第4話 遅過ぎる通過儀礼

 わたしたちは、とうとう地図が役に立たない地域に入った。

 大まかには『冒険者の街』の位置も記載されているけど、ところどころ地形が変わっているらしく、あとはテレンスの記憶だけが頼りだ。


 魔獣との戦いもどんどん激しさを増し、ペトゥラさんが思わず腰を上げかけるほどになっている。

 ……そろそろ腰を上げてもらってもいいと思うのだけれど、彼女は『あの子たち』の成長を楽しんでいるみたい。


 谷と見紛うような爪痕や、気持ちの悪いどろどろの毒沼を越えて、わたしたちの旅はまだまだ続く。


     ◇


「……あそこだ」


 疲れた様子のテレンスが指差す先には、石造りの街の遺構がぽつんと残されていた。

 『冒険者の街』も公国の街と同じく、地上表出した遺跡を基にして作った街らしい。


「……化け物冒険者は出なかったな」


 ランダルさんの言うとおり、ここに至るまでの間に他の冒険者に襲われるどころか、活動の痕跡すら見当たらなかった。


「まぁ、それもここまでだ。たぶん、俺たちの存在にはもう気づいていやがるぞ」


 やはり、何事もなく街に入るというのは難しいみたいだ。

 ……はたして、本当にお酒で何とかなるのだろうか。


 わたしたちは馬足を緩め、街との距離を慎重に詰めていった。


     ◇


「そこの、馬車……?とにかく、止まれ!」


 崩れかけの門柱の陰から現れたのは、毛皮を適当に繋ぎ合わせた襤褸を纏った男。

 視界に入れただけで臭いが漂って来そうな身汚さは、冒険者というより山賊か蛮族と呼ぶのが相応しい。


「まさか、タダでこの街に入れると思っていないだろうな。通行料をいただくぜ!」


 その言葉に続いて、似たり寄ったりの汚い男たちがぞろぞろと湧いて来る。


 言っている事もやっている事も、そこらのちんぴらそのものだけれど……


「……やべぇな、あいつら」


 レンデルさんが呟くとおり、やつら一人ひとりが、おそらくうちのおっさん連中と互角の実力。

 全員でかかって来られたら、果たして逃げられるかどうか。


 通行料と口にするあたり、一応交渉の余地はあると思う。

 でも、街に入るだけのことで、一体どれだけの酒を失うことになるのか……


「何だぁ、婆あにガキまでいるじゃねえか!それじゃあ、いくら積まれても入れてやるわけにはいかねえな」

 

 交渉の余地など、最初から無かった。


     ◇


 性格の悪い先輩が、気に食わない新人を虐める。

 それは、冒険者に限らず、どんな仕事でも起こり得る通過儀礼だ。

 あえなく新人が潰されてしまうのか、先輩が大恥をかくのか。それは時と場合によるけれど……


「……まさか、この歳でこんな経験をするとはなぁ」


 ランダルさんがぼやくのも当然のこと。


 場所は辺境探索の最前線の一歩手前。相手は、化け物と称するほどではないにしても相当な腕なのは確か。


 冒険譚の最序盤のような出来事を、まさかここで体験するとは思っていなかった。


「おい、まずはその婆あからだ!」


 わたしたちにとっては有り難いことに、一対一の腕試しをするつもりのようだ。


 しかし、よりによって最初に選んだのがペトゥラさんか。

 ただでさえ規格外の術師なのに、今は例の『救いの御手』まで持っている。

 レンデルさんみたいに洗練された格闘技術はないけれど、出鱈目な怪力があるから接近戦にも穴はないだろう。


「ご指名みたいだから、行ってくるわね」


 気負いを欠片も感じさせない、いつもどおりの優しい笑顔を浮かべるペトゥラさん。

 わたしに『救いの御手』を預けて、即席の試合会場に向かって行った。


 ……あれ?


