エピローグ
「……んぁあ」
じんわりと染み込む熱に、思わず変な声を出してしまう。
それと同時に、蓄積していた疲労も湯の中に溶け出していく。
生傷のぴりぴりとした痛みも、程よい刺激だ。
温泉を楽しむには季節外れではあるが、わざわざ寄り道するだけの価値はあった。
◇
内乱の騒動を潜り抜けた俺たちは、さらなる揉め事に巻き込まれることを避けるべく、急いで王国に向けて引き返した。
アリサの親父さんから預かった書面のおかげで、国境の関所も難なく通過。
一路、王都を目指すべく移動を開始したところで、ロディさんから有り難い提案。
それが、この温泉町への寄り道だ。
ロディさん本人は、姫様への報告とテオの搬送のために先に王都へ戻るとのことだったが、残る四人は諸手を上げて提案に賛同。
ロディさんの公国での活動資金の残りを受け取って、最高級の宿に逗留することに決めたのだった。
◇
さすがにお貴族様御用達の宿だけあって、風呂の造りも並の宿とは比べ物にならない。
普通なら大浴場と呼ばれる規模の風呂が、森の中に沢山作られている。
今浸かっている岩風呂の浴場は、俺とクライドで貸切だ。
夏の星空を見上げながら酒杯を傾けるが、口内に広がるのは苦い味。
……今回の旅は、本当に失敗ばかりだった。
分不相応に高性能な装備に、数々の幸運。それに、捨て身の博打による勝利。
そんなものを積み上げてきたせいで、完全に自分の領分を見誤ってしまった。
例の如く、今回も結果的には万事上手くいったが、さすがにもうこんな事を繰り返すわけにはいかない。
目の前では、腕組みをしたクライドが湯に浸かっている。
そのごつい上半身には、意外なほどに古傷が少ない。
俺よりも長く冒険者稼業を続けており、俺よりも身体を張る戦い方をしているにもかかわらず……だ。
何だかんだ言って、身体が資本の冒険者稼業。常日頃から傷だらけになるのは、愚か者の証拠。
いっその事、次の冒険は、あいつと一緒に駆け出し向けの狩場を回るのもいいかもしれない。
腕前だけは中堅並みの俺たちなら、さぞかしちやほやされることだろう。
そんな想像をしながら、俺は頭に手拭いを載せた。
◇
そろそろ上がろうとしたところで、ずっと瞑目していたクライドが初めて口を開く。
「……僕にも、風術を身につけることは可能だろうか?」
思えば、俺の迂闊な行動のせいで、こいつも極めてややこしい戦いに巻き込んでしまった。
セレステとともに戦うことで何か思うことがあったのか、あるいは母国の混乱を憂う気持ちでも湧いたのか。
……いや、違う。こいつは、そんな男ではない!
「……お前、まさか」
夜風に混じって届く、微かな嬌声。何処かの浴場にダナとセレステが入って来たのだ。
俺がじとっとした視線を向けるも、岩のような大男は揺るぎもしない。
その頑なさ……嫌いではない。
「……物の形状まで正確に把握するには、セレステかロディさん並みの才能が必要だが、音を集めるくらいならお前でも出来るようになると思うぞ」
ちょっとした講釈に続いて、手本を見せてやることにする。
ばれるかも知れないが、あいつらならきっと冗談で済ませてくれるだろう……たぶん。
基本的に戦闘中には常時使用している魔術なので、行使自体は慣れたもの。
しかし、少々距離がありそうなので、普段より多めに魔力を込める。
「おい!何が見えたんだ?!」
次第に範囲を拡げている最中に、クライドがざばりと立ち上がる。
一体、どれだけやる気満々なんだ……
「あ……」
違う。クライドが反応したのは、湯船に滴り落ちる俺の鼻血だ。
長風呂をしているせいもあるだろうが、それだけではない。自棄糞気味にかぶがぶ飲んだ、強壮薬の影響だ。
それを意識した途端、ぐるぐると視界が回り出す。
……次の冒険どうこうを考えている場合ではない。
本格的に休養を取って、身体を治さないとまずそうだ。
「……続きは、ロディさんにでも教えてもらえ」
何とか岩に頭を預けた俺は、そう言って目を閉じた。
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