第13話 旧友

 ようやく辿り着いた半球状の大広間。大勢の人間が寝泊まりしていたその場所も、今はもぬけの殻だ。

 ……思ったより撤退の動きが早い。


「どっちに向かう?」


 ロディさんが俺の顔を見る。


 この広間に繋がる通路は、俺たちが通ってきた箇所とは別に二つある。

 あの実験室に通じる狭い横穴と、遺跡のさらに奥に繋がっているらしい大穴。

 大所帯の兵士たちは大穴のほうに向かったのだと思うが、シリルが同行しているとは限らない。

 そのうえ、大穴の先の構造は不明。分岐でもしていれば追跡のしようがない。


「……実験室のほうに行きます!」


 相棒が実験体とやらと一緒に囚われているのなら、そこは実験室の近くである可能性が高いと思う。

 確証など何もないが、今は賭けに出るしかない。


 頷いたロディさんとともに再び走り出す。


     ◇


 狭い通路を駆け抜けて、環状の回廊に降り立つ。ここにも人影はなし。

 賭けの勝利を祈りながら、昇降機がある広間を目指して急ぐ。


 と、大扉を目前としたところで、ロディさんが急に立ち止まる。

 無言で出される合図の意味するところは、敵の存在。

 ロディさんに比べれば未熟な風術を、扉の隙間に向けて行使する。


 広間の中にいるのは、おそらく十数名。いずれも重武装を身に纏い、整然と隊列を組んでいる。

 ……明らかに、俺たちを待ち構えている。


 しかし、迂回路などない。どれだけ敵が居ようと知ったことか!


     ◇


 扉の隙間に左腕だけを突っ込んで、鋼球を乱射する。

 隊列が乱れる気配を感じたところで、俺が前に出て広間に踊り込んだ。


 すぐさま交戦が始まるかと思いきや、敵は一旦退いて床の大穴を包囲しにかかる。

 ……あくまで足止めが目的か。


「おう、イネス。久しぶりだな。ロディさんもお久しぶりっす」


 場違いに気の抜けた挨拶を始めるのは、昇降機の前に陣取ったテオだ。

 電撃による負傷は全く見当たらないし、衣服も髪型もすっかり整えられている。

 ……頭の中身は酷いことになっているが。


「なぁ。その下に行きたいんだが、通してくれないか?」


 一縷の望みをかけて、そんな問いかけをしてみるが……


「あぁ、悪い。ちょっと前に誰かが来て、絶対ここを通すなって言ってやがったんだ」


 ……さすがに、そこまで都合良くはいかないか。

 しかし、ちょっと前に足止めを命じられたということは、まだシリルの撤退が完了していないことの証。

 そして、確実にこの先にいるという証だ。


 俄かに膨れ上がる希望を胸に剣を抜いたところで、俺の耳元に風が吹いた。


「……混戦になった時点で俺が単独で大穴に向かう。お前は足止めを頼む」


 ……少し考えれば、それが最善手なのは理解できる。

 相手は全員それなりの手練れに見えるし、あの重武装は短剣使いのロディさんとは相性が悪い。

 もちろん二人掛かりなら何とか出来るとは思うが、時間が取られることは必至だ。


 一刻を争うこの状況で……あいつを自分の手で助け出したいなどと、寝言を宣うわけにはいかない。


「相棒を……ダナを、頼みます」


 未熟な俺には、風術で伝声など出来ない。血を吐くような心持ちで、返事を口に出す。


 未熟、油断、慢心。それらに対する怒りは当然俺自身に向けられるべきもの。

 しかし今、有り難いことに目の前には八つ当たりを受け止めてくれる相手が、雁首を並べて立ってる。

 ……足止め程度では到底気が済まない。


「全員まとめて死ね!」


 理不尽極まりない殺意をぶち撒けて、俺は全力で床を蹴った。


     ◇


 足止めに残ったやつらは、やはり一般の兵士ではなく、おそらくは騎士崩れ。

 それぞれが相応の腕前だった。


 鍔迫り合いから押し込まれて肩に刃が食い込んだところで、俺は敢えて左手を剣から放して腰に手をやった。

 砲口を鎧の隙間に差し込むと、すぐさま引き金を引く。


 崩れ落ちた男の後頭部に空き瓶を叩きつけて、口元を拭う。

 強壮薬頼みの、半ば捨て身の戦法。これで在庫は尽きたが……残す相手はテオのみだ。


「やるな、イネス。さすがだぜ」


 今なおへらへらと笑う男は、仲間を助けに入ることも、混戦から抜け出したロディさんを追うこともしなかった。


「……そろそろ、やめにしないか?」


 程よく血の気が抜けた俺は、最後に投降を呼びかけてみる。


「まさか。俺はお前をぶちのめさないといけないんだ。……理由は忘れたが、たぶんそんな気がする」


 こいつにぶちのめされるような心当たりはないが、そういうことなら仕方がない。


 俺は無言で旧友に切っ先を向けた。


     ◇


 死体と篝火に囲まれた空間で、嬉々として剣を振るうテオ。

 俺は守り主体の剣術で、ひたすら攻撃を受け止める。


 テオの持ち味は濁流のような連撃。その要となるのは、両刃の形状を活かした強引な切り返しだ。

 それを知っている以上、対処は容易い。


「そこだ!」


 切り返しの直前、振り抜かれた刃が静止する一瞬に、力を込めて剣を弾く。

 身を沈ませながらの踏み込みで、懐に潜り込もうとするが……


「おっとぉっ!」


 俺の肘がテオの鳩尾に触れるやいなや、驚異的な反応と跳躍力で一気に距離を取られてしまう。

 ……また、これだ。


 剣を振るう動き自体は想定内の速度なのだが、俺が決めにかかった瞬間だけ訳の分からない身体能力を発揮しやがる。

 今は咄嗟の回避に使うのみだが、攻勢の際にもあの動きをされると些かまずい。

 ……じっくり絡繰を見極めるべきか、強引に押し切るべきか。


「……それが鍛錬の成果か?」


 判断に迷った俺は、ひとまず距離をとったまま会話を試みる。


「おぅ、元騎士のおっさんに教えてもらったんだ。まだ完全には使えないんだが……」


 意外な返答。てっきり、何かおかしな薬でもやったせいかと思ったのだか。


「しかし、お前も使えるんだな。誰に習ったんだ?」


 今俺が使っているのは、『活性因子』による身体能力の底上げだ。

 元騎士とやり合った経験はあるが、べつに何か習ったわけではない。


 ……そういえば、以前から不思議に思っていた。

 遺跡に潜り続けた熟練冒険者が理外の力を持つのは、おそらく身体に取り込んだ『活性因子』のおかげだ。

 しかし、遺跡になど潜っていないはずの一部の騎士も、彼らと同等の力を持っている。

 各国の騎士連中にも何やら秘密がありそうだが……今、考えるべきはそれじゃない。


「そろそろ本気で行くぞ!」


 腹の底で渦巻くどろどろの思いと、強壮薬の残滓を一気に燃焼させる。

 やつがこれを使い熟せないのであれば、短期決戦で決めてやる。


 続けて、両脚に雷術を巡らせる。

 一瞬、アリサの顔が脳裏をよぎるが、それを奥歯で噛み潰す。


「来い!決着をつけないと、俺は……」


 テオが何やら言っているが、もう会話も逡巡も終わりだ。

 俺は足の裏を爆発させて、渾身の突きを放った。

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