「ペトゥラさん、ちょっと!」


 そりゃ、なくても大丈夫なのかもしれないけど、この状態は……


「私も最近、暇があれば虎ちゃんたちと遊んでいたからね。それより、次はたぶんダナちゃんの番よ。しっかり備えておきなさいね」


 やる気満々のペトゥラさんは、そう言って力こぶを作った。


     ◇


 ペトゥラさんの戦いっぷりは、全く参考にならなかった。


 相手をするのは、初めに声をかけてきたちんぴら。

 刃こぼれがひどい剣で浅く切りつけて、ペトゥラさんをいたぶろうとする。


 でも、刃が皮膚を通り過ぎたときには既に傷が塞がっているという、出鱈目な治療術には目を色を変えた。

 強敵と見定め、本気で切りかかってくる。


 それをペトゥラさんは、至近距離から火術を放って迎え撃った。

 ある程度は制御しているみたいだけど、こちらも基本的には治療術任せの自爆技。


 そのまま、接近のたびにお互いが吹っ飛ぶというのを何度か繰り返すと、男のほうが先に音を上げた。

 ほうほうの体で、仲間たちのところに逃げ帰って行く。


 衣服こそぼろぼろになったけれど、ペトゥラさんには怪我も疲れもない。


 相変わらずの笑顔で帰って来たペトゥラさんに、わたしは『救いの御手』を返した。


「あら?……なるほどね。貴女がどうするのか、楽しみに見させてもらうわね」


 ここでも力が足りないのは、よく分かっている。

 でも、諦めるという選択肢がない以上、何とか足掻くしかない。


 続くご指名を受けたわたしは、即席の舞台に向かって歩き出した。


     ◇


 わたしが開始位置に立つと、いきり立つちんぴらどもを押し退けて一人の大男が進み出てきた。


 巨獣の肋骨を組み合わせた鎧と、禿頭に刻んだ髑髏の刺青。

 それに、周囲とは明らかに違う雰囲気は、あいつらの頭目という証なのだろう。


 まさか、わたしをペトゥラさん以上の相手と見たわけではないだろうけど……


「小さくても、女には違いねえ。ここは俺が相手させてもらうぜ!」


 涎を撒き散らしながら下品に笑う、清々しいまでの下衆だった。

 ……そう、こいつに言われてもべつに嬉しくないけど、間違いなくわたしは女なのだ。


 わたしはにっこり笑って、両膝を地につける。


「おいおい、それでも構わないが……せっかくだから、少しくらいは楽しませてくれよ」


 ……ご期待に応えて、楽しませてやる!


 身体に隠して二本のピッケルを地面に突き立てると、蒸気の噴出とともに埋もれた石畳がめくれ上がった。


     ◇


 この旅に際して、チャーリーに改造してもらったピッケルには、あいつが使っていた蒸気の魔術具が組み込まれている。


 その機構と、穿刺に特化した形状、そしてわたしの得意な地術。この武器はあいつよりもわたし向きなのだ。

 ……相棒の権限で接収させてもらった。


 背嚢に内蔵された圧力容器も大容量化されており、わたしは観戦中にそれを暴走直前まで全力稼働させていた。


 間欠泉のように吹き上がった蒸気は、土砂と瓦礫混じりの大波となり、頭目を目掛けて一直線に襲いかかる。


「しゃらくせえ!」


 頭目が天高く振り上げた足を大地に叩きつけると、地響きとともに大波が吹き散らされてしまった。


 ただの力技なのか、何かの魔術なのか知らないけど……そのくらいはやってきて当然。


「……あ?」


 頭目の足の下から、蜘蛛の巣のような地割れが伸びていく。

 その範囲は、瞬く間に試合会場を越えるほどに広がっていき、そして……


 盛大な轟音と土煙。それが収まったときには、頭目とちんぴらの半数は奈落の底に消えていた。


     ◇


「どうよ、うちらの姫様の実力は!」


 ご機嫌のテレンスが何やら言っているが、もちろん私の実力などではない。


 ペトゥラさんがわたしに預けた『救いの御手』には、限界まで魔力が蓄えられていた。

 これを使って何とかしなさい、って事だったんだろうけど、わたしは罠の使用を選択。


 わたしの魔術の腕では上手く扱えないだろうし、使い慣れない得物であんなやつと打ち合えるわけがない。


 そう考えたわたしは開戦直後の一発芸に賭け、『救いの御手』の魔力を全部つぎ込んで地中に大空洞を作っておいたのだ。

 ピッケルでの一撃は、蓋を破壊したに過ぎない。


 だけど……


「……やり過ぎた」


 暴れ狂う魔力の制御に手一杯だったわたしには、範囲の指定は上手く出来なかった。

 ちんぴらどもが立ち塞がっていた街門は、周りの建物ごと跡形もなくなっている。

 このあと、おっさん連中の腕試しを続けるような雰囲気でもないだろう。


 しかし……怒った街の住民たちが大挙して押し寄せて来たりしたら、洒落にならない。


 わたしの背中を、冷たい汗が伝った。

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