第12話 青天の霹靂
機を窺ううちに、坑道からは続々と『義勇軍』の兵士が湧いてくる。
逐次前線に投入しているようだが、俺たちの周りは常時三十人ほどに囲まれている状態だ。
動き出すには何かきっかけが必要だ。
「……どちらが押している?」
ひとまず戦場の形勢を見極めるべく、山裾の前線に目を向ける。
ちょうど樹々が茂り始める辺りで戦っているらしく、地形に分断された小部隊同士が各所でぶつかっている様相だ。
……一進一退の攻防だが、制圧部隊のほうがやや優勢か。
一気にこの本陣まで攻め寄せて来てくれれば動き易くなるのだが、それには時間がかかりそうだ。
兵の質は制圧部隊のほうが優っているものの、何せ『義勇軍』は数が多い。
やつらが突破されるのを待っている間に、シリルたちは十分逃げおおせるだろう。
一向に好転の兆しを見せない状況に歯噛みしていると、ふいに前線の一部に変化が生じた。
◇
夏山に突如として吹き荒れる白い嵐。
樹々の高さを通り越して渦を巻く旋風は、混戦状態だった両部隊を一気に覆い隠す。
おそらくは、セレステが使う『霧氷結界』に似た魔術。しかし、その威力は行動阻害の範疇を遥かに超えている。
どうやら凄腕の術師が投入されたようだ。
密かに拳を握って敵方の活躍を祈っていると、今度は別の戦線で轟音が上がる。
慌てて目を向ければ、樹々が纏めて薙ぎ倒されて、森にぽっかりと無人の空間が出来上がっている。
ここからでは魔術によるものか判別できないが、あちらにも強力な戦士が投入されたらしい。
しかし……
「……連携が悪い」
いずれの戦線でも、敵味方ともに被害を受けているし、進攻路までぶち壊しにしてしまっている。
これでは進軍の加速は期待できない。
その状況に業を煮やしたのか、敵方の本陣にも動きが生じた。
各戦線から離れた位置に張られていた天幕から、指揮官らしき人間が進み出る。
そして、その前にきびきびとした動作で整列する兵士が二十人ほど。装備からして、おそらく全員が術師だ。
そのまま散開して各前線に向かうのかと思いきや、その場で魔術を行使する構えを見せる。
……あんなところから、一体何をするつもりだ?
固唾を飲んで見守る俺と、指揮官の視線が交錯したように感じた。
◇
「……まさか」
この距離でそんな事があるはずがない。しかし、嫌な予感が拭えない。
周囲の兵士に警告を発するか迷っているうちに、唐突に耳に痛みが走った。そして、肌の表面を走る微かな痺れ。
何が何だか分からないが、俺は咄嗟に魔力を高めた。
直後、白く染まる視界。遅れて届く、物理的な破壊力を持つ爆音。
数瞬の喪心のあと、自分が倒れていることに気づく。
全身を縛る痙攣は、シリルの呪術とは明らかに別のもの。
……雷術だったのは確かだと思うが、威力と射程が常識外だ。
魔術でこんな事が可能なのか?!
倒れ伏したまま辺りを見回せば、簡易陣地が完全に破壊されているのが見えた。
兵士の配置も滅茶苦茶になっており、焼け焦げた死体があちこちに転がっている。
範囲外にいたらしい兵士たちは、泡を食って廃坑の中に逃げ込む最中。彼らに担がれるテオの姿もあったが、生死は不明だ。
俺のほうは回収されず、そのまま陣地の跡地に残された。
あれだけの攻撃、すぐに二発目が撃てるとは思い難いが、ともかくここに留まるのはまずい。
廃坑の入口に向かって必死に這う俺に向かって、聞き覚えのある渋い声が投げかけられた。
「……まさか、生きているのか?」
◇
上体を起こされた俺は、口に小さな硝子瓶を突っ込まれる。その中身の味は、チャーリー謹製の強壮薬だ。
「『雷獣』の一撃を食らって、どうして息があるんだ……」
ロディさんが呆れ気味に零す。
直前に魔力を高めていたおかげか、あるいは過去に雷を食らった経験が活きたのか。俺自身にも分からない。
「手短に状況を説明するぞ。俺たちはセレステの伝手を使って、あの部隊をここに引き込んだ。反乱勢力を潰させないために、わざわざ領主が遠ざけていた精鋭部隊だ」
たしかに、こんな部隊が攻めてしまえば、アジトごと潰してしまうだろう。
「今はセレステとクライドが制圧に協力するふりをして、時間を稼いでくれている。セレステには新装備、クライドには大量の強壮薬があるから心配いらないだろう」
あの突出した戦力はあいつらだったのか。
クライドのほうはともかく、セレステの新装備というのも気になるが……
「で、俺がお前らの救出に来たわけだが……ダナはどこだ?」
今、考えるべきはそれだけだ。
俺も手短にロディさんに状況を説明する。
「そうか……なら、急がないとな。お前はどうする?」
にやりと笑うロディさんに、ずたぼろの俺を心配する様子はない。
「もちろん、行きます」
煤けた皮膚の下がところどころ露出しているし、肉も良い具合に焼けている。
しかし、そんなものは身を内から焦がす熱の前には些細な事。
強壮薬のお代わりを呷って、立ち上がる。
◇
先行するロディさんの背を見失わないように、必死に足を動かす。
凄まじい速さだが、あれでもまだ全速力ではない様子。
この期に及んで足を引っ張っている状況に怒りと失望が込み上げるが、泣き言を吐いている余裕はない。
背後から大声で道順の指示を出す。
廃坑に逃げ込んだ兵士たちは奥深くで迎え撃つことにしたようで、進路上はほぼ無人。
時折逃げ遅れた兵士に出くわすが、それらはロディさんの出会い頭の一閃で、声を出す間も無く地に倒れ伏す。
現在は快調に進めているが、いずれ正面衝突は必至。今のうちにロディさんに伝えておくべきだ。
「シリル……敵の黒幕らしき男は、おそらく呪術を使います」
俺と相棒を襲った不可思議な攻撃について口早に説明する。
「……なるほど。視線や身振りではなく、声を発していたんだな?」
呪術の使い手とやり合った経験があるのだろうか。
ともかく、ロディさんの問いかけに首肯する。
「なら、そいつは俺が何とかしてやる。お前はダナを救え!」
シリルにしてやられたままなのは口惜しいが、ここに来て優先順位を間違えるわけにはいかない。
力が足りないことを嘆くのは、全部終わったあとだ。
と、会話に気を取られた隙を突いて、倒れ伏していたはずの兵士が俺に体当たりを敢行する。
両脚を抱きかかえられて転倒しながらも、俺はそいつの背中に剣を突き立てた。
「貴様ら……」
口角から血を滴らせ、鬼のような形相で睨みつけてくる兵士。
ここまで必死だということは、おそらく真剣に内乱を成功させようとしている側の人間なのだろう。
……こいつにも守りたいものや叶えたい夢があるんだろうが、今の俺にそれを斟酌してやる余裕はない。
俺は歯を食いしばって、剣の機構を作動させた。
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