来て、ただ引き返すつもりはないんだろ?」
もちろん、それはそうだ。
こくりと頷いたわたしは、疲労困憊の旅の仲間を見渡す。
「もう少し、付き合ってもらえますか?」
あいつが寝過ごしている以上、わたしが代わりに頭を下げるしかない。
しばらくそのままでいると、手入れを怠っているせいでもじゃもじゃに戻りかけている髪が、二つの大きな手でわしわしと掻き混ぜられる。
「言われなくても、そうするさ。せっかくここまで来たんだ。いろんなところに俺たちの足跡を刻んでやろうぜ!」
熟練と呼ばれるまで冒険者稼業を続けてきたランダルさんとレンデルさんにも、最前線に対する憧れがあったのだろう。
手櫛で髪を整えながらテレンスのほうに視線を向けると、あいつはひとり頂上に残り、『燃える河』を目に焼き付けているようだった。
わたしは何となくその隣に立ち、同じように真っ赤な景色を眺めたあと、熱い地面にぐりぐりとブーツの底を押し付けた。
◇
わたしたちは小高い丘を後にして、正体不明の白煙を目指して移動を再開する。
まだ『燃える河』が近いので過酷な環境なのには変わりがないけれど、明確な目標があるために足取りは少し軽くなる。
何度かの戦闘は必要としたものの、わたしたちはその日のうちに荒野を突破して『大樹海』の端に辿り着いた。
まだ日は高いけれど、森の中で野営するのは大変なので、ここで一旦荷を下ろして夜を明かすことにする。
「……こっちはこっちで、中々大変そうね」
ぐっと背を伸ばしながら、ペトゥラさんが苦笑いを浮かべる。
寒帯と熱帯の植生が共存する出鱈目な森。
一本一本の植物も、本来の大きさからはかけ離れており、まるで常識が通用しない。
「さて、まともな冒険者ならこんな所には足を踏み入れないんだろうが、生憎と俺たちはまともじゃねえ。ここには、どんな魔獣が出るんだったか?」
ランダルさんの言うとおり、目当ての獲物でもない限り、冒険者は森の中で活動などしない。
環境に適応した魔獣を相手にするのは、よほどの実力差がないと危険だからだ。
「基本は大きい昆虫らしいですけど、たまに出てくる『大猿』は要注意らしいです」
体格は大人の人間の二倍程度。この辺りに棲息する魔獣としてはかなり小さいものの、道具を使ったり策を巡らせたりする知恵があるらしい。
「ってことは、頭上もきっちり警戒しないとな。で、荷車も置いて行くとして、陣形のほうは……」
しばらく顔を突き合わせて作戦を練ったあと、就寝。
翌朝、まともじゃないわたしたちは、意を決して『大樹海』に踏み込んだ。
◇
「後始末を考えなくていいっていうのは、本当に楽だな!」
下草と呼ぶには大き過ぎる植物を、長大な炎の刃で焼き払うのはテレンス。
いちいち剣で切り払っていては埒が開かないとの判断から、極めて強引な手段に出たのだ。
「頑張るのも程々にしてね!こっちは結構大変なんだから」
大きく下がった位置からペトゥラさんが風と霧で火勢を抑えて、わたしたちが焼かれないように調整してくれている。
おまけに、遮蔽物だらけの上方の警戒もお願いしているので、さすがの彼女にも余裕がない。
ランダルさんとレンデルさんは、それぞれペトゥラさんの前後に位置取って、敵襲に備えている。
わたしは相変わらずペトゥラさんの隣に控えているけれど……ただ守られているわけではない。
「テレンスの背後、たぶんまたダンゴムシです!」
地中の警戒がわたしの仕事。
歩きながらの振動感知など出来ないはずだったのだけど、今なら出来そうな気がして試してみたら、あっさりと可能になってしまったのだ。
「よし、任せろ!」
ランダルさんが槍を構えて飛び出すと同時に、焦げた地面がもぞもぞと盛り上がり、土の隙間から黒い背中がちらりと覗く。
そこからお腹の場所に見当をつけて、槍が鋭く突き入れられる。
小山を構成する土が一気に吹き飛び、ダンゴムシの全景が露わになる。
丸くなられる前に上手く槍を差し込めたけど、浅く突き刺した程度ではランダルさんの背丈を超える体高をもつ虫は倒せない。
でも……
「食らえ!」
きぃんという耳が痛くなるような高音の発信源は、あの螺旋の穂先。
元々貫通力を極限まで高められていた槍だけど、この旅に際して新たに機能が追加されている。
超高速振動による、耐久性を犠牲にした切れ味の上乗せだ。
ランダルさんの渾身の押し込みと捻り、そしてダンゴムシの自重が合わさって、鳴き続ける穂先は一背中の甲殻までを一気にぶち抜いた。
◇
盛大に森を焼いていることが功を奏したのか、魔獣との遭遇は思いの外少なかった。
時折でっかい蛾なども飛んで来たけれど、投槍も扱えるランダルさんがぶん投げた木の枝で、すかさず翅に穴を開けていった。
気温が下がったぶん湿気が上がり、環境の不快さは変わらない。
見通しも最悪なので落ち着いて休憩を取ることも出来ず、どうしたものかと悩み始めた頃に、わたしたちはその場所を発見した。
「おぉ、これは都合がいいな!」
下草がすっかりなくなって、黒土が剥き出しになった広場。中央には水溜り程度の小さな泉まである。
レンデルさんの喜びも当然、休憩をとるにはうってつけの場所だ。
「だけど……」
下草が人の手で処理されているし、よく見れば泉のほとりには古い焚き火の跡も残されている。
距離からいっても焚き火の大きさからいっても、まだ目的地ではないけれど……間違いなく、ここには冒険者がいた。
「……そうか。この辺の冒険者を相手に、気を抜いてはまずいんだったな」
ここまで来たのは『活性因子』の情報を持つ冒険者を探すためだけれど、見つけたらまず話が出来る状況に持ち込まなければならない。
この旅の出発前と比べると、わたしたちの実力は明らかに上がっている。
全員でかかれば、一人くらいなら袋叩きに出来るのでは……というのは希望的観測だろうか。
「とにかく会ってみないとしょうがないんだから、ここで休憩にしましょう。それに、ダナちゃんが私たちの『命』を持って来てくれているんでしょう?」
はるばる王都から運んで来た高級酒。
一部は情報料として『髑髏党』に放出し、馬車から荷車、そして背嚢へと積み替える過程でも本数は減らしているけれど、きちんとここまで持って来ている。
……果たして、これで足りるのか。そもそも、本当にこれが交渉材料になり得るのか。
そんな不安を抱えつつも、わたしたちは交代で長めの休息をとった。
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