第7章 最前線、一歩手前 ~少女の願いと呪いの言の葉~
第1話 最前線の事情
わたしの闘志に満足した姫様は、大きく頷いて会議室を後にした。
残されたわたしたち四人は、そのまま作戦会議に入る。
「……さて。悪いが、ここからは俺が仕切らせてもらうぜ」
そう言って席の位置を変え始めるのは、テレンス。
わざわざ姫様がこいつを呼んだのには、何か訳があるのだろう。
ひとまず、わたしは聞き役に徹することにする。
「まず、あんたらは最前線に行ったことないよな。……あの辺りのことをどのくらい知ってる?」
実力としてはほぼ互角らしい熟練冒険者三人だけど、その経験には差があるらしい。
「俺たちは王国内の遺跡が主戦場だったからな……とんでもない魔獣と化け物みたいな冒険者がやり合ってるんじゃないのか?」
わたしも、レンデルさんの答えに内心で頷く。
それ以外に何があるんだろうか?
「普通はそんな認識だよな……でも、違う。あの辺は本当の魔境でな。敵は魔獣だけじゃなくて、その化け物冒険者もだ」
何だ、それ?どういう状況なのか、さっぱり想像がつかない。
「『冒険者の街』より先。本当の最前線と下界の間には、ほとんど言っていいほどに交流がない。物資も情報もだ」
下界とは、また随分な表現だけど……言われてみれば、たしかにそう。
憧れとともに語られることはあるけれど、最前線の実態に関する確かな情報は、不思議なほどに入ってこない。
「商人やらが最前線まで行くことは不可能だから、最前線で活動している冒険者は、食い物を含めて自分たちで調達してやり繰りしているんだ」
自給自足の狩人か、農民のような暮らし。
最前線の冒険者ともなれば、信じられないほどに稼いで、毎日贅沢をしていると思ったのだけど……
「そこまで行ける冒険者は間違いなく頭がいかれているから、金なんぞに興味がない。当然、手に入れた遺物なんかを売るために下界に降りてくることもないんだ」
……何だろう、憧れが一気に破壊された。
わたしが目指す冒険者の在り方には、程遠いみたいだ。
「頭がいかれている冒険者には、倫理も道徳もない。やつらにとっては、魔獣を狩るのも他人を殺して奪うのも変わらない。それが出来ないやつは、死肉を漁るしかない……文字通りな。俺たちが乗り込むのは、そういう場所だ」
あまりの壮絶さに、絶句するしかない。
一応の目的地は『冒険者の街』だけれど、『活性因子』の情報を集めるためには、おそらくそれより先に踏み込む必要がある。
思わず表情を固くするわたしに、テレンスがにやけ顔を向けてくる。
「嬢ちゃん、びびったか?……そんな状況だから、俺たちにも子守をする余裕はないぜ」
……そうだ。びびっている場合ではない。
そこに行くしかないのなら、そこに行くしかない。
何とも頭の悪い表現だけど、そうするしかないのだ。
精一杯の気合いを込めて、にやけ顔を睨み返す。
「……肚は座っているみたいだな。まぁ、散々に脅させてもらったが、まるっきり無策で向かう訳じゃねえ」
そう言ってテレンスが、テーブルの上にごとりと一本の瓶を置く。
繊細な装飾が施された硝子の瓶、おそらく中身は高級酒。
たぶん、これが積荷なんだろうけど……
「姫様に用意してもらった高級酒、これは言わば俺たちの命の代わりだ。この手の酒は最前線では遺物よりも貴重でな。十分に交渉材料になり得る」
その馬鹿みたいな作戦、本気で言ってるの?
わたしが呆れていると、ランダルさんが大声で笑い出す。
「面白いじゃねえか!……退いてくれなきゃ瓶を割るぞ、って脅してやるわけだな」
命が酒瓶よりも軽い世界。
何とも情けない交渉の場面が思い浮かぶけど、何の手札がないよりはましか。
……そうなると、警戒すべきは不意打ち。
問答無用で積荷ごと攻撃されては、交渉も何もない。
「そう言えば、どうしてロディさんは参加しないんですか?」
ちょうどいい機会なので、気になっていたことを質問してみる。
不意打ち云々は置いておいても、斥候役がいないのは心許ない。
地面の振動程度ならわたしでも感知できるけれど、それも移動しながらは無理だ。
「あぁ……あいつは今、姫様の言いつけで、また公国の情報を集め直している。何を調べているのかは、嬢ちゃんのほうが詳しいだろう」
ランダルさんの返答に、はたと思い当たるものがあった。
……シリルがやっていた、吐き気を催すような非道な実験の数々。
詳しくは思い出したくもないけれど、無理矢理『人獣化』させる薬に、集団に命令を送る謎の茸。
どちらにも『活性因子』が関わっている。
さほどの気はないような素振りの姫様だったけど、色々手を回してくれていたらしい。
……やはり、油断ができない抜け目のなさだ。
「その代わりが、もう一人の面子ということなんだろうな。どんなやつが来るのか、俺もまだ姫様には聞かされていないんだが……」
テレンスも知らないのか。
抜け目のない姫様のことだから、きっと大丈夫だと思うけれど……
「まぁ、話は以上だ。今回は本当に命懸けだからな。それぞれ万全に準備を整えておいてくれ」
一抹の不安を孕みつつ、そんな締めくくりで作戦会議は終わった。
◇
約一週間の準備期間ののち、出発の日を迎えたわたしたちは、屋敷の前庭に集合した。
日の出前の出発なので、見送りなどは昨夜のうちに済ませてもらってある。
それぞれの荷物には、沢山の物資に加え、あのチャーリーがおふざけ一切無しで作製した、新装備の数々。
さすがに友人の危機ともなれば、あいつも本気を出すらしい。
もちろん、わたしの装備も新調してある。
「……まだ来ねえのか?」
ランダルさんがいらいらするのも当然。最後の一人が、まだ現れないのだ。
さすがに今回の仕事で、一人を残して先に出発するわけにはいかない。
……本当に誰なんだろう。
姫様は何を勿体ぶっていらっしゃるのか、今日に至っても誰なのか教えてくださらないのだ。
セレステさんの魔術なら索敵に不安はないけれど、今回の仕事には不向き。
常に敵との距離を確保できるとは限らないからだ。
あと、わたしが知る中で斥候役が務まりそうなのは、元暗殺者だというハリーとかいう男。一応、生かしてあるとは聞いている。
実力は十分なのだろうけど……身内に火種を抱えることになる。
どうしたものかと相談していると、朝靄の奥から、とうとうその人がやって来た。
「ごめんなさい、遅くなっちゃったわね」
小走りで駆け寄って来る小柄な老婦人。その姿を見て察する。
……なるほど、姫様は本気も本気だ。
最後の一人は、姫様の魔術の師匠。
姫様より人造神器『救いの御手』を託された、ペトゥラさんだった。
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